序章5
5
どのくらい階段を降りていっただろう。
進んでも進んでも、光は見えず、どこまで降りていくのか。朱雀には全くわからなかった。
時間にして1時間は経ったのだろうか。
最初は饒舌に、「いかがわしいところはやめてください!いかがわしいところだけはやめてください!」と騒いでいたアーネだったが、「これは不可抗力でわたくしの意思ではなくて・・・」などとぶつぶつとつぶいたのち、黙りこくってしまっている。
二人の靴のコンコンという音が洞窟内に反響して大きく聴こえることが、二人の沈黙をより鮮明にしているのは間違いない。
「もしかしたら・・・」
先ほどから黙りこくっていたアーネが口を開いた。
「この先にあるのは『シャドウ』と呼ばれる影種族の街かも知れませんわ。」
いきなりとんでもない情報をぶっこんできたアーネに面食らった朱雀。
「影種族?」
「はい。影種族とは、人間の住む土地の遥か地下に住んでいると言われている種族です。人間とは外見も性格も大きく違うので、ものすごく戸惑ってしまうかも知れませんが・・・」
「そんな話は生まれて初めて聞いたし、どこかのラノベに出てきそうな種族だね。」
「ラノベってなんですの?いかがわしいものですか?やはり、わたくしをそんな目で見ているのですか?やはり、あなたは、鬼畜変態どすけべ人間のゴミ野郎ですの?」
「ちょっと待ってって。さっきからなんでそうなるんだ?それに、『蒼井朱雀』っていう立派な名前が、君の言う鬼畜変態どすけべ人間のゴミ畜生にもあるんだけど。」
「あの、畜生じゃなくて、野郎ですわ。」
「え、そこ重要か・・・」
やはりこの超絶美人はどこかずれまくっている脳みそをお持ちのようだ。
「本題に戻したいんだけど、影種族の『シャドウ』って、どんな奴らなんだ?」
「人間や私たちとは見た目から大きく違いますわ。見た目は全身真っ黒です。私たちには、彼らの性別さえもほとんど見た目だけではわからないような方たちですよ。私も直接お会いしたことがないので。本で読んだ外見の特徴くらいしかわからないですの。でも、剣技や魔法に長けた方たちも多いので、国としてとても強固で栄えているらしいですよ。」
「そんなこと書いてある本は、見たことないんだけどな。どこに売ってるのそんな本。中野?秋葉原?」
「え、え、そ、そうですね、それは、どこなんでしょうか?」
「だってアーネさんは、俺らと同じ人間でしょ?なら、そんなマニアックな本は中野か秋葉原か。あとは神保町ぐらいにしか売ってないかなと思うんだけど。」
「え、え、え、まあ、そうですかね。たしか、そんなところでお見かけした本だったかもしれないですね。あ、ほら、朱雀様!あそこ!少し明るく見えませんか?」
思い切り話をはぐらかされてしまったなと朱雀は思った。でも、階段の下にほのかな灯りが見え始めていたのも確かで。些細なことを気にする余裕が一気になくなってしまった。
渋谷の地下にこんな大回廊があるなんて、どのくらいの人が知っているのだろうか。
今日出会った超絶可愛いアーネに言われるまで、東京の地下に「シャドウ」なる影種族が生きていたなんて思いもしなかった。
だがどうやら、「シャドウ」と呼ばれる影部族が住んでいるのは確からしかった。
終わりなんてないのではと思っていたこの階段の先に灯火が見えてきた。
灯火に近づいていくにつれ、その先の光景が目の中に飛び込んでくる。
街の中に見えた「人影」に息を呑んでしまう。
人間で言うところの肌の部分が黒くてさらに霞んで見える。
黒いガス状の体。だが、衣服は着ており、さらに鎧や兜、剣の鞘を下げている者も少なくない。
今までの朱雀の人生では、ゲームの中でも見たことのないような存在が、たくさん目の前の街には存在しているのである。
