第9話

これまでの過去の残響とも言える情景を見終えた僕は、途方に暮れていた。神社の中に残してきた月山薫の事や、これまで見てきた過去の出来事、そして僕の知らない澪の姿。

それらが頭の中を巡るが、僕の体はその場から動かずに、ただ呆然と地面を見下ろしている。


「僕は、これからどうすれば・・・。」


一人うなだれていると、階段を上ってくる一人分の足音が聴こえてくる。こんな夜中に、こんな廃れた神社に・・・ヤバい人かもしれない。

僕は身を隠そうと一度神社の中へ隠れようとするが、神社からさっきまで感じられなかった異様な雰囲気を肌で感じ取った。背筋には悪寒が走り、額からは汗が流れてくる。


「その神社には入らない方が良い。」


後ろから声を掛けられ、振り向くとそこにはこれまた異様な雰囲気の女性が立っていた。

その女性は夏だというのに黒く長いコートを着ていて、どこか人離れした赤い瞳は暗闇の中でもハッキリと見える。それに、彼女の顔は見覚えがあった。今まで見て来た過去の出来事の中で神薙と呼ばれていた女性に似ていたのだ。


「君が明人君でいいのかな?」

「そういうあんたは、神薙って人かい・・・?」

「どうして・・・あー、そうか。明人君、ここに来て鈴の音を何度耳にした?」

「・・・三度、です。」

「三度、か。ギリギリ間に合ったようだね。」


そう言うと彼女は口に手を当て考えだし、また僕の方に目を向けると話し始めた。


「君が今まで聴いてきた鈴の音、あれは残響と言う術。特定の人物の記憶を呼び起こす物なんだ。ただ、君が今まで聴いてきた鈴の音は特殊で、鈴の音を四度聴いて者は、記憶を完全に抹消されてしまうんだ。どうしてそんな風に仕組んだのか、それは術者にしか知らない。」

「それで?」

「この術を解く事は術者本人にしか出来ない。だけど、別の方法でそれを回避出来る。」

「僕はもう・・・頭がパンクしそうになる記憶なんて、無くなった方が―――」

「美月澪の存在を忘れてもいいのかい?」


澪の名を出され、反射的に彼女の方に顔を向けた。


「それは、失いたくない・・・彼女だけは、失いたくない・・・!」


17にもなって、泣きながら誰かに懇願する日が来るとは予想だにしなかった。だけど、それほどまで澪の事は失いたくない。だから僕は、彼女の言っている事が本当か嘘かは分からないが、彼女の力を信じるしかなかった。

すると、彼女が僕に近づいてくると、取り出した筆で僕の足元を囲む様に紋章のような何かを描き上げた。


「あの、これは?」

「これから術を行う為に必要な事だ。よし!こんな物だろ!」


彼女は一歩僕から離れると、パンッと手を合わせ、印を組み始めた。


「これから君を戒夢へと送る。」

「戒夢って、澪が閉じ込められている所ですか?」

「そう。けど私が出来るのは送り出すだけで、こちらの世界に帰す事は出来ない。」

「帰れないって事ですか!?」

「戒夢に行くってのはそういう事なんだ。嫌なら別に良いよ。このまま君は四度目の鈴の音を聴き、何もかも忘れてこのまま生きる。それでいいならね。」


そう言いながらも、彼女は印を組む手を止める事は無かった。彼女の問いに対し、僕の答えはとっくに決まっている。


「澪に会えるなら、僕は帰れなくなっても構いません!」


あの日、夢で会った彼女に会えるなら、僕はこの世界に未練なんて無い。それに、澪に会う為に一度は命を絶とうとしたんだ。


「いい返事だ。あー、それと。一応言っておくけど、戒夢で出会う彼女は君が思っている程綺麗な彼女では無いかもしれないけど―――」

「二度は言いません。僕はもう決めてるんです。」

「・・・そっか。間に合って本当に良かったよ。」


すると、僕の体に青い炎が燃え上がり、一瞬パニックになったが、その青い炎は熱くも痛くも無く、心地よい気持ちになった。


「これでさよならだ、明人君。転移術 戒夢!」


彼女が手を叩いた瞬間、目の前が暗闇に包まれ、落ちているのか上がっているのか分からない不思議な感覚に陥った。

すると、いつか聴いた轟音のサイレンが鳴り響き、足元から徐々に全身の感覚が失われていく。

そして気付くと、僕は病院のベッドで横になっていた。


「ここは、あの日夢で見た・・・。」


ベッドから起き上がり、外を見ると、そこには広大な砂浜とそれ以上に広がる海が夕陽に照らされて輝いている。

そして、砂浜と海の境目の所で座り込んでいる一人の女性の姿があった。僕は窓を開け、外の世界へと足を踏み入れた。女性に近づく程、僕の胸の奥が高鳴り、前へと進む足の速さが次第に速くなり、彼女の方へ走って行く。

この世界は現実の世界よりも体力を使うのか、彼女の元へと辿り着いた時には、既に息切れを起こしていた。

息を整え、尚も夕陽を眺めている女性の名を僕は叫んだ。


「澪!!!」

「っ!?・・・あぁ、来てしまったのね・・・この世界に・・・。」


澪との再会に笑みが零れる僕。そんな僕とは裏腹に、澪はとても悲しそうな表情を浮かべていた。


「ここに、来てほしくなかった・・・。」

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