これから沢山

『人気モデル・ジウォン(28)、一般男性と新大久保で食べ歩きデート』


仰々しいフォントの見出しを添えられた、チュロドッグにかぶりつく私とモザイクで顔を隠された盛重らしき男性を真正面から撮った写真。所用で訪れた新宿区内の事務所にてマネージャーの秋穂から見せられた週刊誌の記事に、私は胸を張って「そうだが?」と返した。


「そうだが?って、えらい堂々としてんなぁジウォンさんよ」


「恋愛禁止ではないハズだが?それに相手と同棲して1年は経とうかというのに、やっと撮ったんかって感じだが?」


「ハマってんのか、その喋り方。まあいいや、この兄ちゃんとは付き合ってるってことね。…この兄ちゃんなんで右手だけ手袋してんの?」


「生まれつきの痣だが?」


「なんだ痣か。白黒ページだからわかんなかった」


とりあえず社長に報告しとくわ、という一言で締め括られ、私は秋穂の尋問から解放された。それから本来の用事も終えて事務所を出た後、玄関前で待っていた盛重が顔を輝かせて駆け寄ってきた。以前はモデル仲間から猫に例えられる程にはスンとしていたのに、今では甘えん坊のゴールデンレトリバーである。


「ジウォンさん、用事終わった?」


「終わったよ。シゲ、私たち週刊誌に撮られてたみたい」


「えっそれは…」


目に見えて不安げな表情をする盛重に対し、私は「大丈夫よう」と言いながら彼の胴に真正面から抱きついた。芸能人が誰かしらとの交際を週刊誌に報じられることが盛重にはどうしてもタブーに思えるらしいが、それはあくまで週刊誌側の報じ方がそう思わせるだけだ。別に事務所から恋愛を禁止されておらず、且つ既婚者とか公序良俗に違反するような相手と付き合っていなければ別に報じられようが問題無い。だから堂々とイチャイチャして良いのだ。


「シゲ、これから私達は沢山の時間を一緒に過ごすのよう。一緒にご飯とか食べて、一緒にお出かけして、一緒にゴロゴロして…あと時々チューとかして」


「え、ちょっと何いきなり」


「まずその一環として、これからご飯を食べに行こう。お腹空いちゃった」


「何それ、ただ腹減ったんじゃん」


戸惑っていた盛重がフハッと脱力したような笑顔を見せた。


「じゃあどこかでご飯食べよう。近くに良い店あるかな」


そう言って辺りを見回し始めた盛重に抱きついたまま、私は「思い出のお店があるじゃないのぉ」と小さく身体を揺らしてみせた。ここは私達のホームグラウンドでもある新宿区内。以前2人で食事をした定食屋があるのだ。


「唐揚げがまた食べたいよう」


「ジウォンさんらしいわぁ」


フルフルと身体を揺らし続ける私にホールドされた盛重が、自身も身体を揺らされながら笑った。

そこへ不意に、私の頭に温かいものが乗っかった。すぐさま私の頭を離れたそれは痣で赤黒く染まった右手で、手の主である盛重は何やら考え込むような面持ちで右手を見つめたが、すぐにまた右手を私の頭に下ろし毛の流れに沿うように撫でた。その仕草が妙に嬉しく感じられた私は頭を盛重の胸に委ね、彼の手の優しい温もりを噛み締め続けた。

ちなみに定食屋は営業時間外だった。

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それが恋です むーこ @KuromutaHatsuro

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