街並みは、人間の世界の中世ヨーロッパをイメージさせられるような石やレンガ、木をたくみに幾何学的に積んで築き上げられている。非常に綺麗だった。
各家庭と思われる建物に備え付けられた煙突からは、もくもくと煙が立ち上り、生活感に溢れている。
しばし、進むことをやめて、朱雀は見たことのない街の景色に見入ってしまった。だが、アーネに話しかけられたことで、現実に戻る。
「ここが影部族最大の都市、『シャスメニア』ですわ。わたくしも本でしか読んだことがなかったのですが。とても綺麗な街並みですね。シャドウさんたちもたくさんいらっしゃいますわ。」
「なるほど、シャドウさんたち、か。そう呼んでいくのが良さそうだな。」
「わたくしの目的もありますし、朱雀様の目的もありますし。まずは、情報収集から、ですわね。色々な方に手分けしてお話を伺ってみましょう!」
そう言って、アーネはそそくさと1人で進んでいってしまった。
「ちょっ、ちょっと待てって。そもそもこいつらに日本語とか通じるのか?」
影部族がどういった言語体系をしているのかなんて、朱雀が知る由もなかった。
そんな心配なんて全く知らないように、アーネは積極的にシャドウたちに声をかけてしまっている。
どんな言葉で話しているのかアーネの様子を伺ってみるか、と朱雀は考えた。
「あの、わたくし、あなた方の長とお話ししたいのですが。どちらに赴けば、お話しさせてもらうことができますか?」
アーネは意外にも(?)日本語で、シャドウたちに話しかけていた。
「日本語なんて通じるわけがないだろう。」
そう思った朱雀の予想は一発で覆されてしまう。
「お、嬢ちゃん、俺らの長に会いたいって言うんなら、兵士長に話をつけないと無理だろうな。兵士たちの詰所に行ってみたらどうだい?この先真っ直ぐ言ったところにある大きな建物のそばに、兵士たちが何人もいるところがあるから。そこで兵士長に会えないか相談してみると良いよ。しかし、シャドウ以外の部族がこの街に来るなんて何年振りのことかね?なにかあったのかい?」
意外にフレンドリーな影種族の男性と思われるシャドウに対して朱雀は驚きを隠せなかった。日本語も通じているし、一体どうなっているんだここは。アンダーって世界はどうなってるんだ?
朱雀の頭の中は思索と情報が渦巻いて、混乱する一歩手前まできてしまっていた。
その点、アーネは何食わぬ顔で、シャドウの男にお礼をいって、街の奥の方に向けて、通りを進んで行く。
これはもう、朱雀も先に進んでいくしかなさそうだ。
アーネ自身、アンダーと話すことは初めての経験だった。
だが、彼女特有の猪突猛進とも言える非常に真面目な性格が、歩みを進めていく上でとても才能として輝くことになるとは。
最初に話しかけたシャドウからの情報が有益なものになるとは全く思っていなかった。だが、ラッキーなことに、アーネは自分の目的を果たすためにその情報を信じて進む以外の選択肢はない。
「もう、進むしかありませんわ。わたくししかもう助けられないのですから。」
そう自分に言い聞かせながら、シャドウの街シャスメニアの中心地へと向かうのであった。
歩道は石が敷き詰められている。雨の日はとても滑って早歩きでは危険なのではと思うほど、滑らかだった。だが、ここアンダーのシャドウたちの街では、天気の心配は必要なのだろうか。
走りながら奥へと進んでいくアーネの後ろ姿を視野にとらえながら、朱雀はシャスメニアの街を進んでいく。舗装された一本道はS字を描いた道になっている。右に曲がったり左に曲がったり。うねうねしている。そうかと思えば、綺麗な直線を描く箇所もあったりで。S字路やまっすぐな道の組み合わせを幾度か繰り返しながら、十分近く進んでいったところで、朱雀は大きな広場にぶつかった。
「ここは・・・」
