6-4

 円盤に収容された貴志は気を失った森野を抱きかかえて立っていた。貴志のいる二十畳ほどのホールは足下に下部ハッチ、天井には引力光線の照射装置、壁面には二階部分があって、円形の吹き抜け構造である。

 貴志は後ろを見た瞬間、ギョッとして体がこわばった。二人の宇宙人が立っており、こちらを凝視していたのだ。しかも一人は銃を持っている。

「元々の予定には無かったが、君達を捕虜にする」

 声とともに銃から光が照射された。

 

 気がつくと貴志は森野と一緒に床に倒れていた。防護服は剥ぎ取られて側に捨てられていた。ナイフなどの武器がないかチェックをされたのかも知れない。腕時計は無事で三時を指していた。一時間ほど気を失っていたことになる。

 周りを見渡すと広さは六畳間ほどで、収納棚や金属製のコンテナが置いてあり、どうも荷物倉庫のような感じだ。天井は全体がほのかに光り、薄暗い部屋ほどの明るさである。

 貴志は森野の上半身を抱きかかえ、指の背でピシャピシャと軽く頬を叩いた。

 やがて森野はうっすらと目を開けると、いきなり飛び起きて回りを見渡した。

「あれ、私どうしたの」

 貴志が今までの経緯を簡単に説明すると、森野は「嘘でしょう」といったまま顔を引きつらせた。

 ちょうどそのとき扉が開いて、銃を携え銀色の首輪をした宇宙人が入ってきた。

 宇宙人は高周波のような音を発すると、首輪から日本語が響いた。

「目が覚めたかね」

「ここはどこだ。僕達はどうなるんだ」

「そんなことでいいなら教えてやる。この部屋は君たちをさらってきた宇宙船の荷物室だ。この後君達が売られるのか、標本になるのか、私には分からない。残念なことに船はエンジントラブルで山の中にカモフラージュして着陸中だ。だが見つかることはないだろう。母船が地球の静止軌道上に来てこの船を引力光線で牽引する。そうすればこの船でも宇宙に脱出できる」

「ついでにもう一つ聞きたい。なぜ赤い球を壊した。仲間ではないのか」

「敵につかまる不名誉は奴は廃棄せよ。それが上の命令である。もうすぐ母船がくるはずだ。それまで地球の景色を楽しむがいい」

 宇宙人が壁のパネルに触れると小窓が開いて外の景色が見えた。月明かりに照らされて意外と明るく、鬱蒼とした木々と岩場が見える。

 貴志と森野が窓の景色に気をとられていると宇宙人はさっと扉から消えた。二人は慌てて近くにあるパネルを撫でたり叩いたりしてみたが扉は開かない。

 森野はヒステリックにドアをドンドンと叩きながら「開けて、開けて」と叫んでいる。

「無駄です。そんなことで開くわけがない。落ち着きましょう」

 そう言って貴志は森野の両肩を押さえて、金属の箱の上に座らせた。

「貴志君、あなたはどうしてそんなに冷静でいられるの」

 貴志はいざとなれば、メルの力がある。だが森野にその力を知られてしまうのは不安だった。以前に炎が吹き出る場面を見られていることもあり、みんなには黙っていてもらえるよう拝み倒すしかないだろう。

「森野さん、あなたは一度、僕の体から炎が出るのを見たことがあります、よね……」

「あれはやっぱり本当のことだったのね。確証がないから黙っていたけど、やはりあなたには不思議な力があるのね」

「まあ、そんなもんです。また黙っていてもらえますか」

「助かるならお安い御用よ」

 森野がにっこりと微笑んだ瞬間、宇宙船がぐらりと傾いて宙に浮くのを二人は感じた。

 母船が来たか……。

 貴志は右手の拳を突き上げて叫んだ。

「メル、俺に力を貸せ!」

 その瞬間、貴志の体から緑色の炎が吹き出すのを森野は冷静に見ていた。

「やはり本当なのね……」

 力を得た貴志がガンガンと扉を叩き始めた。馬鹿力で叩くと扉は物凄い音で響く。

 扉が少し開き、「うるさいぞ」と怒鳴る声が聞こえた。扉が完全に開くと目の前に銃を構えた宇宙人が立っていた。

 貴志はすかさずその銃の先端を握りグイッと捻じ曲げた。

 宇宙人は何が起きたか理解できないようで、呆然と銃の先端を見ている。そのまま貴志は宇宙人を思い切り掌底で突き飛ばすと、そいつは五メートルほど吹っ飛んで背中から床に落ちた。そして動かなくなった。

