餌付け
城島まひる
本文
ある街の閑静な住宅街。空き家が目立つこの一帯はオカルト好き嫌い関わらず、この街に住む者なら誰しも知っている心霊スポットだ。なんでも異なる家々で同じ時間帯に、同じ容姿の幽霊が現れるらしい。その奇妙な特性故に住民は気味悪がり、住宅街に住むほとんどの人が引っ越してしまったのだ。
そんな奇妙な住宅街の路地裏。数年前に閉店したスーパーの横にある路地に、一人の女子高生らしき少女が餌付けをしていた。少女は白いYシャツの上に袖に赤いラインが入った黒のパーカーを羽織り、下はダークブラウンの膝上まであるスカートを履いている。艶のある黒髪を伸ばし、アメジスト色の瞳が妖しく光る。耳を真っ赤なヘッドホンで覆い、周囲の音を極力遮断する様に務めている。
そんな彼女は路地裏でかがみ込み、一見犬に見える"それ"に自分が持ってきたビーフジャーキーを与えていた。犬に見える"それ"はハァハァ言いながらビーフジャーキーを舐めまわし、嚙み切れるほど柔らかくなるとようやく口に含んだ。口に含んでからは殆ど嚙まず飲み込み、ごくりと喉を鳴らす。
そして嬉しそうに尻尾を振る"それ"がようやく顔を上げた。"それ"の顔が少女のアメジスト色の瞳に映し出される。犬に見える"それ"は人の顔を持っていた。そう、人面犬である。
少女はニコニコ微笑み、異物としか言えないドーベルマンの体についたオジサンの顔を撫でる。すると人面犬は嬉しそうに、体をくねらせ少女の太ももに顔を擦り付けてきた。少女は特に嫌そうなそぶりも見せず、人面犬の頭を撫で続ける。すると背後から声を掛けられる。
「無口ちゃん・・・ですよね。何してるの?」
無口ちゃんと呼ばれた少女が振り返ると、
空色の布地に赤と白の牡丹が咲いた着物を着た女性が立っていた。流れるような水色の長髪と長いまつげ、そして赤い番傘を持っていたその女性は、無口ちゃんのよく知る人物だった。
"
無口ちゃんはスカートのポケットからスマートフォンを取り出すと、ノートアプリを起動し文字を打ち込む。そして打ち込んだ内容を声を掛けてきた女性に見せた。
「そう言えば無口ちゃんは話せないのでしたね」
着物の女性、胡雨が無口ちゃんというあだ名の元にもなった障害を思い出す。無口ちゃんは昔、父親に暴力を振るわれていた。そのためか段々と内気な性格になっていき、最後には精神的なショックから声が出せなくなってしまった。しかしひょんなことからざらめ屋敷の主人と出会い、以後ざらめ屋敷に住むようになった。ちなみに父親から了承を得たのか、そもそもその父親が今も生きているのか、ざらめ屋敷の主人の側近でもある胡雨さえ知らない。
無口ちゃんの暗い記憶を思い出し、胡雨は彼女に声を掛けたことを少し後悔していた。屋敷でもすれ違うくらいであまり話さない相手であったため、何を話せば良いのかわからなかったからだ。しかし無口ちゃんの方は、驚く速さでスマートフォンに文字を打ち込み胡雨に文面を見せる。
"良かったら胡雨も人面犬撫でてみます?"
