青年は踏み出す、ただそれだけの物語
メガネ ケン
第1話
そんな僕は今日から普通ではないらしい。
僕は突然、高校に行かなくなった。不登校というやつだ。心配に思った両親はカウンセラーを家に呼んでは、月に一度だけ話をさせられた。そうしているうちに、僕は医者に連れて行かれた。
お医者様によると、僕は精神を病んでいるらしい。どーたらこーたらと説明を受けたが、ほとんどわからない。とにかく僕という人間は、他の人よりも劣っていて、足りないらしい。だから、普通の人と一緒に過ごすのはまだ難しいという説明をされた。
僕は「そうですか。」とだけ呟き、窓の外を見た。もう夕方だというのに
医者に連れて行かれた次の日、僕はとあるハンバーガーショップで友人と待ち合わせをしていた。いや、あれは友人というのだろうか。もっとこうなんか、後輩…間違うよな。知人?悪友?彼女……は絶対違う。
「待ちましたか?」
「いいや、まぁ少しばかり」
「あー、そーゆーこと言うんですね。時間は過ぎてないと言うのに」
「僕は5分前行動は基本だと思うんだけど」
彼女の名前は
多少言い合いながらも中へと入り、適当に昼食を食べながら話は進む。
「へー、ついに人間失格ですね」
「いつから太宰なんて読み始めた」
「鈴は文学少女なので、前からです」
どうやら僕より本が好きなのかもしれない。僕は自分のことを文学青年なんて言えるほどは、読んでいないから。
「それで、病名は?お医者様から病んでいると診断されたんでしょう?」
「ほら、これでも読んでくれ」
僕自身、病名が何で、どんな病気で、どんな症状があらのか知らない。お医者様のお話はほとんど聞いていなかった上に、貰った紙は読めなかった。なんだか、知らんが英語で色々書いてあった。ここ日本なんだけど…
「んー、ふんふん。へー………」
「わかるのか?」
「……いや、全くわからないことだけわかったんです」
「しっかりしろよ、受験生」
自分のことを棚に上げて話す僕は一体何様なのだろうか。
「まあ、先輩がなんであれ鈴には変わらないことです。だって、先輩は先輩ですから。
「お前なぁ…」
とはいえ、そう言ってくれる
「このご時世、何かといえば病名をつけられて病気にされちゃうじゃないですか。老衰で亡くなる現代人がいるのかどうか」
「まぁ確かにそうかもしれないね。少し前なら、周りと少し違うで済まされたことが、病気、疾患、症候群。僕は生まれる時代を間違えたのかもね。200年くらい?」
「それじゃ、鈴と会えませんよ?」
「だから?」
「え?それは流石に傷ついちゃいます。いくら鈴でもぐさっと、それはもう深く深く。泣きますよ?」
おうおう、「泣きますよ」だけやけに本気度が違うな。だからは言い過ぎたか。けど、反応が「めんどくせぇ。」
「何か辛辣なこと言いませんでした?」
「いいや、何も」
どうやら口に出ていたようだ。思ったことを素直に吐き出せるのは、いいことばかりではないが、それなりに美徳ではあるのではないか。嘘よりは………場合によるか。
「それで、もうちょっと反応はないんです?」
「反応ってなんの?」
「察しが悪いですね。お医者様の診断結果ですよ」
「あー、そうだね。こうもはっきりと突きつけられればそれはそれは、ショックで泣いてしまうかもしれないとは思ったね」
「では、もう少し悲しそうな表情だったり、声色してもらえると慰めやすいんですが」
「失礼な。ちゃんと悲しんでるさ、僕は元々表面には出さないタイプなんだよ」
「知ってますよーだ」
実際、悲しみよりも自分がそうであったと言う事実に衝撃を受け、驚いる方が勝ってしまっているだけなのかもしれない。今現在も自分がそういう病気であることを自覚できないでいる。ただ、周りとは自分は違う。その意識だけが、自分に強く根付いている。
「明日からどうしようかな」
「急に明日だなんて、今度はどうしたんです」
「いや、路頭に迷ってしまったからね」
「迷う路頭なんてないじゃないですか」
「いいや、人生の路頭だよ」
