序章7

  7

 

 「これは最大のチャンスだな。」


 そう朱雀は考えていた。牢屋の外で魔法が炸裂していると思われる大きな音が、中まで聞こえている。ドワーフたちも混乱している今なら、ここから脱出できるかもしれない。朱雀は脱出方法を必死に考えていた。あれこれ悩んでいる中で、朱雀はふと思いついたことをアーネに尋ねてみる。


 「アーネさんの魔法って、どんな感じなの?」


 「わたくしの魔法ですか?闇・光・水・風の4属性の魔法と呪いが使えますわ。特に得意なのは呪いですの。試しに朱雀様のことを軽く呪ってみましょうか?」


 「頼む、それだけはやめてくれ。もうこれ以上の災難は、まっぴらだよ。4属性の魔法で、たとえば、切り刻んだり、レーザーみたいだったり。そういった魔法ってあったりするの?」


 「レーザーってなんですか?呪いですか?」


 「いや、呪いではないから!とりあえず、呪いは忘れようか。」


 「切り刻む、ですか・・・風属性の魔法なら、もしかしたら。強い風を生み出して、周りのものをすっとばすんですの。でも、その風を1点に集中させたら、もしかしたらいけるかもしれませんわ。朱雀様を切り刻めばよろしいんですか?」


 「いや、俺を切り刻んでも誰も助からないだろ!」


 こんな時でもアーネは、ボケているのか、本音なのか、わからない。そこが1番怖いところなのだけれども。


 「こっちの牢の柵のこの部分なんだけど、そっちから見えるかな?」


 「なんとなく、そちらに鉄格子があるのが見えますわ。」


 「少し錆びているんだけど、俺の力じゃ壊せそうにないんだ。でも、もっと強い力を加えたら、鉄格子を切り落とせるんじゃないかなと。ここに、アーネさんの風魔法を打ち込んでもらえないかな。」


「わかりました。そういうことなら、お安い御用ですわ。そこを狙って風魔法、打ち込んでみます。朱雀様、離れてください!」


 そう言って、アーネは魔法の詠唱に入った。


 「大いなる風の力よ。我が力となりて、一陣を吹き抜けよ。エアブルーム!」


 アーネの力ある言葉に呼応し、ものすごい圧の風が猛スピードで鉄格子柵に向かって、放たれた。


 シュヴァーン!!!


 朱雀は、自分の人生で聞いたことのない風切り音を聞いた。その直後、一直線上の綺麗な亀裂が、鉄格子柵に入っている。どうやら、朱雀の思惑通りに、ことが進んだようだ。


 「アーネさん、大成功だよ!少し待ってて。今そっちに行けると思うから!」


 「上手くいったのですね!やりましたわ!少しスカッとしますねこれ。また今度、どこかにぶっ放してみますね!」


 成功したことが嬉しいのか、少々物騒なことを言っているアーネをよそに、朱雀は切れ目に向かって、思い切り足裏蹴りをかます。すると、案の定、鉄格子柵はひしゃげて折れ、朱雀1人くらいなら、ゆうに通れるように柵の隙間が広がった。


 「あまり時間はないかもしれないから、早く行動しよう。」


 そう思った朱雀は、鉄格子柵の隙間を通って、脱獄に成功するのだった。



 牢屋を脱獄してすぐ、朱雀は、アーネの入る牢屋の鍵の場所を探し始める。先ほどまで兵士が座っていたあたりに鍵があると朱雀は推測した。



 「この辺りに、牢屋の鍵があると思うんだけど・・・」


 朱雀は椅子の近くを確認すると、座った兵士の目線と同じ高さの壁に、牢屋の鍵と思われるものがかかっていた。


 「よし!これだな。」


 朱雀は鍵を手にすると、そのままアーネの投獄されている牢の前まで走って向かった。


 「朱雀様!大成功ですね!これでわたくしたち、脱獄囚ですわ。どう責任とってくださるんですか?」


 「そんなこと言っている場合じゃないだろ?ふかふかなベッドで休められないところだったんだよ?」


 「確かに、それはそうですけど。今は、そんなことどうでもいいですの。早くここから出ましょう!」


 「・・・こちらのボケには付き合ってくれないタイプのボケなのなアーネは。」


 そんなことを思いながら、牢屋を後にする2人だった。



 脱獄に成功した朱雀とアーネは兵士に遭遇するリスクを常に不安に思っていた。2人とも周りの状況に注意しながら、階段を慎重に登っていく。


 壁掛けの蝋燭の灯りが、朱雀たちの味方になっていた。足元がぼんやりとしてしか見えず、速度を出して石階段を登れない。だが、その薄暗さのおかげで、2人の姿も相手から見えづらいというメリットは、あながち悪くない。石特有の肌にじんわりと伝わってくる固い冷たさが、朱雀の思考力を研ぎ澄ませていくようにも思えた。


 「朱雀様!光が見えてきましたわ。そろそろ、外に出られますよ。」


 「兵士も大勢いるかもしれないから、アーネさんは、さっきの風魔法を広範囲にぶっぱなせるように、準備しておいて!」


 「わかりましたわ。朱雀様はわたくしの後ろに居てください。」


 外に出た瞬間、周りの兵士に囲まれないように対策していたおかげで、2人の命が助かるとは、その時の朱雀たちは思いもしなかったのだが。



 「もうすぐ外ですわ。朱雀様、気をつけてください。」


 「アーネさんも、やばいと思ったら、すぐ魔法打ってね。」


 「承知しましたわ。それでは、外に出ますよ朱雀様!」


 アーネは朱雀に声をかけてから、この忌々しい思いをしたところから出て行こうとしたその瞬間。


 「アーネさん!呪文を発動させて!」


 頭で考えるより先に、朱雀はそう叫んだ。外に出ようとした刹那、気温が上がったように朱雀は感じた。


 この朱雀の指示は、結果的に大正解となる。


 朱雀たちが外に出た瞬間、運動会の大玉運びで飛んできそうなサイズの火球が、二人目がけて飛んできたところだった。


 シュヴァーン!!!ズドーーーン!!!!


 大火球は、アーネが放った風魔法と相殺され、大爆発を起こした。砂埃が宙を舞う。「ここに飛び込んでいけば、目眩しになるかも」と朱雀は思い、飛び出そうかとも考えた。だが、その考えは瞬時に間違いだと気付かされる。すぐさま第2波の大火球が朱雀たちの目の前に落ち、大爆発を起こしたのだった。朱雀たちは、前進も後退もできない。最悪の状況に陥ってしまった。



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