えっ?とそこで上の空だった胡雨はやっと人面犬の存在に気づく。しかしすぐに気を取り直し数歩近づくと、人面犬の側でかがみオッサンの頭を撫でる。正直あまり撫で心地は良くない。あとこの撫でられているときの、オッサンのニヤついた顔がムカつく。と心の中で胡雨は愚痴りながらも人面犬を撫で続ける。
"どうです?撫で心地は良くないけど、このニヤつくオッサンの顔がたまらないですよね!(*´ω`)"
マイブームなのか、何故か文の最後に必ず顔文字をつける無口ちゃん。人面犬の類は見慣れている胡雨にとって、人面犬より顔文字の方に興味があったが口に出さずにしておく。
「ねえねえお姉ちゃんたち何してるの?」
無口ちゃんと胡雨が人面犬を可愛がっていると小学生くらいだろうか、閑静な住宅街によく通る声で男の子が話しかけてきた。胡雨は内心マズいなと思いながら、どうにか人面犬のことを男の子から隠そうと思考を巡らす。しかし何を思ったのか無口ちゃんは両手で人面犬を抱え上げ、男の子の前に突き出した。
すると人面犬が無口ちゃんの腕から飛び降り、そのまま地面を蹴り上げ男の子を押し倒した。予想外の出来事に無口ちゃんもあっマズいと思ったが、人面犬はそのまま押し倒した男の子を舐め回していたため、なーんだ安心と心の中でホッとため息をつく。そしてスマートフォンにある提案を打ち込むと、胡雨の顔の前に突き出した。
"胡雨さん胡雨さん。この人面犬、ざらめ屋敷で飼えませんかね?世話は私がしますので(^^)/"
「ざらめ屋敷の主人、お館様は犬より猫派なのであまりいい顔しないと思いますよ?それに・・・」
とそこで言葉を区切り、オッサン顔の人面犬に舐め回されている男の子の方へ視線を向ける。無口ちゃんもそれに倣い、男の子の方へ視線を向けると驚くことが起きていた。
恐怖で動けなくなっていた男の子は、人面犬に舐められまわされ続けていた。気持ち悪い!あっち行けと、やっと恐怖に打ち勝ち声に出そうとした瞬間、自分の体に起きている異変に気付き、再び恐怖に体を支配された。
人面犬に舐められたところが溶けていたのだ。服が皮膚が溶け、赤黒い筋肉がむき出しになっている。二の腕は既に骨が見えており、男の子は理科室の人体模型を連想した。恐怖の中男の子は僅かに残った、しかし恐怖に削られ続ける理性を振るいだたせ、目の前の女性に助けを求めるべく顔を上げた。
しかし男の子の目に映ったのは嘲笑交じりに憐れむ和服の女性と、好奇心を隠さず自分の体の変化を興味津々といった具合に観察する女子高生らしき少女の姿だった。あぁ……この人たちには自分を助けるという発想すら無いのか、と悟った男の子はその短い生涯に幕を閉じた。
溶けていく男の子をひたすら舐め続けるオッサン顔の人面犬。その人面犬の顔に変化が生じ始めたのは、男の子の体が半分ほど溶けた頃だった。オッサンがドーベルマンの体の中に押し込まれていき、先ほどまで舐められていた男の子の顔が出てきたのである。そして人面犬は新しい顔を手にれると、無口ちゃんと胡雨の方を向き一言。
「どうして助けてくれなかったの?」
口にこそしなかったが二人の答えは決まっていた。どうして助ける必要があったの?である。そもそも二人には、男の子が人面犬に襲われているという認識すらなかったのである。あの程度じゃれついているに過ぎないのだ。人面犬と別れた帰り道、胡雨は無口ちゃんに諭すようにった。
「無口ちゃんはあの人面犬のオッサンの顔が良いって言っていましたけど、あの手の怪異は若い獲物を見つけるとすぐ憑りつくので、オッサンの顔が気に入ったのならなおお勧めしませんよ?」
すぐ顔を変えてしまうでしょうしと付け加える。その様を先ほどまで見ていた無口ちゃんも確かにと、指を顎に当て考える。オッサンの顔じゃないなら人面犬なんていらない。無口ちゃんが興味を持っていたのはただの人面犬ではなく、オッサンの顔の人面犬だ。だから小さい男の子の顔になった人面犬などこれっぽちも興味がない。
あーあーオッサンの顔良かったのにと、心の中で呟き大きなため息をつく無口ちゃん。その様子を見てどこか可笑しそうに、胡雨はクスクスと上品に笑うのであった。
了
餌付け 城島まひる @ubb1756
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