 部屋を出て気がついた。なぁんだ、ここは下部ハッチのあるホールじゃないか。さっきの部屋は隣部屋だったのか。

 二階を見上げるともう一人の宇宙人が柵から身を乗り出してこちらを見ている。目が合うとさっと身を隠すように逃げた。

「これからどうするの?」と森野が心配そうに尋ねた。

 貴志は頭の中でメルに話しかけた。

(さてこれからどうしたらいい?)

(最後に一暴れしてみるか。私にまかせろ!)

 頭の中で声が響くと、肉体と精神が分離する感覚を覚えた。握っていた自動車のハンドルを誰かに預ける感じである。

 貴志は両手の拳を突き上げ、と言っても実際はメルなのだが、「変身!」と叫んだ。

 すると貴志の体はみるみるうちに銀色の巨人に、いや、身長は貴志のままで変化した。

「銀色の巨人、じゃなく銀色の宇宙人の正体はあなただったのね」

「いや私ではない。これは形をコピーしただけの偽物だ」

 エコーのかかったまるで別人の低い声が出て貴志自身、非常に驚いた。もちろん返事しているのは貴志ではない。

「危ないから私から少し離れていてくれ」

 銀色の宇宙人の声に森野は慌てて壁際まで後退した。

 銀色の宇宙人が腕を十字に組むと斜め上方七十度の角度で天井に向けて必殺技の光線を放ち始めた。

 光線の軌跡は最初ハの字に広がっていたが、やがて小さな点へと収束し、光の直撃を受けた部分は熱で溶解し、そのまま光線が宙へと突き抜けた。

 そのまま銀色の宇宙人が体を三百六十度回転させると、缶詰の蓋のように天井はきれいに切り抜かれた。

 天井は相変わらず引力光線で、そのままゆっくり上空へ牽引されて行く。そして円盤本体は当然重力に引かれて地上に落下を始めた。

「キャー」

 銀色の宇宙人は絶叫する森野を抱きかかえると、そのまま空へと飛び出した。

 まもなく地上から閃光と炎が見えると、少し遅れて大きな衝撃音が聞こえてきた。

「森野さん、ちょっと手を離すのでしっかりつかまっていて欲しい」

「うゎ、やだ、落ちる」

 そう言って森野は銀色の宇宙人の首に腕をまわし必死にしがみついた。

 銀色の宇宙人は森野越しに腕を十字に組むと、引力光線が照射されている何も見えない上空へ光線を放った。

 光線は先程と同じように、ハの字から平行へ、そして一条のまばゆい光へと収束していき、それを十秒ほど照射し続けると、突然上空で何かの閃光が放たれた。

「さあ森野さん、研究所に戻りましょう」

 そう言って銀色の宇宙人は再びしっかりと森野を抱きかかえた。

 森野は心が落ち着くと改めて辺りを見回した。遠くに見慣れた夜景が見える。

 それはファルコンやイーグルのフライトで夜に度々目にした光景だった。

「あら、ここは秩父奥多摩辺り? 下は雲取山かしら。研究所からそんなに遠くなかったのね」

 森野を抱えたまま銀色の宇宙人は研究所を目指して一直線に飛んだ。今の時期はそんなに寒いわけでもない。月あかりの中、体に当たる風も心地よかった。

 三十分ほどで研究所の上空に着くと、事務室にはまだ明かりがついていた。森野が腕時計を見ると時刻は早朝の四時十分である。

 二人が地上に降りると貴志の頭の中で声が響いた。

(貴志、今までありがとう。これでお別れだ)

(それはどういう意味だ?)

