終わりと始まりと
翌日、学園のグラウンドでは、卒業するタフィとボイヤーの送別試合が行われていた。
「甘いわぁ!」
第1打席、タフィはインコース高め、顔ぐらいの高さに投げられたボール球のストレートを、物の見事にレフト前に打ち返した。
「あれをヒットにするかぁ……」
相手ピッチャーは信じられないといった顔をしているが、幾度となく戦闘で殺意溢れるインコース攻めを経験してきたタフィにとって、野球の常識に則って投げられたインコースのボールなどかわいいものだった。
在校生に向かってタフィが卓越したバットコントロールを見せつけたのに対し、負けじとボイヤーもその凄まじいパワーを見せつける。
ワンアウトランナー1、2塁で迎えた第2打席。空振り三振に終わった1打席目の雪辱を晴らすべく、ボイヤーは気合十分でバッターボックスに入った。
(あっ……)
しかし気合が空回りしたのか、変化球にタイミングが合わず、完全に泳いだバッティングになってしまう。
「よしっ」
ピッチャーは勝利を確信し、ボイヤーは悔しそうにファーストベースへ向かっていく。
だが予想に反して打球は全く落ちてこず、追っていたセンターは外野フェンスにまで到達してしまった。
「マジか……」
センターが見上げるなか、打球は左中間スタンドに吸い込まれていった。
「あ、入ったんだ」
ボイヤーは審判が右手をぐるぐると回しているのを見て、ホームランになったことを知った。
「えっ、ホームラン?」
ピッチャーも周りの反応を見て異常事態に気づく。
「あれは、ピッチャーショックだろうな」
「うん、打球的には完全に打ち取った感じだったもんな。普通だったら平凡なセンターフライだよ」
「それがホームランなんだからさ、すげぇパワーだよ」
味方ベンチもボイヤーのホームランにざわついていた。
「やっぱあいつは飛ばすなぁ……俺も負けてらんねぇや」
ボイヤーのホームランに触発されたタフィだったが、3球連続で外へ逃げるスライダーを投げられ、あっさりと三振に終わる。
その後、ボイヤーは2打席連続となるホームランを放ち、タフィは左中間をゴロで破る痛烈なツーベースヒットを放つなど、強烈な印象を在校生に残して学生時代最後の試合は終了した。
翌々日、学園内にある総石造りの講堂でタフィとボイヤーの卒業式が執り行われた。
「2人も一人前の大人になったんだなぁ……」
アンドレは涙ぐんでいる。
「ちょっと泣くのが早いんじゃないの。まだ式は始まってないし、あの2人だって出てきてないんだから」
マッハは苦笑しながらアンドレにハンカチを渡す。
卒業式にはマッハたちをはじめ、在校生や教職員など、200人近い人たちが出席している。
「これより、タフィ・カルドーゾ、ボイヤー、両名の卒業式を始めます」
司会役の女性教師が講堂内に響き渡る声で開会を宣言し、卒業式が始まった。
「卒業生入場。皆様、盛大な拍手でお迎えください」
講堂の扉が開き、緊張した面持ちの2人が入ってくる。
「あいつらめちゃくちゃ緊張してんじゃん」
カリンは顔をニヤつかせながら拍手をしている。
2人は盛大な拍手を浴びながら壇上へと上がり、用意された椅子に腰かけた。
「卒業証書授与」
司会者の声を受け、ピッチピチのタキシードに身を包んだコーツが演台の後ろに立ち、準備が整ったところで、司会者はタフィの名前を呼んだ。
「タフィ・カルドーゾ」
「はい!」
タフィは大声で返事をし、演台の前へ移動した。
「タフィ、お前は卒業するに十分な力を身につけた。よって、ここに学園を卒業することを認め、卒業証書を授与する。おめでとう」
「ありがとうございます」
タフィがコーツから卒業証書を受け取った瞬間、大きな拍手が起こる。
「ボイヤー」
タフィが席に戻ると、ボイヤーの名前が呼ばれた。
「はい!」
タフィ同様大きな声で返事をし、演台の前へと向かう。
「ボイヤー、お前も卒業するに十分な力を身につけた。よって、ここに学園を卒業することを認め、卒業証書を授与する。おめでとう」
「ありがとうございます」
ボイヤーは卒業証書を受け取ると、大きな拍手を受けながら席に戻った。
「学園長祝辞」
「タフィ、ボイヤー、改めて卒業おめでとう。卒業後、お前たちはトレジャーハンターになるそうだが、お前らの実力は儂がしっかりと認めている。だから自信を持って、自分の選んだ道を進んでいけ。もし道に迷ったり、道がなくなってしまった時は、自分たちで進む道をつくれ。力が足りなければ、儂も力を貸す。何事も、簡単には諦めるなよ。以上!」
