浮遊魔法はうっすらと

 食住と引き換えのお手伝い。それで近所の農家さんが昔から持っていたというオンボロ納屋の片付けを手伝っていると、見たこともない機械が一番奥で蜘蛛の巣を被っていた。薄いタイヤが2つ平行にあって、鉄の板がそれらを繋いでいる。小さなクッションが上に飛び出していて柔らかくないあぶみが付いていて大きな二又の角を持っていた。魔獣にもこんな骨格のものはいない。

 「おお、そんな所にあったのか」

 蜘蛛の巣を払い、外で作業をしている農家さんの下へ引きずって行くと懐かしそうに目を細められた。

 「倅が高校の時に使っていた自転車だよ。捨てたと思ったが、アイツ、横着しよったな」

 かかか、と笑う農家さんに自転車とは何かと尋ねると心底驚かれた。乗ったことがないと伝えると「都会の子どもは電車だったりするんだねぇ。」と勝手に納得されてそれ以上の追及は無かったが。

 とりあえず鐙とタイヤがあるので乗るものだとは分かったが、元の世界では箒と魔獣、それから移動魔法陣が主な移動手段だったのだ。魔力で動く魔法車だって滅多に乗ることはなかったし増してやこんな奇天烈な物は無かった。

 「空気が抜けとるだけだな。どれ、少し待ってなさい」

 農家さんが検分の後に持って来たのはホースが付いたT字のポンプの様なもの。自転車を後ろの銀色の棒で立たせ、ホースを取り付けてから取っ手を上げ下げして空気を送り込むと、タイヤの幅が太くなる。なるほど。こっちの世界では膨張魔法ではなく空気でタイヤを膨らませるのか。

 「うん。チェーンも外れとらんし。錆もきれいに取れた。俺と同じでまだまだ現役だな」

 先ほどよりも大声で笑う農家さんに釣られて、思わず笑いが零れた。意外とこういうのに弱いのだ。

 「かっかっか。良い顔するじゃねぇか。そうだ空等くうら、コイツお前さんにやるよ。ボーナスってやつだ。なぁに一度乗れればずっと乗れるようになる。俺だって乗れるんだから、若いお前さんが乗れない訳はない。その方がコイツも嬉しいだろうしな」

 その日の帰り道は、錆落としと少し埃っぽい空気入れを後ろに括りつけた自転車を転がしながら新たな物事との出会いに凄くワクワクした。


 自転車は箒とバランスの取り方が似ていて、大体2時間くらいの練習で乗れるようになった。鐙の動きを理解するのに少し手間取ってしまったが今はスムーズに乗れる。ポンと譲ったり、農家さんの子どもが学生の時に使っていたということは余り高価な物ではないのだろう。とすると、一般的な乗り物である可能性が非常に高い。ここら辺で見ないのは運動量が多い乗り物だからかそれとも自動車の方が普及しているかといった所か。移動手段としてこれからも使いたいが、もっと楽に乗れないだろうか?そう考え改造に取りかかった。

 幸いなことに仕組みは分かりやすい。鐙を回転させて動力を生むのだから、そこを弄ればいいか。しかし永久機関はどの世界でも誕生していない、というかさせたらヤバイ。間違いなく大戦争が起きる。では鐙にかける力が弱くなるようにするか。しかしそれと比例して推進力も低下してしまう。色々と考えて弄るが、どうにも面白くない。早々に飽きてしまった。しばらく悩み、結局浮遊魔法をうっすら引いて浮かせて、進む力は完全人力にした。魔法のコントロールが少し難しいので良い練習になるし何より面白い。魔法を忘れない点でもこちらで隠すことに慣れる点でもこの方法は当たりだ。

 それに、折角ならば異世界も自転車も楽しんだ方が得というものだろう。最近は魔法の出番が少ないのが不満に思えてきてしまったので気持ちを切り替えられたのは良かった。早速、明日から自転車でその辺を見て回ろうか。そう考えてその日は切り上げた。



 その後自転車を知らないという噂を聞きつけた別の農家さんが補助輪を持ってきてくれたが、補助輪無しで乗りこなせているばかりか「補助輪がある方がバランスが崩れる」と空等が断ったことがしばらく地域を騒がせたのはまた別のお話しである。

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