ジェントルピョンの乙女ゲーム

@zoubutsu

俺は何でここにいるんだ

 俺の名前はじゅん。

 声優をやってる。

 一応、真面目にやってきたつもりだ。

 それがなんだってこんなことに…



 「レディースアンドジェントルピョン!」


 目の前には、シルクハットを被ったウサギが、後ろ足で直立してる。

 白いフサフサの胸を張って、堂々とした佇まいだ。

 すごく小さいけど。

 ウサギだから当たり前だが…

 あのシルクハットはどうなってるんだ?

 穴から耳がでてるのか、

 いやいや、それよりも!

 何でウサギが喋ってるんだ?!

 大体ここはどこなんだ…?

 俺は夢でも見てるのか? 

 

 

 キョロキョロしていると、ウサギがバッとシルクハットを脱いだ。


 「今宵、皆様にお見せするのは、声優によるリアル乙女ゲームピョン!」

 「え!?俺!?」


 思考にふけっている所に、いきなり名指しされて狼狽えた。

 何か言う前に、パッとスポットライトが当てられる。

 どこから出てきたんだ?!

 準備がいいな!?くそっ!

 仕事でもこういうのよくあるんだよな…

 馴染みはあるけど、所謂無茶振りってのには、何時まで経っても慣れない。

 ライトが眩しくてよく見えないが、大勢の視線を感じる。

 くそ、やるしかないのか…

 …いやいや、ちょっと待て。

 そもそも、このウサギは何者?でいいのか?何者で、ここは何処なんだ…?俺は何だってここにいて、それで乙女ゲーム…?


 「乙女ゲームのヒロインは、アトネ姉妹ピョン!」

 

 しずしずと二人の女の子がやってきた。

 「アトネです。」

 「アトネの姉です。」

 

 態度はおしとやかだが、なんだか表情が硬い。

 何だかよく分からないが、取り敢えず友好的に…笑顔、笑顔。


 「アトネさんのお姉さん?俺の名前はじゅんです。お名前伺ってもよろしいですか?」

 「アトネの姉です。」

 「あ、そうですよね。それで、お名前は…」

 「アトネの姉です。」

 「…」


 なんか駄目だ。

 駄目な気がする。

 もう帰りたい。

 夢ならどうか覚めてくれ。

 というか、本当に夢じゃないのか?

 そろそろ覚めるんじゃないのか?


 思考を飛ばしていると、二足歩行のウサギに足をつつかれた。

 非現実的なウサギに現実に引き戻されるとは、これいかに。


 「アトネ姉妹を頑張って攻略するピョン。乙女ゲームだから、じゅんが攻略されるピョン?」


 それを聞いたアトネ姉妹の瞳が光った。


 「攻略ですって!?聞きまして?アトネ。」

 「ええ、聞きましたわ。アトネの姉

。」


 あ、普通にその呼び方なんだ…


 「攻略なんてさせませんわ!!」

 「させませんわ!!」


 アトネ姉妹が、表情を険しくし、何かを念じると手の平が眩しく光りだした。

 そのまま、腕を滑らせると、その手には一振りの剣が現われた。


 「なっ?!」


 「アトネ姉妹を攻略しようだなんて容赦しませんわ!」

 「しませんわ!」

 

 やあっという掛け声と共に襲いかかってくる。


 「ちょっ!危な!マジで!」

 「早く得物を出しなさい!このまま、切伏せてしまいますわよ!」

 「待てって!え?何?得物を出す!?俺が!?」


 ええいままよとばかりに、さっきのアトネ姉妹の真似をしてみる。


 「うわ、本当に出た…」

 当たり前だが本当の剣じゃない。

 なんだろうな、ライトセイバーばりにキラキラ光ってる。

 「…これ切ったらどうなるんだ?」

 「さっさと構えなさい!攻略するのは、アトネ姉妹ですわ!」

 「ですわ!」

 こっちはこっちで何か勘違いしてるし!


 「だから違うって!乙女ゲームで攻略っていうのは…」

 「問答無用ですわ!」

 「ですわ!」


 

 剣が振り下ろされる。

 ビィンッという衝撃が走る。

 ヤバい。 

 これ本当にダメージを受けてる…

 どうなってるのかは分からないが、実際に何らかのダメージがある。

 こんな訳のわからない所で、しかも訳の分からない理由で…どうにかなる訳にいかない。


 「男なんて!」

 「男なんて!どうせ耳に聞こえのいいことだけ言って、自分のものになったと思ったらそれっきりなんですわ!」


 なんか、愚痴入って来たー!

 一体男に今までどんな目に合わされたんだ?

 あからさまに、八つ当たりだ。

 言わないと。

 俺はそんな男じゃない。

 女の子を泣かせるような、そもそもそんな甲斐性なんてないのだと!


 「声優なんて、ねえ、アトネの姉。」

 「ええ、そうですわ。声優なんて、きっと甘い言葉で女を誑かして、心を許した途端利用するのですわ!」


 それは酷い誤解だ!

 乙女ゲームの甘い台詞なんて、現実で通用しない!

 あんな連中が現実にいたらおかしいだろう…

 仕事で甘い台詞を言い慣れてる奴に限って、現実と噛み合わなくて不器用になるものなんだ。

 当然俺もその部類だ。

 甘い台詞で女を手玉に取るなんて、とてもとても…


 「はっ、馬鹿な女はすぐ騙される。」


 空気が凍る。

 さっきのライトセイバーの衝撃を軽く超えたと思う。

 こんな恐ろしい台詞を一体誰が言ったんだ?