朱雀の眼前に広がる街の広場は東京ドーム数個分の広さを誇り、外周には木が円状に植えられている。明らかに他の場所とは異なる雰囲気を備えた広場だった。
「あら、朱雀様もこちらにいらしていたのですね!」
朱雀が跡をつけていたことなど、全くアーネは気づいていなかったようだ。アーネはアーネで、自分の目的を果たしたい気持ちでいっぱいいっぱいで、周りに気持ちを巡らせていなかった。
「この街のシャドウさんたちは、とても優しいですね。気軽に情報や道を教えてくれましたよ。向こうに見える大きな建物の周り、兵士さんたちがたくさんいらっしゃるところが見えますわ。きっとあの建物の中に、兵士長さんがいらっしゃるはずです。朱雀様も一緒に来てくれませんか?」
「いや、俺は、俺で、目的があるから、君とは一緒に行けないんだけど。」
「あ、そういうことおっしゃるんですね。か弱い乙女を右も左もわからない異国に置いていくなんて。どれだけ鬼畜外道村八分な男なんですか朱雀様は。」
「ひでえ言われようだな・・・そもそも君の目的もなんなのかわからないし、もしかしたら俺の敵かも知れないわけだし。」
「ひ、ひ、ひどい!!!苦楽を共にしてきたのに、そんなことおっしゃるなんて!わたくしは自分の故郷を守るために、助けを求めにきただけですわ。それなのに、それなのに・・・」
なかなか、すごい子だなアーネは。
超絶可愛い女の子に、涙目で右斜め45°で見上げられたら、男は何も言えなくなってしまうことをアーネは理解しているようだ。
「俺だって、幼馴染の子が失踪してしまって。ここに連れ込まれている可能性があるんだよ。何か酷い目に遭わされる前に、助け出したいから、時間がないんだ。」
「それならわたくしとほとんど目的は同じじゃないですか!助けるためなら権力のある人のところにいって、情報を聞くなり、助けを求めるなりするのが良策ですわ!」
この子の交渉力とこじつけ力はとんでもないなと思った朱雀だったが、あたりを見回すと、なかなかなことになっているようだった。二人で言い争っている間に、鎧や兜、剣の鞘を携えたシャドウたちに囲まれてしまうとは。
「お前ら人間が、こんなところで何をしている?お前らもあいつらの味方なのか?」
「あいつらって、どの方がたのことですの?わたくし、わかりませんわ。」
「さっき、不審な奴らが抵抗する人間の女の子と思われるやつを担いで、走っていったっていう通報があったんだ。それで警戒していたら、人間の騒がしい二人組が目の前にいるって状況を見つけたのだが。通報のあった不審者の一味なのかお前らは。」
「違う。その子のことを探しているんだ。どっちの方向にいったのか、知らないか?」
「そんなこと知っていても伝えるわけがないだろう。あの怪しい奴らの一味だって言うのを隠すためのカモフラージュかもしれないしな。怪しすぎる。」
「わたくしたち、とても急いでいるのです。あなたがたの兵士長さんとお話がしたいのです。急ぎの内容ですの。取り次いでいただけません?」
「何!我らの兵士長に会いたいだと!ますます怪しすぎる人間どもだな。こいつらを引っ立てて、牢屋にぶち込んでおけ!」
「はい!承知いたしました!」
「ちょ、ちょ、何をするんですの!やめてください!やめてください!」
「おい、マジかよ、やめろ!本当に人を探しているだけなんだ!急いでいるんだよ!」
「うるせえ!大人しくしろ!さもないと、痛い目見るぞ!」
三流なセリフではあったが、痛い目にあいたくない人たちにとっては、とても効力のある言葉でもあった。
朱雀とアーネの訴えは虚しく、程なく二人は簡単に捕まってしまうのだった。
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