共にする食事

盛重と私では仕事のスケジュールが違うので食事はいつも各自で取っている。たまに朝食を共にできることはあるが2人とも仕事の準備があるのであまり時間を割けず、パンを1つ食べて終わるのみだ。




撮影の仕事で多くの会社を渡り歩いた日、忙しさ故に朝食と昼食をプロテインバー1本ずつで済ませてしまっていた私は空腹で背中にくっつきそうな腹を擦りながら街灯と商業ビルの灯りに照らされた夜の道を歩いていた。

モデル仲間達は同じような食事でも平気な様子で、マネージャーの秋穂も「食べ物に興味が無い」とのことでサプリメントを摂っているところしか見ないが、私は彼女達と同じ食生活を送れる自信が無い。1日1食以上は米を食べたいし、塩や醤油で味付けされた固形物を咀嚼して飲み下したっぷり腹に溜めていかないと食べた気にならない。

コンビニで肉まんを買って食べるか。しかし空腹の状態でコンビニに入ると目についたものを片っ端から買ってしまいそうだ。悩みながら歩を進める私の数m先の曲がり角から、見覚えのある巨体がのっそりと出てきた。


「あ、ジウォンさん…」


巨体の正体─盛重は私に気づくと母にあやされた赤子のように無邪気な笑みを浮かべたが、すぐにスンとすました表情になってそっぽを向き私の前を歩き出した。


「ちょっとなんで!?一緒に帰ろうよ!」


「俺と歩くとマスコミ来るから!」


「いいよ別に!恋愛禁止じゃないし!」


私は早足で逃げようとする盛重を捕まえて腕にしがみついた。盛重はしばらく藻掻いていたが、やがて諦めたように大人しくなり私をしがみつかせたまま歩き始めた。


「ジウォンさん、ご飯どうした?」


「まだ。お腹ペッコリ」


「ペッコリって」


盛重が快活な笑い声を響かせる。私は盛重が年頃の男子らしい明るさを見せてくれる瞬間に弱いらしく、胸の奥底から湧き上がる愛おしさに思わず頬が緩んだ。ついでに腹も鳴った。


「ご飯食べて帰ろうか。そこに俺がよく行く定食屋があって」


そう言って盛重の指差す先に『お食事処』と書かれた暖簾の掛かった老舗らしい定食屋があった。私が新宿に住み始めてからずっと見かける店で、存在こそ認知していたが気に留めることも無く風景の一部と化していた店だ。


「安くて美味くて、この時間なら客が少ないから過ごしやすいんだよ」


「へぇ…」


「あと鶏の唐揚げが美味い」


「よし行こう」


「決め手」


呆れ笑いを浮かべる盛重の腕を引いて私は定食屋に入った。カクカクとした木製の椅子や机が3卓とお座敷に角テーブルが3卓、5脚分のカウンター席もあるこじんまりとした店内。机に向かい合って座った私と盛重はそれぞれ唐揚げ定食とトンカツ定食を注文した。

それから10分程で提供された唐揚げ定食は本当に美味しかった。千切りキャベツは細くフワフワしていて、味噌汁は白味噌と出汁の味、温かさが五臓六腑まで染み渡るようだった。固めに炊かれた白飯も食べごたえがあり、何よりメインの唐揚げはサクサクの衣を纏ったジューシーな鶏肉に良いニンニク醤油の味がつけられていた。

1日1食以上はこういうのを食べないと。夢中で唐揚げを頬張っていた矢先、ふと正面を見ると盛重が箸を止め、やけに幸せそうな笑顔で私を見つめていた。


「シゲどうしたの、食べないと」


「ジウォンさんが食べるとこ見てたい」


だから気にしないで食べて、と笑顔のまま促してくる盛重。恐らく初めて見るであろう彼の笑顔に私は思わずスマホを向けたが、彼は顔を伏せ自分の食事に集中してしまった。

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