第2話
「今、どこにいますか?」
蜘蛛の巣状に罅の入ったスマホの画面が震えて、メールの着信を知らせる。
僕は指定された現場の玄関先に、困惑と疲労を抱えて座り込んでいた。
敷地の門柱の裏側には通りから見えないように怪しげな札が張られている。
「現場にいます」
何故これで機能しているのかと疑問を感じながら、壊れたスマホで苦心しつつも返信を返して直ぐに、上司がひょっこりと姿を現した。
「大変だったらしいですね」
「聞きましたか」
「聞いていました」
「どこで」
にこやかな微笑みだけを返して、上司は手にした書類をぺらりと捲る。
「今回の依頼、この物件が原因かと思ったんですけどね、彼が言うには、道の方じゃないかと。どうやらすでに、そちらも修繕済みのようですね」
「ひどい目に遭いました」
「だからここから出ないようにといったでしょう」
「そもそも辿り着けなかったんです。どうして一緒に来てくれなかったんですか」
「前に一度ここに来た時に、うっかり先方に面が割れてしまっていまして。声を真似されたのは失策です。特別手当を出しておきますね」
「出るんですか」
「出るでしょう、私のミスですから。怪我があれば労災申請してください。それとスマホも新調しますね、それ、壊れてるでしょう」
じっと見詰めた僕を見下ろして、上司はそれで、と首を傾げた。
「そろそろ正社員にどうかと思うのですが、いかがですか?」
「ちょっと考えさせてください」
「昇給しますよ」
「うっ」
「悪い話じゃないと思うんですけどね」
「いい話でもないでしょ」
「ま、そうですけど」
肩を竦めて、上司はふふふ、と笑って手を差し出す。
何が可笑しいのか判らなかったが、僕はそっと溜息を吐き、わかりましたよ、と差し出された手を握り返した。
交差点 中村ハル @halnakamura
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