 「騙される方が馬鹿なんだろう?白馬の王子様なんて本当にいると思ってるのか?」


 くくっと口の端を上げて嘲笑う。

 誰がだ?

 …俺だ。 


 アトネ姉妹の顔が歪む。

 人間の顔ってあんなに歪むんだ…なんて意識を飛ばした。


 「酷いですわ…」

 「ちょっと夢を見たいという乙女心を利用するだなんて…」


 「酷い?そっちだってそれなりにいい思いしたんだろ?お互い様じゃねえか。」


 頼むから俺の口、勝手に喋るのを止めてくれ。

 これは俺じゃない。

 俺は本当にこんなこと思ってない。

 …というか本当にどうなってるんだ?

 何か弁解しようとすると、圧迫感というか、グッと詰まるような苦しさがあって、言いたいことが言えなくなる。

 代わりに、思ってもいないようなことを、言わされているような、引っ張られるような感じがあって、そうだな…集中しようと思うのに、何かが気になって忘れられない気分の悪さと似てる。


 「好きだって、可愛いって言ったのに…」

 「ずっと守る、幸せにするって約束してくれたのに…」


「大方、その時ヤリたかったとかじゃねえの?それで、後になってもう面倒臭くなったんだろ。いい加減諦めろよ。」


 アトネ姉妹の顔から表情が抜け落ちる。

 能面みたいって、上手いこと言ったもんだなあ…

 ヘラヘラ笑って現実逃避したい。

 もう、お家帰る。

 しかし、俺の口は容赦ない。


 「捨てられて当然だぜ。何時までも本当面倒臭い女。」


 

 「「殺す。」」


 ですわ、が消えた。




 「うっ、ぐすっ」

 「…ずずっ」 


 女の子二人が泣いている。

 俺はと言えば、惨めに地べたに這いつくばっている。 

 こんな年端もいかない女の子を泣かせて、そんな俺には似合いだ。

 体は痛い。

 実のところ、滅多打ちにされた。

 切られた時は、血が出ていたように思う。

 そう感じただけなのか、今は血が出ているという感じじゃない。

 血しぶきが出て、傷が出来たように思ったんだが、今はそういったものは見当たらない。

 気のせいだったとは思えない。

 今は傷はないのだが、体は痛い。

 何らかのダメージがあったのは確かだと思う。

 …でも何故だろう。

 体より胸が痛い。

 いい年をして、何をやっているんだ俺は。


 「…可愛いのがいいと言われたから、可愛らしく女の子らしくしようと、やりたいことも我慢して、人が望むようなアイドルみたいになろうって…」

 「…でも可愛くしたら、女性の反感を買ってしまって、ちょっとダサい服しか持ってなくて…」

 

 怖えーな。

 それ、嫉妬されてるんじゃないのか?

 あと、努力の方向性が間違ってる。

 何だってアイドルになるってことになるんだ?

 何か言おうとしても案の定、言いたいことは言えない。

 ちくしょう。

 どうなってやがるんだ。


 そこに、白いウサギがやってきた。

 二足歩行で、ちょこちょこ歩いている。 


 「これで、涙を拭くピョン。」


 白いハンカチを取り出して、アトネ姉妹に渡した。


 ジェントルピョンー!!

 ジェントルピョンだ!

 本物だ!

 紳士だ!

 もうあんな男は絶滅したかと思ったが、なんとウサギがいたとは!!


 呆けたように見ていると、ジェントルピョンは、クルクルとステッキを振って、アトネ姉妹に光を降らせた。

 すると、アトネ姉妹の格好が、アイドルの衣装のようにきらびやかになった。


 「女の子は可愛くしてるといいピョン。髪はツインテールにして、お花を飾って色は…アトネがピンクが好きピョン?アトネの姉は紫ピョン?服とお花の色を揃えるピョン。姉妹だから、色違いでお揃いにすると可愛いピョン。アイドルみたいに、レースでヒラヒラ、キラキラピョン。天女の羽衣みたいにストールを巻くピョン!寒い冬に防寒ピョン!」


 全然防寒になってないんだが…

 何故だろう。

 あの愛くるしいウサギに、何か邪なものを感じる…

 

 しかし、アトネ姉妹の心には刺さったようだ。

 さっきとは打って変わって、頬が薔薇色に染まり恋する乙女の目になってる。


 「衣装にピョンの力を付与して、防御力を上げとくピョン。ついでに、剣に攻撃力も付与しとくピョン。」


 おおい!

 止めてくれ!

 その被害者になるのは誰だと思ってるんだ!

 

 「素敵ですわ。可愛いですわ!」

 「まるでお姫様になったみたいですわ。ありがとうございます!」


 「女の子の笑顔を守るのは、男の当然の役割ピョン。」


 「「ジェントルピョン!」」


 ジェントルピョンー!


 ジェントルピョンは、水戸黄門ばりに鮮やかにその場を収め、颯爽と去っていき、アトネ姉妹はその後ろ姿を、かのルパンを見つめるお姫様みたいに、恋する乙女の目で見つめてる。


 もう俺の存在なんかそのへんのゴミムシのように、忘れているに違いない。


 「俺は何でここにいるんだ。」



 

 

 

 

 








 


 

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