終章 新しい夜

第51話 ハメを外そう!・前編

 白い砂浜、輝く水面、照り付ける太陽。そんなベタな表現では到底語り切れない景色が今、目の前に広がっている。


「海だー!!」


 今にも走り出さんばかりに、目を輝かせる水着姿の女の子達。ムジナ会メンバー十一人は一日余りの船旅を終え、国内でも有数のリゾート地である南の島へとやってきていた。


「しかしこんなリゾートに別荘どころかプライベートビーチまで持ってるなんて、さすがは公爵家だな」


 リーナの言葉に、さすがのセレンも得意気のようだった。


 なぜいきなりそろって旅行へ来ているのか。実に簡単な理由で、リーナの復帰祝いということでセレンがわざわざ企画してくれたのである。


「お姉さま、早く行きましょう!」

「待ちなさい、まずは色々準備しないと」


 日傘を差したテルルが、早く泳ぎたいと姉を急かしていた。セレンもおそろいの水着に同じ日傘を差しているが、妹が接近しても決して傘同士をぶつけない辺りさすがである。


 一方でもう一組の姉妹である、ユスフィルとテフィルの水着は正反対だった。姉の方は派手なビキニだが、妹の方はかなり露出を抑えた水着だ。


「姉様、もっとカッコイイ水着が良かったんだけど」

「プライベートビーチとはいえ、貴族の護衛もいるんだから肌はできる限り隠しなさい」

「その言葉、そっくりそのまま返していい?」

「お姉さんの言う通り、肌を隠すのは大事よ」


 二人の会話に入ってきたアイネの姿を見て、テフィルがギョッとした。変装用の大きなサングラスに加え、全身を包み込む黒い衣服、腕を全て隠す手袋、そして目元以外の顔と首元を全て覆い隠す日よけ付きの帽子まで身に付けていた。


「完全防備だね、その格好。暑くない?」


 健康的な筋肉と日焼け跡がまぶしいレシチーが、心配そうに尋ねた。


「大女優に日焼けは大敵なのよ!」

「ならそもそも海に来なきゃよかったんじゃ……仕事もあるんでしょ?」


 もっともな指摘にアイネは一瞬言葉を詰まらせる。だがすぐに開き直って声を張った。


「私だけ欠席とか寂しいじゃない!」

「アイネちゃんは寂しんぼなんだね~、よしよし~」


 そんな彼女の頭に、かわいらしい水着を身に付けたフーミナが背伸びして手を伸ばす。


「そんなんじゃないわよ! 頭なでるな!」

「しかし折角きれいな肌してんだから、もう少し見せつけたっていいだろう?」

「きれいを保つために必要なことなんだか……ら……」


 アイネが振り向いてニオンの姿を目にした瞬間、絶句した。


「お、どうした? 魅惑のボディにメロメロかい?」

「なんであんたマイクロビキニ着てるのよ!!」


 ニオンが身に付けていたものは――いや、もはや身に付けるというレベルではない代物だが――アイネとはおよそ正反対。肌の大部分を露出させた水だった。


「ニオン、少しは恥じらいを持ちなさい」

「重要な部分は隠れてるから問題ないはずだぜぇ?」

「限度というものがあるでしょ」


 セレンの叱責もどこ吹く風。むしろ見せつけるかのようなポージングに、周りは呆れるばかりだった。


「それよかヤトラを見てみろよ」


 ニオンに言われて、にわかにヤトラへ視線が集まる。


「な、なんですかいきなり!?」


 急に注目され、顔を赤らめて身体を押さえるヤトラ。水着は至って普通のビキニだが、胸のふくらみが実にたわわであった。大部分の参加者は起伏の乏しい子供体型なので、一際目立って見える。


「ローブの下にそんなご立派なモノを隠してたとはなぁ!」


 手をわきわきしながら近付いてくるニオンに、ヤトラは本能的に距離を取った。


「わ、私よりも大きいだなんて……」


 最年長で、ある程度発育が良いと自負していたユスフィルも、ショックを隠し切れない様子だった。一方、その横ではメノが目を輝かせていた。


「わ、私も三年後にはあんな感じに……!」

「いや、同じメアーリス族だからといって同じ巨乳になれるわけじゃないだろ」


 そんなメノにリーナが冷静にツッコミを入れた。


 そもそもインパクトで言えば、ニオンの水着が優勝ではないだろうか。失うものが多すぎる気もするが。


「テルル、メイドに日焼け止めを塗ってもらいなさい」

「えー! お姉さまと塗り合いっこしたーい!」

「リーナ、早く泳ごう!」

「そうだな! んじゃ海まで競争だレシチー!」


 日焼けを気にする者と気にしない者で差はあるものの、皆一様に海や砂浜で無邪気に遊び始めた。ここだけ見れば身分や趣味など関係ない、子供らしさあふれる光景だった。ニオンの格好を除いて。


「ビーチバレーやる人~、この指と~まれ!」

「よっしゃ、一肌脱いでやるぜぇ!」

「その水着だと本当に脱げるからやめなさい」


 フーミナの呼びかけに、意気揚々と進もうとするニオンの肩をセレンが掴んだ。念のため荷物持ちのメイドに持たせていた、彼女の白衣を無造作に身体へ被せる。


「なんだよ、ポロリは海の醍醐味だろ?」

「それはポロリする側が言うことじゃないわ」


 醍醐味であることは否定せず、上機嫌なテルルの背中に日焼け止めクリームを塗り始めた。


「で、夜の予定は決まってるんだろうな?」


 不敵な笑みを浮かべながらニオンが尋ねる。


「あら、今夜は多分無理よ」

「あぁ? なんでだよ?」

「だってみんな遊び疲れてすぐ寝ちゃうだろうから」


 セレンの拍子抜けな回答に、ニオンは思わずズッコケそうになった。

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