その顔の真意は
盛重が泥酔した翌日は偶然にも2人して丸一日休みを貰っていた。盛重の勤務表と自分のスマホに入れていたスケジュール帳を照らし合わせて喜びを噛み締めた私は、朝の9時を過ぎても私のベッドで寝息を立て続ける盛重を抱きまくらにして再び眠りについた。
盛重ともども目覚めたのは昼の12時だった。出会った当初と同じように血の気の引いた顔を見せると思われていた盛重はやけに落ち着き払った様子で私に「おはよう」と声をかけてきて、自分用と私用、2人分の白湯を用意してきた。
二日酔いで慌てふためく気力も失ってしまったのか、はたまた何か考えているのか。明らかにおかしい盛重の様子を訝しみながら白湯を飲んでいると、盛重が「今日どこかに出かけない?」と誘ってきた。
「近場でも良いし、今日中に帰れるなら少し遠出をしても良い。せっかく休みが被ったんだし何かしよう」
薄く笑みを浮かべて提案をしてくる盛重の表情は何か憑物が落ちたようで、私は異様な不気味さを感じながらも「そうね」と返した。
スマホで行楽情報を調べながらアレコレと話し合った結果、私達は新大久保へ出かけることに決めた。ここは近場であり且つ私の故郷の空気を手軽に体験できるとあって盛重が「行ってみたい」と言ってくれたのだ。
自宅マンションから入り組んだ道を曲がりくねり歩き、30分ほどかけて辿り着いた新大久保は若い女の子で溢れ返っていた。皆虹色のチーズが伸びるハットグやチュロスなど何かしらの軽食を食べながら歩いており、それを見ていた盛重が「どこで売ってんだろ」と呟いたので私達も食べ歩きをすることに決めた。
ハットグからチーズを伸ばしチュロスにかぶりつき、トッポギを頬張る盛重の様子はいつもと同じで安心した。私がファンの少女達から声をかけられると咄嗟に他人のフリをして距離を置くのも少し寂しいが盛重らしかった。(あまりにも不自然すぎて少女達から関係性を問われたので『彼氏』と吹き込んでおいた)。
その後も食べ歩きや日用品の物色を続けているうちにすっかり日が暮れてきたので、私と盛重は夕飯にチャプチェ、キムマリ、チヂミと盛重が興味を示したチャミスルとマッコリを1本ずつ買って帰宅することにした。
道中、私は盛重に昼の様子について「何かあった?」と尋ねた。
「何かって?」
「起きた時やけに大人しかったから。どうしたの?二日酔い?」
盛重は目を丸くしたまま数秒固まってから「違うし」と照れ臭そうに笑った。
「心が軽くなったんだよ。ずーっと悩んでたことを昨日ジウォンさんに聞いてもらえたから。俺もうジウォンさんと離れなくて良いんだね」
私は言葉を失った。盛重は昨晩に酩酊の中で訴えかけてきたことを覚えているらしい。
「めちゃくちゃに酔ってたのに、アレ覚えてるの…?」
「覚えてるよ。ジウォンさんに『出ていって欲しくない』って言ってもらえたのも『好き』って言ってもらえたのも全部覚えてる」
本心の発言とはいえ、酔った相手にかけた言葉をしっかりと記憶された上に復唱までされるとなかなか恥ずかしいものだ。湯の1つでも沸かせそうなほど熱くなる顔を煽ごうとすると、それよりも前に荷物を提げたままの盛重の手が私の背に回され、私の顔は盛重の分厚い胸板に押しつけられた。
「改めて言わせて下さい。俺はジウォンさんが好きです。今日みたいな時間を沢山過ごしたいし、ジウォンさんの色んな姿を見たいんです。俺をずっとジウォンさんのそばに置いて下さい」
頭上から降り注ぐ愛に満ちた言葉に私は「よろしくお願いします」と言いたかったが、顔を押しつけられて喋れなかったので盛重の胸に顔を擦りつけながらウンウンと頷いた。
「ありがとう、ジウォンさん、ありがとう」
伝わったようで安心した。
帰宅した後、明るい部屋の中で盛重の胸を見たらファンデーションの跡がついていた。
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