序章4


 「誰だあれ?」


 数十分前にはいなかった存在がそこに佇んでいた。


 蒼井朱雀の目の前にとんでもなく可愛い女の子がいるのだが、状況が掴めない。

 

 雑貨屋「ディスコグラフィ」で成竹さんからクラブブリザードのVIPルームに入るための鍵となるダーツを手に入れ、ガリバーコングの前で「アンダー」なる地下世界の存在や「ダークコミュニティ」なる謎の組織の情報を偶然手に入れた朱雀。

 

 順調な流れで手がかりを得て、クラブブリザードに戻ってきたのだが、また謎が1つ増えてしまうことになるとは、予想だにしていなかったのが朱雀の本音だ。

 

 クラブブリザードの目の前まで戻ってきた朱雀の目の中に、黄緑色のミニワンピの上にデニムジャケットを羽織り、足元を茶色のブーツでまとめた超絶可愛い女の子が周りをキョロキョロしながら立っている姿が飛び込んでくるとは。

 

 瞳は大きくつぶら。

 

 鼻の形も口元の形も人並み外れて整っている。

 

 どう見ても九頭身のスタイルと小顔は、どこかのモデルなんて比じゃないくらいの整い方だ。

 

 手足はすらっと長く、透明なんじゃないかと錯覚してしまうくらい白い肌に見惚れていた朱雀。

 

 男とは残念な生き物である。

 

 可愛い女の子の顔を見て、スタイルを確認すると、つい胸に目がいってしまう。

 

 黄緑色のミニワンピの谷間はそこまで深くない。

 

 おそらくとても綺麗そうな貧乳だろうと、0・二秒で考えてしまうから、きっと生物は絶滅せずに子孫繁栄できるのだろう。

 

 そう、これは朱雀にとっても可愛すぎる女の子にとっても、全くの予想外な流れの出会いだったのだ。



 可愛い女の子が何をしたいのか分からず、少し様子を観察していた朱雀だったが、自分の目的を果たすことを思い出し、クラブブリザードへと歩み出す。


 クラブブリザードの扉の前に移動した朱雀は、キョロキョロあたりを見回していた可愛い女の子と偶然目があってしまった。


 いや、どうしても可愛すぎて、つい見てしまったっという方が正しいか。


 「君は、こんなところで何をしているの?」


 自分でも不思議なくらい、スムーズにその質問をしていたことに内心びっくりしていた朱雀だったが、本来の自分の目的を果たすためには話しかけてどいてもらわないと、目立って仕方なかった。


 「あ、あ、あ、え、え、え、えっと・・・この建物の中に入りたいんです。でも、どこから入れば良いか分からなくて。あ、あの、ご、ご、ご存知ないですか?もしかして、この建物の中でお仕事されている方ですか?」


 矢継ぎばやに一気に質問されて、一瞬引いてしまった朱雀だったが、こんな真昼間にこんな可愛い女の子がクラブに入ろうとしている意味が分からなかった。


 「どうして君は、この中に入りたいの?この建物の中で仕事はしていないけれど、入り方くらいなら分かるよ?」


 「そ、そ、それなら、わたくしをこの中に入れてもらえませんか?」


 ものすごく緊張しながら、でも慌てた様子の可愛い女の子の様子に、ただならぬ雰囲気を感じた朱雀だったが、もしもこのクラブブリザードのVIPルームが「アンダー」への通路だとしたら、と思うと、安易に答えられない。


 「あ、あ、あのわたくし、怪しいものではないんですの。『アーネ・エイリス』と申します。ちゃんと名前があるので怪しくないです!」


 名前があるだけで、なぜ怪しくないと言い切れるのか朱雀には謎だったが、偽名のような雰囲気のある名前ではなかったので、本名なのだろう。


 「あの、アーネさんはなんでこのクラブブリザードの中に入りたいの?それが分からないとちょっと答えられないよ。」


 「そ、そ、それは・・・言えないんです!絶対に言えないんです!この建物の中に入れてもらえないなら、痴漢!って叫びますからわたくし!叫びますから!」


 いきなり、すごい早口でそんなことを突然言われた朱雀はびっくりしてしまったが、真っ直ぐ見つめてくるアーネの視線は本気で「痴漢!」って叫びそうだった。


 「あ、あ、あと五秒でこの中に入れてくれるって約束してくれないと『痴漢変態どスケベ鬼畜人間のクズ!』って、わたくし、めっちゃ叫びますから!わたくし、本気なんですから!あと五秒、四、三、二、・・・」


 「待って待って、分かった分かった、分かったから。カウントダウンやめてもらえないかな?」


 「本当ですの?やった!早く中に入れてください!」


 なんとも訳の分からない展開になってしまったが、これ以上騒がれてことが大きくなってしまって、誰か出てこられる方が面倒だろう。


 「ほら、こっち側の扉を引いて中に入ればいいんだよ。」


 「あ、あ、ありがとうございます!さ、入りましょう!」


 目を輝かせながらクラブブリザードの中に入っていくアーネの姿に、どうしたものかと思う朱雀だったが、この後長い付き合いになる運命の出会いだったことが分かるのはまだ先の話である。




