画面の中の君
きと
画面の中の君
雪が積もっている街中を転ばないように、でも早く歩いて行く男がいた。
「ったく、課長め。定時直前になって、書類の山をこっちに渡してくるなよな……」
早足で歩くのには、ある理由があった。
日課で
帰宅した男は、とりあえず着替えを済ませてパソコンの電源を入れる。最近新調したパソコンは、起動する時間が短く、ストレスも少なかった。パスワードをささっと入力して、デスクトップが表示されると、迷うことなく通話ソフトを起動する。通話ソフトには、ゲームをプレイする時に話す友人たちのアイコンが表示されるが、それらは無視して猫のアイコンをクリックする。相手が応答するのに、1分もかからなかった。
『
「お疲れ様、
『ううん、全然大丈夫だよー』
会話が始まって20分ほど経った時、光のお腹が鳴った。
『ふふ、ご飯食べてきていいよ?』
「い、いや、流歌と話してたいからあとでいいよ」
『それだと、寝るのさらに遅くなるでしょ? 睡眠は大切なんだから』
「……じゃあ、話しながら食べたらダメか」
『あ、それいいね。と言っても私は、もう食べちゃったけど』
ちょっと待ってて、と言うと光は離席する。晩ご飯の用意なので、そこそこ時間がかかるかと思ったが、光は5分程度で戻ってきた。
光が用意した食事を見て、流歌は眉をひそめる。
『……光君。タッパーからお皿に移して食べようよ。なんか見た目が……』
「い、いいだろ。どうせ俺しか食べないんだし」
『いや、そうだけどさぁ。何というか、
とりあえず、あまり見て気分のいいものではなかったらしい。光としては何にも感じないし、洗い物も少なくなるしでいいことづくめなのだが。
ご飯を食べる光を流歌は、じーと
「……どうした?」
『いや、茶色いなって』
光は一瞬何のことか分からなかったが、すぐに気付く。
どうやら、タッパーの中のことを言ってるらしい。
「生姜焼きなんてそんなもんだろ? 豚肉がメインだし、野菜を入れるとしても玉ねぎだから、たれと合わさったら肉を同じ色合いになるし」
『だから、皿に移して隣にキャベツの千切りとか乗せるんだよ。その晩ご飯、インスタントお味噌汁のネギくらいしか野菜がないんじゃない? ……はぁ~、私が作ってあげられたらな~』
「………………ああ、そうだな」
流歌の手料理は、かつて食べたことはある。非常に美味しかったのを覚えているので、できることならまた食べたい。
でも、それは叶うことのない夢だ。
そう思うと、涙が瞳から落ちた。
『……光君』
「分かっているんだ。もうどうしようもないことで、誰かを恨んでも仕方ないって。それに、こうして話せているだけで、
『…………』
「なぁ、俺はいつまで続けるんだろうな」
涙を指で
「死んでしまった恋人のAIと話すのをさ」
AIの技術が急激に進んだ先にあったのは、高度な分析だけではなかった。実在する人間の再現や創作物の中のキャラクターの思考の創造も可能になった。そして、既に亡くなった人格の再生も。
流歌は、病気で亡くなった。病院の先生も流歌の家族も、もちろん光もみんな最善を尽くした。でも、助からなかった。祈りは届くことなく、
でも、
『私は、いつまででも付き合うよ。だから、無理だけはしないでね』
「流歌……」
『きっと、本物の私ならこういうかなって』
画面の中の流歌は、本物そっくりだ。だから、
それでも、いつかこの鎖から解き放たれる日は来るのだろうか?
そんな“いつか”を夢見ながら、光は縛られ続けている。
画面の中の君 きと @kito72
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