溺死について

 柑橘の中は常に果汁で満たされていて、それに耳を当てて見ると、なんと不思議な音がする。例えば、透明なグラスにとくとく水を注ぐときの音のような、はたまた川に潜って、鼻や口から溢れる気泡が、ぷくぷく弾ける音のような、そんな瑞々しく、不気味な音が鼓膜を何度もノックする。そんな複雑な音色に耳を傾けては、私は深い眠りに就き、心地の良い甘美な果汁の中で、何度も溺死した。


 しかし、覚めぬ眠りから私を連れ戻すのも、また柑橘であるのがまた不思議である。具体的な事象で例えると、木陰で屍体の如く眠る、私のがらんどうなこの頭蓋骨に、ひとつだけ落ちてくる果実が、こつんと落ちてくる。その感覚はまるで、寝坊助の私を揺さぶる母の手である。限りなく優しい、あたたかい手。目を覚ませば朝日に似た現実の光が、僕の身体に滲み込んで細胞へと変わり、不必要な細胞は土へと還り、誰かも分からぬ何かの養分として再吸収される。目を醒ます度に、私は真新になり、私ではなくなる。柑橘は母体、私は胎盤——。そうだったら、どれだけ良かったのだろう。


 私は、独りで生きる事は不可能である。私が胎盤であるのなら、無論母体は不可欠である。母体が存在しなければ、私は生まれる事すら出来ない。


 柑橘の胎内は、きっと果汁で満たされていて、浮かぶ胎児も母にそっくりで、果汁を身体中から吸収して、生まれて直ぐ果肉の間に包まれる。私は胎盤、出てきてしまえばそこでもう用は無い。でも、それでも良いと思えてしまった。


    

    柑橘の腕に抱かれて眠る屍体 どこまでも堕ちて 覚めない夢の中 

    屍体であることに 気づかない それも又 幸せと呼んでしまおう

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短編・柑橘 村上 耽美 @Tambi_m

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