コーツは2人に向かって軽くお辞儀をし、自分の席へと戻る。
「卒業のことば。タフィ・カルドーゾ」
「はい!」
タフィは演台の後ろへと進み、ガチガチに緊張した状態でしゃべり始めた。
「……こ、こんにちは。えぇっと……卒業します。学園は、とても楽しかったです。……先生たちにも、色々と教えてもらい、野球も頑張りました。……トレジャーハンターになっても頑張ります……以上です」
なんとか言い終えると、タフィは逃げるように席へと戻っていった。
「ボイヤー」
「はい!」
タフィとは違い、ボイヤーはある程度落ち着いた状態で演台の後ろに立った。
「今日は、僕たちのためにこのような素晴らしい卒業式を開催していただき、本当にありがとうございます。今日、僕たちはこの学園を卒業させていただきます。長いようで短かった学園生活で、僕たちは様々なことを学び、経験することができました。特に思い出に残っているのは、無人島合宿です。森の中で、皆と協力して巨大なゾウイカを倒し、それを料理して食べたことは一生忘れません。卒業後、僕たちはトレジャーハンターになります。不安と期待が入り混じっていますが、この学園で学んだことを活かして、一生懸命頑張ります。最後に、今日まで色々とご指導していただきまして、本当にありがとうございました」
ボイヤーが深々と頭を下げたところで、これまでで一番大きな拍手が起こり、ボイヤーはやり遂げた感じで席へと戻っていった。
「卒業生退場。皆様、盛大な拍手でお見送りください」
講堂中に響き渡る拍手の音をバックに、タフィとボイヤーは退場した。
「これで、この学園ともお別れなんだな……」
「そうですね」
講堂を出た2人は、名残を惜しむようにゆっくりと学園内を歩いていた。
「不思議なもんだな、今まで校舎を見たってなんにも思わなかったのに、なんかこう……寂しく思えてきちゃうんだから」
「……」
「ん、どうしたボイヤー?」
「……あっ、思い出した。兄やん、昔あの松の木の下になんか大事なものを埋めましたよね?」
色々と昔を懐かしんでいたせいか、急に埋もれていた記憶が掘り起こされた。
「大事なもの? そんなもん埋めたっけか?」
「埋めましたよ。なんか大事なものを隠したいから穴掘ってくれって僕に言ってきて、僕が中身なんですかって聞いても、全く答えてくれなかったんですよ。覚えてないですか?」
「覚えてねぇな……」
「じゃあ、掘ってみましょうよ」
ボイヤーがザクザクと木の根元を掘っていくと、50センチほど掘ったところで木箱らしきものが顔を見せた。
「ほら、あったじゃないですか」
あったのはやや腐食の進んだ20センチほどの木箱だった。
「あ、本当だ」
木箱を見てもタフィは何も思い出さない。
「開けますよ。これは……兄やんのテスト」
中に入っていたのは複数枚のテストの紙で、いずれも点数は一桁台というひどいものだった。
「あーー! 思い出した。俺昔ボイヤーにテストを埋めさせたわ」
テストを見た瞬間に忘れていた思い出が一気によみがえった。
「あぁ、だからあの時頑なに中身を教えてくれなかったんですね」
「思い出したよ。母ちゃんにテストがバレそうになって、慌てて隠そうとしたんだ」
「それは思い出さないはずですね……って、何戻そうとしてるんですか」
タフィはテストを箱に戻して、再び穴の中に入れようとしていた。
「これは人を不幸にするものだから、封印しとかなくちゃいけないんだよ」
「何言ってるんですか、これは思い出という名の“お宝”ですよ。トレジャーハンターだったら、お宝はちゃんと回収しないとダメです」
ボイヤーはタフィの顔をじっと見つめる。
「……わかったよ」
タフィは穴に入れるのをやめ、木箱を小脇に抱えた。
「兄やん、記念すべき最初のお宝ですよ。ちゃんと大事に取っときましょうね」
「バーカ」
そう言ってタフィは笑った。
こうして、タフィとボイヤーの学生生活は終わり、トレジャーハンターとしての生活が始まったのである。
バッティングハンター いんじんリュウキ @injinryu-ki
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