第7話

僕は木箱の中にある頭蓋骨を手に取り、目の穴をじっと覗いた。その瞬間、周囲から鈴の音が鳴り響き、廃れた神社が徐々に綺麗だった頃の神社に戻っていく。完全に在りし日の神社に戻ると、僕の周りに六人の僧侶がブツブツと念仏を唱えながら、歩み寄ってくる。


「これは・・・なんだ?」


今起きている事態に頭の処理が追い付かず、ただじっとその場から動けずにいた。近づいてきた僧侶に思わず手が出てしまい、握りしめた拳を僧侶の顔面に向けて放っていた。

が、またしても不思議な事に、僕の拳は僧侶の顔をすり抜けた。


「え?」


そのまま僧侶は僕の体を通り過ぎ、彼らは木箱の中に顔を覗かせた。彼らが何を目にしているのか僕は気になってしまい、僧侶達の体をすり抜け、木箱の中を覗いてみる。

木箱の中にはさっきまで見ていた玩具や本が入れられており、その中央には、銀髪の美しい女性が眠っていた。


「澪?」


彼女の寝顔を見つめていると、唐突に彼女の目が覚め、僕の方に目を向けた。


「明人。」

「澪・・・どうして君が―――」

「澪姉ちゃん!!!」


子供の声がこの屋敷内に響くと、僕の腹部から一人の少年が顔をすり抜けて来た。その少年の顔は見覚え・・・いや、知っていた。

この子は、僕だ。正確に言えば、幼少期の僕。


「どうして箱の中にいるの!?なんでもう会えないなんて言ったの!?」


幼少期の僕は泣きながら大声で澪に話しかけているが、澪はただじっと笑顔で見つめ返すだけ。

すると、僕の体からすり抜けてきた手が幼少期の僕の体を引っ張り、澪の元から離されてしまう。

後ろに振り返ると、幼少期の僕を外へと引っ張って行く手の正体は、月山薫だった。


「月山薫?どうして彼女が・・・。」


その時、僕の頭の中で静止画の記憶が蘇ってくる。その記憶が正しければ、月山薫はこの後僕を外に連れ出し、それから・・・駄目だ。この後の記憶が思い出せない。


「明人。」


僕の名を呼ぶ澪の声に、もう一度木箱の方に目を向けると、彼女は現在の僕の方をじっと見つめていた。


「明人・・・忘れないで・・・。」

「・・・もちろんだ。君を忘れる事なんて僕には出来ない。」

「そぉ・・・ありがとう。」


そう告げると、青い炎が彼女の体を包み込んでいく。ゆっくりと溶けていく彼女の姿を見続けていると、周りにいた僧侶達が木箱に蓋をした。

その瞬間、僧侶の姿は消え、周りの光景が元の廃れた廃神社へと戻っていった。

呆然と立ち尽くしていると、両手に乗せていた頭蓋骨は灰と化し、指の隙間から床に零れていく。


「明人・・・。」


顔を後ろに向けると、月山薫が申し訳なさそうな表情で神社の中に入ってきていた。


「ごめんなさい・・・あなたを騙すつもりは無かったの。ただ、あなたに思い出しておいて欲しかった。あの時、何が起きたかを。」

「・・・澪は、夢の中でしか会えないと思っていた。本当は現実でも会えたんだ・・・。」


両手に微かに残った灰の残りを木箱の中に入っていた小瓶に入れ、ポケットの中に入れる。


「明人、澪さんは・・・美月澪はもうこの世にいないの!だから、いいかげん現実と向き合って!」

「・・・一つ聞きたい。あの時、どうしてあなたがこの場所に?」

「あ、あなたを連れ戻すために決まってるでしょ?」

「連れ戻すって?」

「っ!?どうして・・・。」


彼女は俯きながら身を震わせ、もう一度顔を上げた時に見えた彼女の表情は、悲しみと怒りが混ざった表情をしていた。


「どうして何も憶えてないの!?どうして美月澪を憶えているのよ!!!」


泣き叫ぶ彼女は僕の元に近づいてきて僕の体を押し倒し、腹の上に腰を下ろした。彼女の大きく開かれた目には光が無く、狂気という言葉が似あう程恐ろしい目をしている。

彼女を自分の上からどかそうと手を動かす前に、先に彼女が僕の首に両手を伸ばし、力一杯締め上げてきた。


「が・・・がぁは・・・。」

「どうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!!」


もう彼女には理性すら残っていない。僕の目の前にいるのは、人の形をした化け物だ。

彼女を化け物として認識した僕の頭は、自分の身を守るため、体を動かした。上に乗っていた彼女を払いのけ、今度はこっちがマウントを取り、月山薫の顔面を躊躇無く殴りつける。

何度も、何度も・・・彼女の顔が腫れ上がり、血が流れているのを目にしても、殴りつける手は止まらなかった。

殴り続けて疲れてくると、ようやく正気を取り戻し、彼女の腫れ上がった顔や、彼女の血なのか自分の血なのか分からなくなった自分の手を見て、罪悪感が込み上げてきた。

殺されかけたとは言え、無抵抗になった相手をそれでも殴り続けた事に。


「僕は・・・取り返しの、つかない事を。」


彼女の上から離れ、手に付いた血をズボンで拭い、外へ出ていく。外に出ると、陽はすっかり落ち、夜を迎えていた。

すると、また鈴の音が聴こえ、目の前に十人程の人間が現れた。彼らは周りに聞こえぬよう、ヒソヒソと何かを話し合っている。

彼らに近づき、その会話に耳を傾けると、彼らは澪についての事、そして僕の事について話し合っていた。

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