第8話

「やはり美月澪が原因であったか。あの妖女め、娘の薫の婚約者を惑わしおって!」


集まっている人達の中で一番偉そうにしている髭面の男がそう言うと、二人の男女が縋るように髭面の男に近づいた。その男女の顔を見てハッと気付く。この二人が、僕の両親だった人達だという事に。


「明人は!?息子はどうなるの!?」

「月山さん、明人はあの女に騙されてるだけで、あんたの娘との結婚は本人も決意しているはずです。だからどうか、明人を助けてください!」

「日高家とは長い付き合いだ。その跡取りをみすみす見捨てる程、私は酷い人間じゃない。」


髭面の男が懐から何かを取り出した。それは一枚の札。札には見た事も無い文字が書いており、その文字が動いている様に見えた。


「月山さん、そのお札は?」

「これは古い知り合いから譲り受けた特殊な物でな。この札を張り付けた相手の妖力を無くし、我々と同じただの人にさせる物。この札をあの妖女に貼り、力を出せずにいる所を捕らえる。その為に・・・明人君を利用させて貰うぞ。」

「利用って!?」

「勘違いしないで欲しい。あの妖女を捕らえるために囮になってもらうだけ。必ず彼の安全は保障する。」

「・・・それで、明人は助かるんですよね。なら、分かりました。」

「うむ。それでは皆、結構は今日の日没に行う!明人君から目を離すな!必ず奴は明人君の目の前に現れる。」


ここで彼らの姿は消えてしまった。どうやら彼らは澪を捕らえるようだ。人の気持ちも知らず、惑わされただの好き勝手言いやがって。

だけど、あくまで今見ている光景は過去の物。現在の僕が何をしようが結果は変わらない。

行き場の無い怒りに歯を噛み締めていると、また鈴の音がどこからか聴こえてきた。

すると、階段の方から先程見た髭面の男と、その男の手下共が血相を変えてこっちに向かってくる。当然ながら彼らは僕の体を通り抜け、通り抜けた先で腰を抜かして何かに怯えていた。


「ば、化け物め!!!」


そう絶叫する彼らの視線の先を見ると、全身血塗れの澪が階段から上ってきた。澪の銀色の髪は満月に照らされ、煌びやかに光り、鮮血に灯る紅い瞳で彼らを睨んでいた。


「どうして私と明人の邪魔をするの?」

「だ、黙れ妖女め!貴様に我らの血筋を絶やす事はさせん!させんぞ!!」

「家の為って訳ね・・・くだらない。」


澪が軽く手を払うと、空気の刃が飛んでいき、髭面の男と手下達をまとめて斬り裂いた。


「っ!?明人!!!」


唐突に僕の名を叫ぶ澪。後ろを振り向くと、さっき出て来た神社から眠っている幼少期の僕を抱きかかえて出て来た女性がいた。


「妖女よ。何故この子を惑わしたのですか?」

「明人が私に気付いたの!明人は私に幸せをくれた!だから私も彼に幸せをあげたかった!年も取らず、不死の身と変え、永遠に二人だけの世界に連れて行こうとした!それだけなのよ!人は幸せを慈しむ物でしょ!?なら私の邪魔をしないで!私の幸せを奪わないで!」


澪は夢の中で見せた事も無い声や表情で、僕を抱えている女性に自身の想いを吐き出した。

それに対し、女性はとても冷たい視線で澪を見つめていた。


「幸せとは、個人が持てる中でも最良の物。だけど、それは人間が持つ物であり、あなたの様な人ならざる者が持つ物ではない。」


女性は抱いていた僕をそっと地面に置き、着物の裾を上げ、両手を×印のように構える。

すると女性の背後に、女性が着ている浴衣にある紋所が浮かび上がった。


「お前っ!?神薙の血筋の者か!!!」


紋所を見た澪は、後ろに後ずさりしながら怯えた表情を浮かべている。そんな澪に構う事無く、女性の背後に浮かび上がっている紋所から青白い鎖が伸び、ミオの体に巻き付いた。


「その鎖はあなたの妖力を封じ込める鎖。このままあなたを祓ってもいいのですが・・・少し面倒な事をやってくれましたね。」


女性は倒れている幼少の僕に嫌悪感を露わにした表情で見下している。


「自身が生き残るためにこの子供に術を使うだなんて。」

「違う・・・そんなつもりで、私は・・・!」

「あなたを祓うとなれば、この子供の命を取るしかない。けれど、神薙家は代々人の為に戦う一族。それ故に、この子の命を奪う事は出来ない。そこで、あなたを戒夢に送る。これでこの子供は助かり、あなたは夢の世界に閉じ込められる。そうしましょう。」


女性が印を組むと、澪を縛り付けていた鎖が澪の中に入っていき、澪の体は硬直した。まるで、強風に当てられてもビクともしない大木のように。

僕が澪の元へと向かおうとすると、どこからか現れた六人の僧侶が澪を持ち上げ、神社の中へと運んでいく。

そこで過去の出来事の情景が終わり、澪や他の人達の姿が消えていった。






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