序章6
6
「なんでこんなところにいるんだ?一日で起こるイベントが多すぎだろ。なんなんだマジで。」
つい、そう愚痴らずにはいられないほど、今日は色々なことが起こりすぎている。
幼馴染が失踪というだけでも、普通の高校生にとって重大な事件だろう。
だが、今日の朱雀に起こっていることはそれだけではない。
渋谷という大都会のど真ん中に、謎の地下世界への入り口があること。
どうもその地下世界は、渋谷の若者の間で噂になっている「アンダー」なる場所であるということも今日知っただけでなく、目の前にその世界を見ることになった。
さらに、「アンダー」には、影種族「シャドウ」なる者たちが住んでいて、見た目は地上に住む自分たちとは似ても似つかない存在と出くわすなんて。昨日の自分が知ったら、きっと明日になってほしくないこと間違いなしだろう。
しかもしかも、未知なる世界「アンダー」で、朱雀は今、牢屋に投獄されるという人生でこれまた一度あるかないかわからない出来事を体験しているのだった。
「朱雀様。聞こえていますか?」
「聞こえているよ。アーネさんの方には兵士はもういないの?」
投獄されてどのくらい経っただろう。
直後には兵士たちの声も聞こえていたのだが、今はシーンとしていて、近くに兵士のいる気配は全くない。
「見えませんね・・・兵士さんたち、皆さんでお食事にでもいかれているのでしょうか?」
罪人の見張りもせずに、食事に行くなんて、三流の軍隊なのかと思っている朱雀だった。
「兵士さんたち、大声で呼んだらいらっしゃいますかね・・・わたくし、どうしてもお話ししないといけないことがありますの。それに、牢屋にはあまり居心地が良くなくて・・・今日はふかふかのベッドで寝たいですね。」
なんとも間の抜けた会話内容だったが、アーネの声色はとても真剣だった。
牢屋の中は、とてもシンプルな構造だ。
鉄格子の柵にこれまた鉄格子で組んだ扉が付いていた。大きな錠でしっかりと鍵がかけられており、びくともしない。
牢屋内の床は石畳で、なだらかな平面ではあったが、座り込むとお尻や足がとても冷えてくる。
壁も石組みで作られてはいたが、朱雀が押したり蹴っ飛ばしたりしたところで、どうにかなるようなものでもなさそうだ。
牢獄の入り口の方に置いてあった松明のおかげで、牢獄内は真っ暗ではなく、周りの様子くらいは認識できる明るさにはなっていたのが幸いか。
「わたくし、兵士長さんに交渉してみます。もともと、そのつもりでしたし。手間が省けましたわ。早速大声で呼んじゃいますね!」
やめとけと朱雀が制する前に、アーネは大声を上げてしまった。
「あの、どなたか、いらっしゃいませんか?お話がわたくしあるんです!できれば、兵士長様とお話ししたいんです!どなたかいらっしゃいませんか?皆さんお食事中ですか?どなたか!どなたかいらっしゃいませんか!」
大声で訴えるアーネの声が聞こえるが、一向に兵士長どころか、兵士一人さえ、ここに訪れる様子はなかった。
「こうなったら、強行突破しかないですわね。最終手段ですけど、これしかないですわね・・・」
「待って、アーネさん、何を考えているのかわからないけど、強行突破はダメだよ。マジで罪人扱いされちゃうだろ?」
「それもまた、楽しそうじゃないですか。その場合は、朱雀様にそそのかされたって、わたくしは答えるようにしますわ。」
「おい、それだけは待てよ。こんなところで死にたくないからな俺は。マジでやめろし!」
本気とも冗談ともつかない話をしていた朱雀たちだが、本気で脱獄する手段を考えないことには、ここで一泊どころか地上を二度度拝めないかもしれない。
「少しだけ、待ってみようよ。本当に誰もいないのかわからないし。手荒い手段ならいつでも取れるだろ?」
「確かに・・・そうなんですけど・・・わたくし、とても急いでいるので・・・早くここから抜け出さないと・・・宿屋が満室になっちゃいますわ。」
「そこかよ!」
「大切なことですわ!」
何か論点のずれたやりとりに、若干めまいもする朱雀だったが、この状況がどうにも変わるような様子がないのも事実だった。
あれから何時間、時が過ぎただろうか。
アーネとたわいもないやり取りをしていたのが懐かしい。
