桃太郎じゃないけど桃太郎でありがとうな話

軒下の白猫

第1話

「おじいさん、おばあさん、それでは行ってきます。」


 そう言ったのは、かつて桃の中から生まれた・・・わけではないが桃太郎こと桃山幸太郎。16歳。


 部屋にこもりて、ポテチを食べつつ。よろずのことを放棄せり。つまるところ、引きこもりである。


 そんな桃太郎が、外に出ることを決意したのだ。


 「幸太郎行ってらっしゃい。」


 見送るおじいさんとおばあさん。歩き出す桃太郎の手には、巾着袋が握られていて、それをポケットに押し込んだ。


 桃太郎の住む家の4軒隣。立派な庭を持つ家がある。桃太郎は知っている。ここにはよく吠える犬が住んでいるのだ。


 まだ引きこもりじゃない頃、桃太郎はここの犬によく吠えられた。そんな記憶が桃太郎の頭をよぎる。


 庭をのぞき込むと、いるいる。あの柴犬だ。たしか名前はポチ。飼い主と庭で遊んでいて、リードもついていない。ボール遊びをしているようだ。


 気づきませんように。桃太郎は願った。が、見事に叶わなかった。桃太郎の足元にボールが転がる。飼い主の暴投だ。


 桃太郎が気づいた時にはもう遅い。ボールを追いかけてきたポチが桃太郎に気づく。桃太郎は一目散に逃げる。ポチは吠えながら桃太郎を追いかける。


 「ワン!ワン!」


 どたどた逃げる桃太郎。たったか追うポチ。どたどたたった。どたどたたった。


 その後ろをとっとこ追いかける人影が続く。それは、芝山地区会長の猿川であった。


 2人と1匹の追いかけっこ。どたどたたったとっと。どたどたたったとっと。


 さらに後方、きーと自転車に乗る老人があとを追っている。髪の毛は頭頂部だけ残って、とさかのようになっている。名前は鳥山絹治。通称キジである。


 3人と1匹の追いかけっこ。どたどたたったとっときー。どたどたたったとっときー。愉快な仲間の追いかけっこ。


 3人と1匹の追いかけっこの末。桃太郎がたどり着いたのは、瓦葺の建物だった。桃太郎が建物に入ると、ポチは建物の前であきらめたらしく、入り口でうろうろしている。


 瓦葺の建物の中には、ショーケースが立ち並ぶ。中には、羊羹や饅頭、どら焼きなどが入っている。ここは和菓子屋。店奥の木彫りの看板には「鬼虎」と書かれていた。桃太郎こと幸太郎はどら焼きを買いに来たのだった。


 「すみません。とら焼きをください。」


 「あら幸太郎君。もうそんな日だったのね。いつもの個数でいいのね?」


 店員は幸太郎を知っているようだった。ショーケースの中からとら焼きを5個取り出し。そのうち4個を紙の箱に入れ、1個を個装し、ビニール袋に詰めた。幸太郎が会計をしようとする。


 幸太郎は巾着袋を財布の代わりにしていた。巾着を取り出そうと、ポケットを探る。手ごたえがない、どうやら走ってる最中に落としてきたようだ。


 ちょうどそのころだった。きー。キジこと鳥山の乗る自転車の音がする。ガラガラと店のドアを開けて入ってくるキジ。


 「幸太郎、落としてたぞ。」


 鳥山は、幸太郎が落とした巾着を拾って届けようとしていたのだ。


 「ありがとう、キジさん。」


 幸太郎は鳥山に感謝を述べると、巾着から千円札を取り出し支払った。


 幸太郎はとら焼きの袋を手に店から出ると、ポチと猿川が店の前で遊んでいた。ポチの首にはリードがついており、猿川がそれを握っている。猿川はポチと一緒に店前で桃太郎を待っていたらしい。


 3人と1匹が和菓子屋「鬼虎」をあとにし、幸太郎の家に向けて歩く。幸太郎の家に着くまで誰も言葉を発することはない。ポチもリードにつながれおとなしかった。


 幸太郎達は家に着く。


 「ただいま。」


 幸太郎が言うと、”お祖父さん”と”お祖母さん”が玄関で出迎える。


 「お帰り、幸太郎。あら、猿川さん、鳥山さん、それにポチも。毎年すみませんね。」


 「いえいえ、ポチの面倒も見てもらってましたからね。」


 玄関ではポチが、置いてある靴を物色すると、落ち着いた様子で玄関に横たわる。


 幸太郎だけ先にそそくさ上がっていく。それを見ていた鳥山は言った。


 「あんなことがなければねぇ・・・。」


 線香の煙が立つ。仏壇の鐘の音が一回鳴る。仏壇にはあのとらやきがおいてある。今日は幸太郎の父の亡くなった日。幸太郎は、幼いころに母親が蒸発。父と共に暮らしていたが、2年前仕事中の事故で亡くなってしまった。


 それからというものの、何にもやる気が起きず幸太郎は部屋でひとりこもっていたのだった。


 猿川と鳥山は幼いころから幸太郎の父と幸太郎のことを知っており、命日にだけ幸太郎が家の外に出て、父の好きだったとら焼きを買いに行くことを知っていたのだ。


 「ポチ、お待たせ」


 幸太郎の父は好物のとらやきを買っては、幸太郎を連れてポチにあげにいっていた。でももう父はいない。幸太郎はこの命日だけとら焼きをポチにあげていたのだ。


 幸太郎はポチを見るだけでも、父を思い出してしまう。だから逃げていたのであった。とら焼きをあげると、父を思い出して涙が止まらなくなった。


 ポチが幸太郎の頬をなめる。あんこの甘い匂いが涙のしょっぱさを消してゆく。


 「ありがとう。」


 幸太郎がつぶやく。


 とら焼きのあんこはつぶ・・・


 いやこれ以上はやめておこうか・・・。

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