最終話 

彼女の口から出た拒絶の言葉に困惑した。自惚れでは無いが、彼女も僕を想っている。なら、僕がここに来た事は彼女にとっても嬉しい事のはずなのに。

それなのに、彼女は僕が来た事に酷く落胆しており、悲しげな表情からは怒りの感情すら感じられた。


「どうして・・・僕は澪に会う為に、ここまで来たのに!?」

「それが駄目なのよ!」

「だからどうして―――っ!?」


突然、僕の体が地面に崩れ落ちていった。自分でも何が起きたのかは分からない。一つ分かるのは、足元の感覚が全く無い事。


「あれ?どうして・・・動けない・・・。」


動けずにいる僕の頭を澪は自分の膝の上に乗せてくれた。見上げた先に見えたのは、澪の泣き顔だった。


「明人・・・あなたに、謝らないといけない事があるの・・・。私は、自分の寂しさを埋めるために、まだ幼かった貴方に術を植え付けた。私を愛してくれる術を・・・。」


彼女は涙を僕の顔に落としながら、おぼつかない呼吸のまま必死に言葉にして話してくれた。


「まだあるの・・・貴方が以前私に会いに来たと言ったけど、それは逆・・・私が貴方と会いたいから、無理矢理にでも貴方をこちら側に引き寄せたの・・・!」

「けど、嬉しかったよ。もう一度澪に会えて。それに今も―――」

「貴方は死んでいるの!!!生き返ってなんかいない!!!」


会えて嬉しいと言いかけた口が止まった。僕は生き返っていない?困惑していると、澪が僕の頬を撫でながら話し始めた。


「貴方がしばらく生きていられたのは、月山家の蘇生術によるもの。けど、今はもう貴方の体には術の効力が失われて、元の死人の体に戻りつつある・・・戒夢に来た所為で。」


そうか、だから彼女は僕の姿を見て悲しんでいたんだ。ふと自分の手を見ると、血が通っていた手は青白く変わり、たった一本の指も動かせない状態になっていた。


「・・・僕、このまま死んじゃうの?せっかくまた会えたのに?」

「うぅ、ごめんなさい・・・あの時、私が貴方に術を掛けていなければ、こんな事には・・・ごめんなさい!」

「・・・ねぇ、僕に術を掛けたのは、いつ頃なの?」

「あなたと、二回目に会った時よ・・・。」

「あぁ・・・あの日か。僕が遊び疲れて地面に寝っ転がっている時に、こんな風に膝枕してもらったっけ。」

「えぇ。その時よ・・・。」

「なら・・・澪の所為じゃないよ。」

「え・・・?」

「だって、僕が澪を好きになったのは、初めて君に会った時だから。」


今でも憶えている。僕が一人で海に来て夕陽を眺めていたら、僕の隣に澪が座ってきた。

彼女の姿を近くで見た時、思わず彼女の美しい瞳に惹かれ、彼女から目を離せなくなっていた。そんな僕を澪は微笑んでくれた。

あの日見た澪の姿を忘れられず、僕は今に至るまで、ずっと澪の事を想い続けている。


「初めてだった・・・誰かを見て、こんなにも頭から離れなくなったのは・・・だから、澪・・・最後にもう一度、あの日のように微笑んで欲しい。僕の心を奪った君の笑顔を。」

「・・・無理だよ・・・私、泣いちゃって・・・。」


最早感覚の無い左手を無理矢理動かし、澪の頬に手を伸ばした。澪は僕の左手を落とさないように、両手で掴み、自分から僕の左手に頬を寄せる。

しばらくそのままでいると、澪は流れていた涙を止め、僕に微笑んでくれた。あの日見た時のように。


「あぁ・・・やっぱり・・・綺麗だな。」


もう目を開けているのもつらくなってきた。呼吸も最早忘れている。瞼がどんどん閉じていく。

出来る事なら・・・まだ・・・澪と・・・。









僕の眼前には暗闇が広がっていた。体は動かず、自分が誰なのかすら忘れかけている。

このまま何も無くなってしまうのか・・・そう思っていると、突如眩い光が広がった。

その光は僕を包み込み、体の内に暖かな火を灯してくれた。


「うわぁ!?」


僕は投げ出された様に目を覚ました。視界は正常に戻り、青白かった手は健康そのものと戻っていた。


「え、あれ?」


確かに僕は、さっき息を引き取ったはず。それなのに、僕の心臓は確かに動いていた。

自分に何が起きているのか混乱していると、後ろで誰かの泣き声が聴こえてくる。後ろを振り向くと、手で自分の涙を拭い続けている澪の姿があった。


「澪?」

「ぐす・・・明人・・・明人ーーー!!!」


勢いよく飛びついてきた澪を僕は必死に抱きとめた。


「えーと・・・僕、生きてるの?」

「う、ううぅ・・・明人、明人!!!」


何を喋っても澪は泣いてばかりで、全く状況を掴めない。だけど、僕は生き返った。どうしてかは分からない。

あの時、暗闇の中で自分の存在を失いかけていた僕を包み込んでくれた光。


「・・・そうか、あの人が僕を。」


あの時、僕を包み込んだ光は、過去の情景の中で見た神薙の紋所だった。


「名前、聞きそびれちゃったな。」


僕をここに送ってくれて、死ぬはずだった僕にもう一度命の火を灯してくれた。あの人には、感謝してもしきれないな。


「澪、そろそろ泣き止んだら?」

「うぅ、無理・・・。」

「えぇー・・・澪。」


抱きしめていた澪を僕から引き剥がし、彼女の瞳を見つめながら、想いを乗せて僕はこう言った。


「好きだよ。」

「・・・私も、私もよ!明人!」






この命の火がいつまで灯り続けるかは分からない。またきっと、澪を悲しませてしまうだろう。


だけど、今は彼女と幸せを噛み締めよう。


いつまでも沈まない夕陽をずっと二人で眺め続けよう。


ずっと、ずっと。


僕と澪の二人で。


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残響 夢乃間 @jhon_

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