「既に迷ってると思いますけどね。こんなに可愛い女子中学生を平日の真っ昼間に捕まえて、ちょっと遅めのお昼を食べてる時点で」
「自分で可愛いとか言っちゃうタイプだったっけ?」
「事実でしょ?」
だとしても、自分のことを鈴と名前呼びしてるのはやめた方がいいと思う。可愛さと年齢に見合わない一人称で、多分クラスからは引かれてる。
「あぁそうだね。可愛い可愛い。けど、君もだろ?平日の昼間に男子高校生捕まえて何してるんだい?」
「あら、捕まえてきたのはそっちなのにって、言ってもいいのですけど、あえて言わせてもらえれば。龍ちゃんとデートです♡」
「疲れる」
「嬉しいくせに」
「僕はロリコンじゃない」
「中学生はロリでじゃないです」
「ロリだ」
「二桁ですよ?」
「ロリ…って、鈴とそんな話したいわけじゃない」
ロリ談義を中学生女子とするだなんてそれこそどうかしている。頭がおかしくなったと思われてもしょうがない。
「というか、龍ちゃん自身そこまで気にしてないのではないですか?」
「どういうことだよ?」
「んー、龍ちゃんがこのていどでどうにかなるわけないじゃないですか。それこそ、些細なことです。動揺しているところを見たことがない鈴としてはそう思っているのですが」
「僕はポーカーフェイスなのさ。心の中はいつもぐちゃぐちゃだ」
「なんとも嘘くさい話です」
少し間が空いた。それは少しのようで長かった沈黙の時間。少しずつ間が空くと心が遠ざかっていくように感じた。慌てて僕は言葉を捻り出した。
「僕は人間として何かが足りないらしい」
「足りないものですか。また、漠然としてますね。満ち満ちて完璧な人なんて存在しませんよ。もしいたとしたそれは、神ですね。天才はどこかに欠点がなければ、おかしいんですよ。天才に
確かにその通りだ。
「僕もそう思うさ。完璧な人間なんていない。ただ僕は基準値よりも低いということさ。期待値とも言えるかな」
「それは誰の期待ですか」
「世間だろうね」
「そんなの勝手に期待させて、失望させればいいんですよ。龍ちゃんは龍ちゃんの一番をやればいいんですから」
僕もそう思う。けれど、現実は残酷だ。期待値よりも低い仕事をしようものなら、僕らは切り捨てられ、置いていかれる。時代の波に飲み込まれて、溺れて、沈んでいく。
「完全でも、不完全でも、明日は来ますよ」
「昨日と何も変わらない明日がね」
「何でそんなに捻くれた考えを嫌そーに言うんですか。鈴と一緒にいられる時間が楽しくて楽しくてしょうがないくせに」
「お前のその得体の知れない自信が羨ましいよ。生きているだけで楽しそうなのも」
「龍ちゃんは生きているだけでもつまらなさそうですね」
「楽しいことなんてあるかい?」
「鈴と遊ぶこと」
「まぁ、退屈はしないね」
すごく疲れるがね。どうしようもなくね。
「本当は楽しくってしょうがないんでしょ。またまたー」
「何か楽しいことはないかなー」
「豪快に無視しましたね」
「例えばほら、歳上で、僕より身長が高くて、髪が長くて、胸が大きくて、どこか
鈴は年下で、僕より身長は低くて、髪は短い、胸は……ノーコメント、美人というよりは可愛い系。ほぼ真反対であるが故にほおを膨らませて怒る。
「龍ちゃんの好みはよく分かりました。えーそーですか、そーですか」
「…冗談だよ」
「まだ龍ちゃんにも冗談を言える余裕が残っていましたか。鈴は嬉しいですよ」
「どう言う意味だ」
「そのままの意味ですけど」
「どうせ僕は社会のクズだよ。不良品さ、欠陥品さ」
「いやいや、そこまで行ってませんってば」
「冗談だよ」
「ッチ、もう何なんですか…」
ため息と舌打ち、隠す気はないらしい。
日が傾き始めた。さんざん照りつけてきた太陽もそろそろ今日は帰宅するらしい。僕らもそろそろ帰らなくてはならない。
「もう6時過ぎてる」
「では晩御飯を」
「何でそうなる。家に帰った方がいい。まだ中学生だろ」
「まだここにいますよーだ。家に帰っても誰もいないんだし」
