『拾った壺』
N(えぬ)
芽生えたものは、やがて
原生林が続く辺境の地のその中に昔、豊かな文化を持った小さな国があった。
わたしはその昔、その国の界隈で悪魔として活動していたのだが、あるとき高名な神官によって壺に閉じ込められて封印されてしまった。
その国の中心地だった町がわずかに現代に姿を残していて今は世界的な観光地になった。
わたしは壺の中で文字通りに真っ暗闇の生活を何百年と送っていた。まあ、ずっと起きているのは苦痛なので何年も居眠りをしたり、無駄な努力とわかっていたが壺の口をゴソゴソと手探りに開かないものかと押したり引いたりしていた。
わたしは壺の外の音だけはなんとなく聞こえていたので、あるときからプッツリと周囲に人気が無くなったのを感じ取っていた。そしておそらく自分の入った壺が地に埋もれたのも感じた。
「こりゃ、当分外には出られない」
そう思って、そこから長い間、ふてくされて眠っていた。
それからさらに月日がたち、時折人の足音や話し声が聞こえるようになった。人どもは普通では歩いて行けるような場所ではないところに、一本の道路を通して通行の足を確保したらしい。車に乗って森の奥深くにある遺跡の町へ一直線に観光に来るようになったというわけだ。
「チャンス到来」
わたしはそう思った。人が来れば、誰かが壺の封印を解いてくれるかもしれないということだ。
*
ある男が遺跡の観光ツアーに参加した。この男は多少夢見がちなところがあって、どんなことにもその将来を想像してフンワリした豊かな気分になるのが好きだった。世界各地のこうした遺跡、史跡などにも旅行で頻繁に足を運んだ。そういう場所に身を置いて周囲を眺めると何百年何千年の時を経た時代のことをリアルの想像できた。それが現代に生きる彼自身にリアルな力を与えていた。
彼は30代後半になり、自分の身の回りのことについても夢を持っていた。単純に言うと地位や金が欲しかったし結婚をしたかった。彼は仕事がうまくいっていたから、何か悪いことが起きなければ今のところ将来も安定しているだろうと予測できた。だから後は結婚だ。これが彼にとって今一番、将来にわたって悲観的な感想を持たせていた。
彼は髪の毛が薄かった。額から頭のてっぺんにかけて、薄く腰の無い頭髪になって久しかった。そしてこれこそが自分を結婚から縁遠くしている元凶だと彼は思い込んでいた。
今は、いい発毛剤などもあるし本物と見まごうカツラもある。けれど彼は本物の頭髪に恋い焦がれていた。
彼は、世界の不思議な力を備えた場所を訪れるたびにそこで毎度なにか願いごとをしているのだが、そのときいつも、「頭髪が元通りに生えてきますように」というのを欠かさなかった。
*
男は遺跡の町の周囲で散歩していた。散歩といっても鬱蒼としたジャングルの中である。その中で地面を目をこらしてみながら歩いていた。
「なにか、僕に力をくれるものでも落ちていないだろうか?記念品になるような、小さな遺跡の欠片でも」
男はそう考えていた。そして行き当たった。何かの拍子に埋もれた土中からわずかに顔を出した壺の口の辺りを見つけたのだ。
何かのパワーを欲する男と壺に封じられて抜け出したい悪魔の、まさに運命の出会いだった。
男は汗みずくになって土中から壺を掘り出した。壺は、何の色気もない灰色の壺で、口には固く栓がされていた。
掘り出して口を開けない手は無い。男は壺の栓をこじ開けた。
ボンッと黒い煙のようなものがウネウネと壺の口から現れた。
「一千年?かそれ以上?の日の光。悪魔のくせに日の光がこんなに心に染み入るとは。……やあ、はじめましてと言っておこう、見知らぬ人間よ」
壺から出て来た尖った耳の邪悪な顔立ち、槍先のような尻尾をフラフラさせながら小さいコウモリのような羽根で細かく羽ばたきながら空中にとどまっているその物体を見て、男は一目で悪魔であることを認めた。
「あぁ、悪魔……」
「そう、わたしは悪魔だ。あんたの期待したものでなくて悪かったな。だが、なんだ。久しぶりに壺の外へ出してくれた礼をしようじゃないか。本当なら人に災厄をもたらすのがわたしの役目だが、今回はおまえさんの望みを何の引き換えもナシに叶えてやろう」
悪魔とは言え、礼をしようという義理堅さに感激した男は、
「ほんとに望みを叶えてくれるのか?どんなことでも?」
「フォフォフォ。イイさ何でも。大概のことはやってやるぞ。望みのものを心に思って見よ」
「な、ならば……」
男がそう言った後、悪魔は自分が封じ込められていた壺を取り上げてその中に腕を突っ込んだ。
「この壺は、わたしを封じ込めておける魔力のある壺なのだ。わたしがこの壺に手を入れればありとあらゆるものを引き出せる。さておまえが望んだものを……んん」
と悪魔が壺から手を出すと、その手に握られていたのは、
「ううん……髪の毛かぁ」そう言って、男の頭に目をやった。
「普通の人間は、大体が金や宝石とか金目のものを欲しがるんだが……髪の毛というのは。人の髪の毛をこんな風に沢山束でむんずと掴んだことはわたしの長い悪魔人生でも初めてことで、ちょっとキモいな。それだけにおまえの心中察するに切ない」
男は悪魔が握った髪の毛の束を愛おしそうに見つめた。
「これは、これまでわたしの頭から抜けていった髪の毛たちか……」
「ああ、その確かにそのようだ。けれど抜け毛をどうするよ?このままじゃあ、どうにもならない……。そうだなぁ、ものはついでだこうしてやろう」
悪魔はそう言うと男の頭の、毛の無い頭頂部に壺から出た髪の束をバサリと上から押しつけた。するとその毛は、男の頭皮に整列してかつての通りに生えそろったのである。
*
悪魔と願いが叶って毛を生やしてもらった男は、互いに礼を言って別れた。
しかし、1年ほどしたときに男はまた、この地を訪れて遺跡の町で悪魔を探し出して面会した。
「なんだおまえ、また来たのか。……髪の毛はどうした?なんできれいさっぱりなくなってるんだ。わたしが生やしてやった毛は、自然に抜け落ちるはずは無いぞ」
悪魔が不思議そうに問いかけると、男は説明した。
「わたしが思ったとおり、髪の毛が生えたことでわたしは意中の女性と交際することが出来たんだ。それで彼女といろいろな話をするウチにわたしの髪の毛の話になった。なにしろ昔のわたしの写真は、どれも髪の毛が無いからね。それで今の髪の毛が偽物では無いかと言われて、悪魔の力で本物を生やしてもらったんだと告白したんだ」
話を聞いていた悪魔は、
「そんな話、普通の人間に話して通じると思ったのか?なんかおかしな話をする男だと思われるのがオチだろう」といった。
「ううん。その辺りまで彼女は面白がって聞いてくれていたんだが。実は彼女、ちょっと『S』の気がある女性でね、そのぉ、なんだぁ、ベッドの上でわたしの髪の毛を掴んで、毎回少しずつむしって抜いてしまうんだよ……それで元のハゲになってしまったので、また生やしてもらえないものかと……これは僕の愛の切実な問題なんだ」
*
わたしは例の壺に入って隠れ、男と一緒に彼の母国へ渡った。
そこでわたしは男の髪の毛をまた生やしてやり、それを見つけた男の彼女の知恵で発毛の御利益がある『髪様』として神社を作って祀られて、世界中から参拝者が来るようになった。
『拾った壺』 N(えぬ) @enu2020
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