(次元断層が開いた。この機会を逃すと次はいつ帰れるか分からない。けっこう地球の生活は楽しかったよ)

 その瞬間、貴志と銀色の宇宙人の体が分離を始めた。

「これってどういうこと?」

 森野は驚きで目を丸くした。

 徐々に分離した銀色の宇宙人は緑の炎の塊となり、やがて光の筋となって上空へと昇り、それを貴志と森野が二人で見ていた。

 光が消えると貴志が言った。

「僕の中にいた宇宙人は元の場所に帰りました。もう二度と戻ってくることは無いでしょう」

「あなたも宇宙人に体を乗っ取られていたの?」

「いや正確に言えば共生体と言った方がいいんだろうな」と貴志が呟いた。


「ん……? 今の光は何」

 そう言って二階の窓から岡田がひょいと顔を出した。そして二人を見つけるとびっくりして思わず大声で叫んだ。

「あんた達、一体いつ戻ってきたの!」

 それにつられてみんなが顔を出した。

 森野と貴志が二階を見上げると、沼田所長に南原、島崎、そして植村班長に林、それから特殊生物対策課の浜口もいた。みんな驚いた表情をしている。

 貴志が「おーい!」と叫んで、森野が両手を上げて飛び跳ねながら皆に手を振った。

 それを見て浜口が二回から大声を上げた。

「二人は宇宙人にさらわれたという話ではなかったのですか」

 一階の通用口から岡田が勢い良く飛び出してきて、両手で二人を強く抱きしめた。

「よく無事に戻ってきたわね」

 岡田の目から涙が溢れると、森野もつられて泣き出した。

 二階に居た残りのメンバーもみんな二人の周りに駆け寄ってきた。

「皆さん、どうもご心配をおかけました」

 震える声で貴志が挨拶をすると、急に貴志は意識が薄れて地面に崩れ落ちた。

 メルが抜けて精神も肉体も限界に達したのだ。


 貴志は二日間眠りっぱなしで、目が覚めた時は病院のベッドの上だった。貴志と森野は隔離された病室で一週間検査入院となり、岡田も二人と直接接触したため同じように病院に隔離された。

 所長や他のメンバー、そして浜口も念のため三日間、自宅待機で様子見となった。

 みんなからすればとんだとばっちりだが、それでも二人の無事を素直に喜んだ。

 研究所の報告書には、二人が円盤にさらわれて突然現れた銀色の宇宙人に救出された、とまとめられた。

 詳細は浜口から政府に報告されたが、マスコミには発表されず騒ぎにはならなかった。

 所長も今回の件では訓告で済んだようだ。

 貴志の能力については森野が最後まで黙っていたので結局二人の秘密となった。


 それから五年後――


「一貴、海、早くしなさい。もう出発するよ」

 穏やかな朝の日差しの中、貴志は二人の子供の手を引いて家を出た。

 保育園へ向かう途中、背後から声がするので振り向くと、子供を連れた岡田がいた。

「おはようございます。今日は岡田さんの当番ですか」

 今ではもう島崎姓なのだが、島崎が二人だと呼びづらいので職場ではいまだに岡田と呼ばれている。

 島崎夫婦は結婚と同時に研究所から二駅のこの近辺に家を買って、偶然ではあるが貴志と同じ保育園を利用していた。

 貴志は麻美が就職してアパートを出た後はしばらく一人暮らしをしていたが、結婚を機にここの近くで少し古いが広めの一軒家を借りた。

 最近は宇宙人が異次元空間から連れてきた怪獣の頻出もあってかなり忙しい。

 五年の間に研究班は武田と加藤の二人が増員され、運搬班も去年佐々木が入ってきた。

 今はアメリカで飛行訓練中だが来年には訓練を終えて戻ってくる予定だ。

「今日は泉ちゃんと一緒じゃないの?」

 森野も木ノ下坂へと名字が変わったが、貴志と同じように今では泉と呼ばれている。

「今日は沼田所長と武田さんのお供で北海道分室に行くと言って、朝一で家を出ましたけど」

「ああ、そうだったわね!」

 うららかな春の気持ちよい朝の一場面である。



 貴志にとってメルには感謝の言葉しかない。

 円盤から脱出できたのも、メルのおかげなのだ。

 そう考えると妙に昔が懐かしく、そして思わずにはいられない。

 今頃あいつはどうしているかと……。

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