第5話 何でもない日常
千秋が抵抗する力は弱く、簡単に引き戻せた。
迷いがある。本気で出て行くつもりではないんだ。口だけだ。
千秋の方が身体が大きく力もある。本気になれば俺は止められないだろう。
千秋を捕まえたまま。ぽんぽん、と肩をなでて様子を見る。
「とりあえず、落ち着け。」
「…うん。」
大人しくなった千秋の肩を抱いてゆっくりソファーに移動し、座らせる。
千秋の目が潤んでいる。
俺は隣に座り、しゅんとしている千秋の金髪をなでてやる。
「俺はわかってるから。
自分を守るためにとっさに嘘をつくこと、それは千秋の癖だ。」
「ごめん、大きい声出して。」
「タバコのこと、別に無理しなくていいからな。あんまり量増えたりしたら俺も言うけど…。
同居してるとは言え、千秋だって他人だから俺が思い通りにするものでもないよな。押しつけはよくなかった。ごめんな。」
「他人じゃねぇよ。」
千秋が小さく反論するが、ここは面倒なのでスルー。
「ただ、これだけは言わせてくれ。千秋は本当に今のままでいいのか?
自分のことは諦めるなよ。」
俺は千秋が落ち着くまで頭や、肩や、背中をなでてやった。
ふと、千秋の言葉を思い出す。
(目に映るものだけが真実とは限らないぜ。)
もしかすると、言わないだけで千秋は千秋なりに頑張ったのかもしれない。頑張って頑張って頑張って、それでも誘惑に負けたのかもしれない。
タバコを吸わない俺には、その辛さはわかってやれないけど…。
言った言葉とかタバコとか、そういう上っ面の表面じゃなくて、もう少し心の奥の深い所で話そうぜ。
一夜明けて
結局、ブリーチを買うのは忘れた。
(いいや。千秋がやる気になったら染めてやろう。)
そんなことを考えていると千秋が声をかけてきた。
「おはよう。瑞生、オレを一緒に住まわせてくれてありがとうな。
今日も瑞生にとって素晴らしい一日になりますように。」
なんとも清々しい笑顔だ。
俺は、しらけた顔で受け流すつもりが、
少し笑ってしまうのだった。
END
千秋くんと瑞生くんの何でもない日常 お茶 @yuichanhokkaido
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