通りを宿へと戻りながらグリスとリラは黙ったまま歩いている。

「どういうことだ……」

 店と宿の中程まで来たところで、ようやくグリスが呟くようにいった。

「俺はたしかに入れたはずなのに……」

 袋の中にあるはずの獣の角が消えていた。その事実と先ほどのリラの推測話が今グリスの頭の中に渦巻いて錯乱した

 グリスはリラの方を窺うように見て、

「これが証拠になるんじゃねぇか。彼女しかアレを抜き取る機会はなかったんだぜ」

「さあ、どうでしょう。角が袋に入っていたかどうかはグリスさんの証言だけですから。エルナさんが否定すればどうしようもないです」

「そうか……」

 グリスは再びむっつりと黙ってしまった。が、またすぐ口を開いて、

「奴はその後どうしてる?」

「あの後も何度か依頼を受けに来てましたけど、最近はあまり……」

 二人はそのまま宿に入ってくると、グリスは酒場に、リラは依頼斡旋所のある部屋に向かった。

 リラは受付カウンタ―の横にある扉から事務室を抜けて窓口に入ると、ちょうど手の空いた後輩の女の子に声をかける。

「ごくろうさま。交代しましょう」

「おはようございます。リラ先輩今日は午後からですか」

 後輩の女の子とリラはそう年齢も離れていないが、もうリラには出来ない若さであふれるほどの眩しい笑顔を送ってきた。

「ええ。何か変わったことはなかった?」

 そう聞かれて、後輩の若い娘は、

「今日は特に依頼関係でのトラブルは……。あっ、そういえばあの新人の方がひさしぶりに見えましたよ。最近友達が亡くなったっていう。先輩結構気にしてましたよね、あの事故の事」

 といった。

「エルナさんが来たの? 依頼ってどんな」

「ほら、あの事故があった時彼女たちが受けてた依頼。あれと同じ薬草採取の依頼がまたあったみたいですね。で、エルナさんそれを見てどうしても依頼を受けたいっていうんで」

「任せたの?」

「はい。何度か依頼をこなしていたみたいだから経験的にも問題ないと思って」

まずかったですか、と不安げな顔をする後輩に、

「いえ、なんでもないの。さぁ後は任せて」

 そういって受付の準備を行うリラ自身不安げな顔をしていた。

 ただ彼女にもその杞憂の正体が何なのかはっきりとしない。それだけに余計焦燥感が募ってくる。そのせいかどうか、彼女としては珍しく事務上の小さな間違いを一時間で三つもしてしまった。訳の分からない不安を抱えたまま、のろのろと焦燥した二時間が経過した。

 突然酒場が騒がしくなったようだった。外でガヤガヤと音がしたかと思うと、扉が乱暴に開けられ、四、五人ほどの男女が慌ただしく入ってきた。後ろの方にいた二人が前に出てくると、抱えていた物を床にそっと降ろした。客もまばらだった酒場の中が急に騒めいた。皆が床に視線を落とすと、動揺したような声があがった。

 簡易に木で組まれた梯子のような担架に乗せられていたのは若い娘の遺体だった。ここへ運ばれてきたことから女が冒険者だったことを示している。床の担架を囲むように人の輪ができた。

 受付に並んでいた人達も隣の部屋の様子を見て、なんだなんだといって酒場へ入っていく。リラ達も彼らの後を追うように隣の部屋へと向かった。

「どうしたってんだ、一体。モンスターに襲われたんだって?」

 リラが酒場に入っていった時、輪のすぐ前方にいた男が、遺体を見下ろしながら、近くにいた一人に向かってそう聞いているのが耳に入った。

 その若い男は遺体を運んできた内の一人らしく、相手に向かって釈明するように喋りだした。

「いや、参った。務め終わって帰宅しようとしたら、途中の道でやたらカラスが騒いでやがるもんで、場所が場所だけに気になって行って見りゃあこの娘が」

「どこだい場所は?」

「アルバとフリーダを通る街道のはずれだ。籔のやたら多い」

「心臓を上手い具合に刺されてるな……。あの辺りだと……一角狼か」

「ああ、発見する前に角が血に濡れた奴を一匹見たから間違いねぇ」

「様子からしてもいきなり襲われて即死ってとこか、運がなかったな」

「見たとこ新入りじゃねぇか。若い身空でなあ……」

 男たちが交わす会話の声もリラには聞こえていないようだった。いつのまにかグリスが横にきていて、彼もじっと床に視線を落としている。リラも再び男の視線を追うように目をやった。エルナは彼女の友人と同じように胸を血に染めて眠るように横たわっている。

 その時リラは彼女が握っているものに目がいった。それは血に濡れた一本の、根元から斬り離された獣の角だった。

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獣の角 上の空 @Re3IgyXHWK

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