「理由になってない、明日も早いんじゃないのか。宿題はやったか?時間割は?」
「龍ちゃんは鈴の親ですか」
「僕なりに心配してるんだ。僕のようになっちゃダメだし」
「ご心配なく。鈴は龍ちゃんのような脆い精神構造はしていないので」
「だったら、安心だけど。尚更、そんな子をこんな時間まで拘束できないな。ほら、帰った帰った」
鈴は真面目に学校に行っているのだろうか。あの性格じゃ、真面目になんて行かないだろうが。留年しなきゃいいけれど。……中学生って留年とかってあるのか?留年、留年かぁ。そういえば学校はそろそろ夏休みか。いや、まだか。今何月だっけ?6月か?夏休みっていつからだっけ。同じ学校の奴らには会いたくないしな。最後に学校に行ったのいつだったか。
僕にとって学校は奇妙な場所だった。年頃の男女が集まり、よくもここまで不思議な集団になるものだと思っていた。いや、年頃の男女だからこそかもしれない。
集団として身を置きながらも、個を主張する。けれど、主張するほどの個は持ち合わせていない。
感情はひしめき合って、うるさかった。少なくとも、僕はそう感じた。前向きだろうと、後ろ向きだろうと同じことだ。誰々は好きだ。嫌いだ。優しい。冷たい。うざい。ベクトルは違えど、感情は攻撃的だ。何かを傷付けずにはいられない。
僕は弱過ぎた。感情を向けられるたびにビクビクとしていた。あんな世界にはとてもではないがついていけない。そのうちに、苦しくなって、圧迫されて、ついには窒息して、感情の海に呑まれて溺死してしまう。だから逃げた。僕の選択が正しいとは思えない。それは非生産的なただの逃避でしかない。
目の前を覆う煩わしいその風景を見ないようにと、決して溺れてしまわないように、バリケードを張り巡らせ、高い塔の上で、暗闇の中で一人で足元ばかりを守って、自分のことばかり気にしている。そうしているうちに、バリケードが邪魔になって動けなくなった。暗闇が僕のことを離さない。前も後ろもわからない僕は、一歩だって進むことはできない。
明日なんて見つからない。昨日だって見つけられない。今日のどこかに行ってしまった。
なるほど、足りないわけだ。明日も明後日もない僕は、引き伸ばされている今日を続けて、僕はどこにも辿り着けない。前がわからず、ただ立ちすくんでいるのだから。
なるようにしかならない。僕以外の全てが変わって、僕だけが変わらない。そんな毎日を過ごすだけなのだから。
いつもの電車に乗り込む。帰り道、ふと周りを見てみれば、風変わりな客がいた。いつも乗ってる電車だ。知らない人は少ない。むしろこの時間に乗っている人は少ないので、ほぼ全員顔見知りだ。というか、あんなに綺麗な人がいれば、僕だって覚えているはずだ。
「例えばほら、歳上で、僕より身長が高くて、髪が長くて、胸が大きくて、どこか憂のある目をしている美人どこかにいないかなぁ」
って、ピッタリじゃないか。
しかし、なんだ。あの人どこかで見たことあるような。最近、思い出したような気がするが。もう少しで出てくる気がするんだ…
僕はあの人の目を知っている。
「ッ!やべ」
目があった。凝視し過ぎた。でもやっぱり、僕はあの目を知っている。
「次は〇〇、〇〇。お降りの際は……」
「あッ!」
同じ駅で降りる。でも、同じ時間帯に電車に乗ることはなかった。だって、僕は帰宅部で彼女は陸上部だから。帰る時間帯が違った。そうだ、僕はこの人を知っている。
「柏木さん…」
「あれ、山崎くん?」
僕の今日が変わっていく。僕の明日が塗り替えられていく。この先、彼女と出会ったことに深く後悔し、深く傷つき、そして深く感謝する未来を僕はまだ知らない。知る由もない。
ただ、今の僕から確かに言えることがあるとするのなら、僕と彼女は出会うべくして出会ったのだろう。
青年は踏み出す、ただそれだけの物語 メガネ ケン @kawasakatakaha
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