町内会代行業

結騎 了

#365日ショートショート 035

 男は、町内会をアウトソーシングすることに決めた。

 きっかけは、ポストに入っていたチラシだった。「町内会を代行します!わずらわしい手続きも、作業も、全て当社におまかせ!」。班長の仕事に辟易していた男は、すぐにそれに飛びついた。しかし、定例の会合でそれを提案すると、還暦を過ぎた面々からの猛反発にあった。「町内会はそこに住む人たちの交流が大事なんだ」。なんて頭の固い人たちなんだろう。男は、町内会の会則にのっとり、署名を集めた。なんたって、若者世代は忙しいのだ。共働きをしながら懸命に子育てをしているのに、町内会の活動なんかやっていられない。同世代を中心に署名は集まり、アウトソーシング案は無事に可決された。

 委託料には、そっくりそのまま町内会費が割り当てられた。なんと、その集金業務すら代行業者がやってくれるという。銀行口座を登録すれば、自動引き落としにも対応していた。従来の町内会費よりやや割高にはなったものの、数々の活動に取り組む必要がなくなり、余暇の選択肢は増えた。異を唱える者は少なかった。

 代行業者のスタッフは、三日に一度のペースで訪れ、ゴミ捨て場を清掃した。防災訓練は省略され、防災マニュアルのPDFがメールで送信された。行事オプションには加入していなかったため、町内会単位での運動会やお祭りは自然と消滅した。防災訓練についても、公民館の掲示板に啓蒙ポスターが貼られるのみとなった。回覧版もなく、各家庭が市役所のホームページを参照するルールになった。サポートが必要な高齢者がいる家庭には介護施設のチラシが届き、ご近所トラブルには地元の弁護士が派遣された。会合はビデオ通話アプリが必須になり、その操作が分からない高齢者の参加は次第に減っていった。

 気づけば、誰もが隣人の名前すら分からなくなっていた。

 数十年後、男は病気でその命を落とした。葬儀には、生前に勤めていた会社の役員が業務として訪れた。代行業者は倒産しており、ゴミ捨て場はカラスの格好の餌場となっていた。誰もが、自分の箒を汚すことをためらっていた。

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町内会代行業 結騎 了 @slinky_dog_s11

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