アーネはその後、強硬策に出ることもなく、大声で兵士を呼ぶこともなかった。何か策を練っているのか。それとも、諦めて寝てしまったのか。ここからでは姿が見えないので、想像するしかない朱雀だった。
突然その時、というのは来るようである。
牢獄の入り口の方から少しずつ声が聞こえるようになり、その声はどんどん大きくなってきた。
どうやら、兵士たちがどこからか戻ってきたようだ。
その声に反応して、アーネはまた大声で訴えかけはじめた。
「どなたか!兵士長様とお話ししたいんです!お取り継ぎしてもらえませんか?どうしても、どうしてもお話ししたいことがあるんです!」
兵士たちに気づいて欲しいのか二度、三度、大きな声でアーネは同じ内容を訴えていた。
「うるせえんだよ!お前ら、今の自分達の状況理解してんのかよ!」
きっとこういう時のお決まりの文句なのだろう。そんなお決まりの文句をこんなところで聞くとはと、冷静に考えていた朱雀も、アーネの訴えで現実に戻されてしまった。
「兵士長様とお話がしたいんです。わたくしは、エルフの国からやってきました、アーネと申します、どうしても兵士長様にお伝えしないといけないことがあるんです。お取り継ぎ願えませんか?」
「エルフとは、これまた、珍しいお客さんだな。アーネさんか。俺が兵士長トリニーだ。そんなに大声で叫ばれるとうるさくてかなわん。仕方ないから話だけでも聞いてやるよ。話してみな。」
「あなたが、兵士長様でしたか!よかった!わたくしツいていますわ!今、アンダー各地で異変が起きているのは、兵士長様もご存知ですか?」
「トリニーでいいよ、エルフの嬢ちゃん。異変、とは、どういうことを言っているんだ?」
「先日、わたくしの住んでいたエルフの国の村が突然消滅しましたの。建物やそこに住んでいた方々のほとんどが跡形もなく、土地ごと全て消えてしまったんです。唯一、消滅せずに生き延びた方のお話では、『見たことのない連中が神々の聖杯はどこにあるんだ?知っていることを全て話せ!話さないとお前らの村を消滅させるぞ!』って脅されたって言ってましたわ。『神々の聖杯』ってあの神話の中の存在だとわたくしたちは思っていたのです。ですが、どうやらその神話の中の存在を探すために、めちゃくちゃなことをし始めている方々がいるみたいなんですの。」
「ほう。それで、なぜ俺たちの国にまできたんだ?」
「はい。一つの村だけならまだしも、わたくしがエルフの国を出るまでに、十の村が消滅させられてしまいました。国内は大混乱になってしまって。エルフだけでどうにかなるような状況ではないと、わたくしたちの王はお考えになりましたの。それで、ある程度、力のあるわたくしが使いとして、他の国や民族の方々に助けを求めにいけと命令を下されましたの。」
全くもってそんな事情があったなんて初耳だった朱雀は、面食らってしまった。「アーネがエルフ?てか、エルフって実在しているのか?おとぎ話だと思っていたのに。それに、神々の聖杯ってなんなんだ?」謎ばかり深まる朱雀をよそに、アーネは矢継ぎ早に自分の話を進めていった。
「エルフの国に伝わる、移送の魔法陣を使ったのですが、アンダーを通り越して地上に出てしまって。わたくし、地上なんて物騒なところ、初めてだったのでもう、なにがなんだかパニックで。エルフに似ている人間が住んでいるのは知っていたのですが、もう、パニックで。そこで偶然、朱雀様に出会いまして。色々あって、またアンダーに戻ってきたら、こうやって投獄されてしまったんです。兵士さんたち、何もわたくしのお話し聞いてくださらなくて。どういう教育されているんですの!」
「いや、そこじゃないだろ!」
思わず突っ込んでしまった朱雀だったが、アーネは非常に切迫した様子で、兵士長に訴えていた。
「なるほど。嬢ちゃんの国の事情はわかったが。ここシャドウの国では、何も異変は起こっていない。いや、起こったか。お前さんたちがいきなりやってきて、街中を猛ダッシュで駆け抜け、いろいろな奴らに話を聞き回って、偵察行動していたスパイだって疑惑があるんだがな。これは、俺らにとっては、ものすごく『厄介な事件』なんだよ。異民族がこの国に来るなんてことも、何十年もなかったことだったからな。しかも、お前さんがたの仲間かもしれない怪しい奴らが、地上人を背負って走っていったって話もあってな。こっちはこっちで、大忙しな日なんだよ。今日は。」