 クラブブリザードの重い扉を引いて中に入った二人は、誰もいないクラブブリザードのシーンとした静けさだけ共有しているような錯覚を感じた。


 だが、現実に目の前は薄暗く、音もない現状は夜のクラブの喧騒とのギャップを感じずにはいられず、不気味さが漂うばかり。


 「あ、あ、あの、ここはどんな建物なんですか?」


 「クラブだよ。踊る方のクラブ。」


 「ん?踊る方のクラブ?踊らないクラブっていうのも、あるんですか?」


 「え、知らないの?マジで?」


 「はい、わたくし、そういうことには疎くて・・・」


 いや、クラブくらいその年齢なら知ってるだろ!とツッコミたい気持ちはあった朱雀だったが、そんなことよりも早くVIPルームに行かなくてはと、冷静に考えていた。


 そんな中、唐突にアーネから予期しない質問が飛んでくるとは思いもしなかったが。


 「あ、あ、あの、『VIPルーム』とかいう特別なお部屋があるらしいのですが、ご存知ですか?この雰囲気からすると、ものすごくいかがわしいお部屋なのですか?ちょっと怖いのですが・・・」


 「ん?VIPルーム?なぜそんなところに行きたいの?」


 「わ。わ。わー!や、や、やはり、いかがわしいお部屋なのですね!!!」


 顔を真っ赤にしながら勝手に決めつけるアーネは相当個性派だろう。


 「どう扱っていいものだろうか・・・」


 朱雀の悩みが一つ増えてしまった。


 「こんなひ弱そうな超可愛い女の子を連れて、何が待ってるか分からないVIPルームになんて行っていいのだろうか。」


 不安しかない朱雀のことが分かっているのか分かっていないのか。


 アーネは勝手にどんどん奥へと進んでしまう。


 「これはもう、こちらが腹を決めるしかないな。」


 そう思う朱雀はアーネにVIPルームはそっちじゃないと告げると、アーネの腕を引っ張り、VIPルームがあると思われる場所まで連れていくことに決めた。




 「だいたいほとんどのクラブのVIPルームなんて、二階にあるんだよな。」


 まだ年齢的に夜のクラブイベントに入れない朱雀は、インターネットで聞きかじった知識を元にして、上り階段の方に歩みを進めていた。


 「上の階にあるんですか?高みの見物っていうんですよね?こういうの。嫌な感じですわね。」


 アーネがとても確信めいたことを急に口にしてきたので、この子って一体何者なんだ?という疑問も朱雀には出てきたが、それは後でゆっくり問いただしてやろう。




 薄暗い店内の階段なので、足元を気にしながら階段を上りきると、目の前に細い廊下と、廊下の先には不自然に設置してある一台のダーツ台が朱雀達の目の中に入ってきた。


 さらに、廊下のダーツ台の左横には、重厚そうな扉がある。


 どうやら、あの扉の先が目指しているVIPルームらしい。


 「あ、あ、あの扉の先がVIPルームですの?」


 「多分そうだと思う。」


 「でも、あの扉、簡単には動かなそうですわ。」


 「確かに。まあでもこれがあればなんとか。こいつをダーツ台のブルに3本さして・・・と。」


 そういいながら、朱雀はダーツ台のブルに三本のダーツの矢をさし込んだ。

 

 三つめの矢をブルにさし込んだ瞬間、カチャっと何かが解除される音が聞こえた。

 

 きっと、VIPルームの鍵が開いたのだろう。RPGならお決まりの定番な展開だ。

 

 「い、い、今の音はなんですの?もしかして、ば、ば、爆弾ですか?こ、こ、怖いです!!!」

 

 アーネの妄想通りの展開にならないことを祈りつつ、重厚なVIPルームへの扉を朱雀は開けてみることにした。

 

 

 VIPルームの扉を開けた先には、予想とは大きく異なる風景が広がっていた。

 

 朱雀の予想では、二十畳くらいの広い部屋にソファーがいくつかと長いテーブル一台、ダーツ台とかビリヤード台とか。大型テレビやスパンコールが紫色の怪しいライトに照らされていると思っていたのだが。

 

 目の前にはゴツゴツした岩でできた壁に、いくつかのほのかな暖色の間接照明が等間隔に配置されており、ある種の洞窟ダンジョンのような雰囲気だった。

 

 「こ、こ、これはなんですの?ど、ど、どこに繋がっているんですか?やっぱり、いかがわしい・・・」

 

 いかがわしい部屋にこだわりたいアーネをよそに、朱雀はこの「洞窟ダンジョンのような回廊」を下に、下にと進んでいくことにした。

 

この先の未来がこの回廊と同じようにほのかな明るさでしか照らされていないとは、今の朱雀達は知るよしもなかった。



 「都会のど真ん中に、こんな回廊があるなんて、本当にあの若者達が言っていた都市伝説は現実にあるのか?まさかそんな・・・馬鹿な・・・。」


 都市伝説なんてあまり信じていない朱雀にとって、信じがたい光景や考えだったが、目の前に広がる現実の重みの方が実感があることを受け入れざるを得なかった。


 緊張しながら一歩一歩進んでいく朱雀をよそに、震えているかもしれないと思ったアーネは、なぜかとてもテンションが高い。


 「も、も、もしかして、このまま進んでいくと、トラップとかあって、呪いが掛けられて一生ここから出られないとかだったらどうしましょう!!!きゃっ!!!」


 なぜか興奮し、顔を真っ赤にしている超可愛い女の子の姿があまりにもダンジョンの雰囲気に合わず、夢なのか現実なのかまた分からなくなってしまう朱雀だった。



 確実なことは、


 「アーネは、『不思議ちゃん』だ。間違いない。」


 そんなことを考えながら進んでいくと、少しばかりこの先の展開への不安も和らいでいくことに朱雀は気づき始めていたのだが、それはまた別の話ということで。


 

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