酒に押されて

酒が人の本性を引き出すものなら、酩酊の最中に囁かれた愛の告白はその人の本心ということになるのだろうか。へべれけになって甘えてくる盛重を抱き寄せて私は考えた。




ほんの十数分前、仕事から帰宅するとリビングのテーブルセットに腰掛けて酒を呷る盛重の姿があった。ストレートで飲んだのだろう、テーブルの上に置いてある焼酎の瓶は2〜3日前に買ったにも関わらず3分の2程まで減っている。


「おかえり。ジウォンさんも一緒に飲もうよ」


私がテーブルに近づくと、やや赤らんだ顔にニコニコと人懐っこそうな笑みを浮かべた盛重が赤黒い痣に染められた右手で私の手を取りギュウと握ってきた。シラフの盛重は痣のある手で私に触れることを遠慮してくるので、これはかなり酔っているなと私は判断した。

しかし自身のコンプレックスを忘れて甘えてくる盛重はあまりにも可愛らしい。翌日の仕事に響かないようにと普段から酒を飲まない私だが、盛重の可愛さにあてられてついつい彼の向かいに座ってしまった。


「ジウォンさん、そうこなくっちゃ」


盛重がグラスに無垢の焼酎をなみなみと注ぐ。ラベルに書かれた『25度』という数字がストレートでガブガブと飲むものでないことを物語っているが盛重はお構い無しだ。

それにしても何故こんなに酔っ払ってしまったのか。盛重に注がれたストレートの焼酎を飲みながら考えた。

普段の晩酌はストロングチューハイ1本で済ませており、酔いの程度も「飲んだ」と言われないとわからない程だ。私の目にもわかるほど酔っ払った経緯は何だというのか。


「シゲ、会社で嫌なことでもあった?」


私は単刀直入に尋ねた。焼酎を飲む盛重の手が止まる。


「仕事だからね。良いことばかりじゃないよ。どうしようもないことでクレームを入れられたりするし」


「それにしたって今日の飲み方は異常だよ」


「言うなぁ。いや実際仕事は関係無いんだよ。ただ俺、ここに来てもう半年を軽く過ぎちゃってるから」


「…それがどうしたの」


続きを促しながら、私は心の内に湧き起こる不安に胸が痛くなるのを感じた。次に盛重の口から聞きたくもない言葉が出てくるんじゃないかという気すらした。別れを示唆するようなそんな言葉が。


「元々ここには就職活動の為の住所を借りる目的で住んでるんだよね。落ち着いたら出ていくって話もしたと思う。で、俺の貯金も少しは貯まって来たし、そろそろ出ていかなくちゃいけないでしょ?」


盛重が並べ始めた言葉は正に私が聞きたくないと思ったそれで、私は恐る恐る相槌を打ちながら「これ以上何も言わないで」と叫び出しそうになっていた。


「でも俺、ここを出る決心がつかないんだよ」


続けて盛重の口から放たれた言葉に私は相槌を打ってから、2〜3秒経って「え?」と聞き返した。


「な、なに?」


「俺ジウォンさんのこと好きなんだよ。こないだ一緒に夕飯食べてて確信した。どこがどう好きとかいまいち説明できないけど、ジウォンさんが目の前にいるとコンプレックスとか嫌なこととか全部吹っ飛ぶんだよ。俺ジウォンさんのいろんな顔が見たいし、ジウォンさんといろんな時間を過ごしたい。俺この家から出て行きたくないよ…!」


呂律の怪しい舌で語り続ける盛重の目にはいつの間にやら涙が浮かんでいた。

盛重が私と同じ気持ちでいたのは本当に予想外だった。私の我儘でこの家に引き込み住まわせた以上、心の中で拒みこそすれどいずれは別れが来るものだと頭のどこかで悟っていたのだ。


「シゲ、私も同じ気持ちだからね…」


嬉しさと愛おしさに目の奥が熱くなるのを感じながら盛重の手を取ろうとすると、不意に盛重が立ち上がった。かと思えば千鳥足でトイレに入り込み、次の瞬間にはオボロロロと胃をひっくり返したかと思われる程の勢いを感じさせる嘔吐音が聞こえてきた。感動の冷めた私はグラスの焼酎を飲み干すと寝室に籠もった。




その後、ベッドに腰掛け化粧を落としていた私のもとにフラフラの盛重が現れ、朦朧としたまま私に擦り寄ってきて今に至る。

か細い声でしきりに私の名前を呼ぶ盛重の様子は一度冷めた愛おしさを再び呼び起こし、私はもう一度「同じ気持ちだからね」と囁きかけた。


「私もシゲに出ていって欲しくないんだよ」


「うん…」


「まだ一緒にやってないこと沢山あるし」


「うん…」


「だいたい私は前からずっとシゲのことが好きなんだからね」


「うん…」


「うん」と言うだけになってしまった酔っ払いの最終形態に向けて私は思いの丈を吐き続ける。そのうちスゥスゥと寝息らしいものが聞こえてきたので、私は「しょうがない」と盛重をベッドに寝かせてやった。それから私の視界も僅かだが揺れていることに気づいた私は、お互いの告白が酩酊の勢いで吐き出されたものだと悟り「いつか酒に頼らずに同じ話ができたら良いのに」と独り言ちた。

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