最終話 ハメを外そう!・後編
翌日、お昼近くになってもほとんどのムジナ会メンバーは眠りについたままだった。
「せっかくのバカンスを寝て過ごすつもりかしら」
一番に目を覚ましたセレンは、ホテル内のリーナの部屋へ訪れていた。まるで母親のように彼女の布団を引っぺがす。
「う~ん……あと五時間……」
「五日間寝てなさい」
呆れたセレンが部屋を出ると他の部屋へと移り、次々と起こして回っていく。普通の上級貴族なら随伴のメイドに任せるのだが、彼女の面倒見の良さが出ていた。
「さすがにユスフィルとアイネは起きてるわね」
「商売人ですから」
「いつも朝早くから稽古してるしね」
既に準備を済ませた二人が、廊下でセレンとあいさつを交わした。朝まともに起きれるのは、この三人といったところか。
全員がホテルのレストランに集まったのは、それから30分後だった。朝食でもブランチでもない、もはや完全なる昼食である。食べ終えた頃合いを見計らって、セレンが全員に向かって言った。
「遊びに行くわよ」
「海にか?」
「海は昨日楽しんだでしょう。だから今日は――」
尋ねたリーナの前に、島の歓楽街のマップを置いた。
「こっちの遊びよ!」
レストランの一角に「おぉ」という歓声が上がる。実はこの島には――首都ほどではないが――観光客を対象とした、それなりに規模の大きい歓楽街が存在する。セレンもただ海で泳ぐためだけに、旅行先を決めたわけではなかったのだ。
ちなみにレストランは貸し切りになっているので、小声で話さなくても何ら問題はない。
「優良店の調べは済んでいるわ。でも一か所に十一人も行ったら男の子が枯渇するから、三グループに分かれるわよ」
そう言いながら、セレンは穴の開いた箱を取り出した。
「クジで決めるの!? リーナと一緒がいいんだけど!」
「私もお姉さまと一緒がいい!」
「普段絡まない人と行動すると、新たな発見があるものよ」
レシチーとテルルの抗議を退け、順番に箱が回されていった。一人ずつクジを引いた結果は、以下の通りである。
<Aグループ>
リーナ、テフィル、ユスフィル、テルル
<Bグループ>
ヤトラ、フーミナ、レシチー、アイネ
<Cグループ>
セレン、ニオン、メノ
「なんで姉妹で一緒なの!!」
「なんでコイツと一緒なの!!」
テフィルとユスフィル、そしてヤトラとアイネの声がそれぞれ重なった。
「クジ引きだからそういうこともあるわ。これをきっかけに仲直りしなさい」
不服の声は多々あったが、結局クジで決められたグループに分かれて歓楽街へと出発した。果たしてセレンの言う通り、これらの組み合わせで新たな発見はなされるのだろうか。
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「姉様と姉妹で同じお店行くとか最悪すぎるんだけど……」
「私はお姉さまと一緒がよかったのに……」
「いつまでも文句言うなよ」
Aグループの四人は不満タラタラなメンバーを抱えながら、観光客であふれる通りを歩いていた。リーナが手に持ったマップと周りのお店を交互に見る。
「さて、どこへ行く?」
「オーソドックスな人気店でいいんじゃないでしょうか」
ユスフィルがすました顔で言うか、内心ではウキウキしているのが手に取るようにわかる。
「遠くまで来たんだから珍しいお店に行きましょうよ! 例えばこことか」
「水着で遊べるお店か……」
テルルがマップを手に取り指さしたお店は、屋内プール付きの大規模なお店だった。
「持ってきてる水着はダサいからヤだ」
「プールで遊ぶのは身体が冷えないでしょうか」
「細マッチョよりもさわやか系の方がいいな」
「もう! 結局みんな文句言ってるじゃない!」
こうしてすったもんだしながら、ようやく決まったお店へと入る四人であった。
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「ここは私に譲りなさいよ!」
「いいえ! 絶対に譲れません!」
よりすったもんだしていたのはBグループ。お店はすんなりと決まったものの、そこからが大変だった。