「それなら、話が早いですわ。シャドウさんたちのお力を、わたくしたちエルフにおかしいただけませんか?シャドウさんたちも『神々の聖杯』の危険性はご存知ですよね?」
「まあ、知らなくはないけどな。まだ、お前さんたちの話が正しいとは決まっていないだろ。しかもエルフは魔法や呪いに長けた種族だと聞いているが。こうやって俺を油断させて、っていう作戦かもしれないしな。」
「そんなことはしませんけど、兵士長様のお返事しだいでは、ですわ。わたくしもここを出ないといけないですし!」
兵士長相手にひるむことなく、脅しをかけているアーネに意外さを感じた朱雀だった。だが、アーネを止めないと本気でやりかねないので、朱雀はここで二人の会話に口を挟んでいくことになってしまった。
「アーネさん、それは絶対ダメだから!エルフとシャドウとの全面戦争になるのは望んでないだろ?それに、『神々の聖杯』ってなんなんだ?」
「なんだ坊主、お前さんは話を聞かされていなかったのかい?嬢ちゃんのお仲間じゃなかったのか?」
「はい。ほんと、行きがかり上、ここまで一緒に来ることになってしまったのですが、そもそもアーネがエルフだなんて知らなかったし・・・」
「お伝えする時間がなくてごめんなさい。わたくしも急いでいたもので・・・」
「で、坊主はなんで、こんなところに来たんだ?お前は、地上人のようだが。」
「はい。俺は地上に住んでいる、その、人間という種族です。見た目はそこのアーネに似ていますがエルフではないです。俺は、幼馴染が失踪してしまって、探していたのですが。どうやら、このアンダーという世界に連れ去られたようで。何か手がかりがないかと、この国の方々に情報を聞いて回っていました。」
「ほう。なるほどね・・・」
「そうですの。朱雀様とわたくしの目的は違います。『神々の聖杯』はアンダーの世界の民族の間ではとても有名なものですわ。手に入れたものが世界を制するとまで言われています。その『神々の聖杯』はアンダーのどこにあるのかはわかっていません。ですが、『神々の聖杯』の力は絶大ですの。」
「まあ、あれだろ、嬢ちゃん。『神々の聖杯』の力によって異世界の門を開けたいと思っている連中がいるって話は聞いたことがあるが。そのこととも嬢ちゃんの話していたことは関係しているって、エルフさんたちは考えているってわけかい?」
「はい。兵士長様のおっしゃる通りですの。過去にも『神々の聖杯』を巡って、異世界の魔族やアンダーの生命体、地上のテロリストたちが戦争を始めようとしたことがあるっていう言い伝えも、わたくしたちエルフの国ではありますの。それでわたくしたちは、その伝承のようにならないように、今行動に移しているところですの。シャドウさんたちにもお力添えいただけたら、とても助かるのですが・・・」
「うーん・・・嬢ちゃん、嘘をついているようには見えないが、全部信用しろっていうのも、無理な話なのはわかるよな?それに、俺一人の一存で、お前さんがたを無罪放免、即釈放ってことにはできないのもわかるよな?」
「そ、そ、それは・・・困りますわ!困りますわ!」
兵士長トリニーの言葉と判断はとても正しいだろうなと、朱雀は考えていた。だが、話を聞いてくれているだけ、とてもチャンスはありそうではあるが。普通に交渉したところで、結果は出ないだろうなとも思っていた矢先のことだった。
それは突然のことだった。
牢獄全体を大きく震わせる振動と炸裂音が鳴り響く。
「な、な、なにごとだ!」
大声で叫ぶ兵士長トリニー。
朱雀とアーネは、あまりにも突然のことで困惑していた。
上の階から牢獄に向かって大慌てで、一人の兵士が降りてきた。
「た、た、大変です、兵士長!街中で、いきなり魔法が炸裂されました!複数の不審者が街中でいきなり、ま、ま、魔法を・・・」
「落ち着け!街中で魔法が放たれたんだな?今すぐ兵士たちを武装させて集めろ!」
そう兵士長は強く言い放ち、牢獄を後にしていった。
牢獄に残されたアーネと朱雀は、牢から出る希望がなくなってしまった。
だが、朱雀はチャンスだと思った。今こそ行動に移すべきだと。
「アーネさん、どのくらい派手な魔法とやらが使えるの?」
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