必要なのは魔法よりも口

 読み取り魔法は遺跡などの無機物にかけることで、その遺跡に関する情報を読み取ることができる限定的な魔法。それを生物である自分自身にかけるというのは中々の判断だった。どのような副作用が現れるかは心配だったけれど、結果的にこの魔法がなければ色々と終わっていたから、本当にかけていて良かった。

 そんなことを考えながらクウラ・ヒウルア改め灯売ひうる空等くうらはカーテンを閉めた。外から部屋の中が見えないことを確認すると、部屋の中央に吊されているランタンのネジを捻る。蛍の光のように優しく小さい光源から少しずつ光が溢れ、やがて部屋全体を明るくした。元の世界で使われていた魔法の光源装置だ。元から部屋にあったLEDは白く明る過ぎて慣れなかったのだ。

 クラスメイトの妨害魔法により異世界げんだいにほんに転送されてしまったあの事件から、早いもので3ヶ月が経った。転送前に施した読み取り魔法のおかげで転送直後にしてこの世界の情報(魔法は創作物扱いであるとか自分の魔法により世の中が混乱してしまう可能性があるとか)を把握することができたのでこちらでの生活基盤を整える難易度が下がっていたのもあるが、どうせしばらく帰れないパターンなのだから異世界を楽しもうと割り切るまでそう時間はかからなかった。そのまま市役所ギルドへ行き「田舎での若者受け入れ制度はないか」と聞けば、長期休暇の学生かなにかと思ってくれたようで、現地での労働と引き換えに食住を保障してくれる良心的なプランを提示してくれた。その中から選んだのは、地元住民の手伝いをすることを条件としているそこそこ人がいない土地。最悪書類手続きは魔法で突破しようと思ったが、実技試験用のちょっと良い感じの学生服を着ていたことや魔法学校の学生証(言語魔法で日本語対応に直したもの)が使えたことであっさりと済んでしまった。日本、治安は良いようだがもう少し警戒心を持っても良いのでは?

 その後、募集をかけていた場所は毎年定員割れを起こしていたらしく若者の申し込みがあると知って、なんとその日に遙々迎えに来てくれた。元の世界の通貨から「お金としての価値」を抽出し交通機関の電子マネーにチャージ、それを換金していたので3万円程度は手元にあったが減らすことはしたくなかったので助かり過ぎた。現地に着いてからもそんな感じで、久しぶりの若者、しかも明らかに一般的な学生ではないのが来たと優遇されまくった。正直少し引くくらいのお祭り騒ぎも起こって、良い場所に来たと同時にある意味不安に思う毎日だった。それでも真面目に農作業や高い場所の掃除なんかを手伝っている内に大人の信頼を得ることができたので、思いきってここにしばらく住みたいと申し出てみた。案の定学校はどうするのかと聞かれたので「今は遠隔で受けることもできるから」と言うと、「まるで魔法みたいやねぇ」とちょっとドキリとする一言が返ってきたり。それでも自治会長が渋っていたのでダメ押し。「ここが好きになっちゃいまして。空気も良いし、皆さん優しいですし、何より過ごしやすいです!」と満面の笑みで言えば、デレデレを通り超してドロドロになった自治会長がそこにいた。23人いる孫がまた一人増えたわい、と嬉しそうに色々やってくれて、受け入れ制度の期間延長という形でお手伝いと引き換えに変わらず食住を保障してくれることになった。いや上手くいき過ぎて怖い。あれかな、転生者ならぬ転送者特典かな。向こうじゃ珍しい黒髪黒目もこっちじゃ一般的だし。そにおかげで早く馴染めたのだけれど。

 生活基盤は無事に整ったが、ここまででこの世界で使ったのは言語魔法と抽出魔法だけ。余り使わないようにと心がけていたとはいえ、予想以上に機会が少ない。どちらかと言えば魔法よりも口先が求められていたように思う。今後も必要になるだろうなぁ、と独りごちた。見習いとはいえ自他共に認める優秀な魔法使いの卵だがこうなってしまえばすっかり形無しだ。この世界でも魔法が使えるのは不幸中の幸いであれ、使うとしたら上手くやらなきゃいけない上に口先や実際に体を動かすことより優先順位は低い。課題を片付けることは嫌いじゃないがここまでアイデンティティを否定されるとちと辛い。

 思わずため息をひとつすれば、待ち構えていたようにどこからかフクロウの鳴き声がした。

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