まず好みが被りまくりなアイネとヤトラが、指名する男の子をめぐって激しい攻防を繰り広げていた。一方で初めて訪れるお店に対し、レシチーは案の定ビビリ散らかしていた。
「やっぱり一人じゃ無理だよぉ! リーナぁ!」
その場にいない親友の名前を叫びながらしゃがみ込むレシチー。異様な光景に店員も戸惑うばかりで、一向に進展しそうにはなかった。
「ね~、みんな……」
フーミナが声をかけるも、耳に入らないのか誰も反応を示さなかった。このまま収拾がつかないかと思われた中、不意にダンッと足で床を鳴らす音が響き渡った。8歳児が出したとは思えない衝撃音に、店内は静まり返った。
「お店に迷惑かけるのは良くないと思うなぁ」
彼女から発せられる一段低い声に、店内にいた者は全員本能的に恐怖した。
「ヤトラ、アイネ、そんなに同じ子がいいなら三人で遊んできたらどう? そういうコースもあるし」
「はぁ!? なんでよりにもよってコイツと!」
二人が同時に反論するが、フーミナの圧はより一層増していた。有無を言わさぬ視線に、二人とも「はい……」とうなずくことしかできなかった。
「レシチーは一人が不安なら、フーミナと一緒に遊ぼ?」
「え゛っ!? いや、さすがにそれは」
「大丈夫、怖くないよう手取り足取り導いてあげるから――」
こうして無事(?)に四人はお店の奥へと消えていった。中の顛末は果たしてどうなったかは、知る由もないが。
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「セレンも鬼畜だよな」
「本当にクジを引いた結果なんだから、きちんと受け入れるべきよ」
「新たな交友よりも、面倒な惨事が生まれる気しかしないんですが……」
Cグループのセレン、ニオン、メノは三人で横並びになりながら、歓楽街の通りを歩いていた。
「ところで行くお店は決まってるんですか?」
メノが尋ねると、ニオンがニヤリと笑う。
「もちろん、セレンと一緒のグループに当たったからにはこの島一番の高級店さ! しかもセレンのおごりだぜぇ?」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「そんな話、一言もしてないんだけど」
でたらめな話に呆れるセレンだったが、期待に満ち溢れるメノの目を見て「しょうがないわね」と受け入れた。
「その代わり、ニオンはメノに余計なことはしないように」
「えぇー! なんでだよ!」
「そうですよ! フーミナさんの師匠からご指導をいただくチャンスなのに!」
「メノ……もう少し自分を大切にしなさい……」
好奇心あふれるメノに対し、セレンは優しく諭したのであった。
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一通り遊び終わったリーナはホテルへと戻ってきていた。ロビーでBグループの面々とすれ違ったが、なぜかフーミナ以外微妙な顔をしていた。ハズレでも引いたのだろうかと同情しつつ、一人になってホテル備え付けのプールへと向かう。
思っていた通り、水平線に沈もうとするきれいな夕焼けがきれいだった。プールサイドやその向こうにある砂浜を赤く染め上げている。デッキチェアに腰かけ、じっくりとその光景を目に焼き付けた。
「あなたにしては随分と感傷的じゃない」
いつの間にか隣に来ていたセレンが声をかけた。そのままリーナの隣のチェアに座る。
「別にそんなんじゃねーし」
照れているのか、それとも夕焼けのせいかリーナの顔は赤かった。
「あら、そう。でも楽しかったでしょう?」
そんな彼女を見つめながら、セレンが問いかける。
「まぁな。久々にハメを外せたっていうか」
「それは良くないわね。あなたにはまだまだハマってもらわないと」
「……どういう意味でだ?」
「色んな意味でよ」
海に溶け込む夕日を見ながら、我慢できずにお互い笑い合った。
小さいけどハマっちゃいました! 一十木アルカ @hitotokiaruka
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