序章3


 「手がかりが全くなくなってしまったな。だけど、明らかにブリザートにいた男は何か知っていそうな感じはあった。」


 そう考えていた朱雀が、ブリザードを出たのは五分前のことである。


 ブリザードにいた怪しいサングラスの男の雰囲気からして、何かブリザードに秘密があることは間違いないし、ダンスエリアの扉が開かなかったことも非常に気になって仕方ない。なんとかして、あの扉の先に進んでみたいとは思うのだが。


 あれこれ思案しながら、センター街を歩いていると、ふとすれ違った女子大生二人組の会話が耳に入ってきた。


 「あのお店なんなん?なんでも売りすぎだし!この前、鍵セットとか売ってたんですけど。あれどこの鍵なんだろうね?」


 「ほんとそれ!店長のファッションセンスいきすぎてて意味ぷだし!あの店、利益あるのかな?儲かってるのかな?絶対儲かってないでしょ?やばい商売とかしてんじゃね?」


 鍵?そんなもの売ってそうで、店長の雰囲気がアレな店なんて、個性の塊の街渋谷でも、あの店しか思いつかなかった。


 朱雀は急いで、渋谷センター街にある雑貨屋「ディスコグラフィ」に向かうことにした。


 

 相変わらず、雑貨屋「ディスコグラフィ」には怪しいものしかない。先程訪れてから小一時間ほどしか経っていなので、変わるわけもないのだが。成竹さんの姿が見えないので、朱雀は自力で女子大生たちが話していた鍵とやらを探すことにした。


 店内には、蛇革で作ったナイフ入れや、パステルカラーが散りばめられた小物ケース、人気有名キャラクターをオマージュした著作権的に怪しいぬいぐるみなど、全くもって統一性がない。こんな中でお目当ての鍵とやらは見つかるのかと朱雀は不安しかなかった。どうしても一つ一つの商品棚をしっかり見ていかないといけないため、思ったよりも効率よく探していくことができない。そもそも、そんな鍵があるのかと思う朱雀の目の中に、あまりにも派手ないでたちの人物が写ったことで、どうやら風向きは変わりそうである。まさしく彼がこの奇妙な雑貨屋「ディスコグラフィ」の店長成竹さんだ。


 「成竹さん、先ほどはどうも!」


 軽い感じで声をかけてしまったことに自分でも驚いている朱雀だったが、相手が成竹さんなら、そんなこと気にしないだろうとも思った。だが、予想を超えた返事に朱雀は戸惑うのだった。


 「ん?君らしくない声の掛け方じゃないかーな。自分のこせーいを失—ってはいけないーんだよ。ところーで、どうしたーのかーな?探—しものは見つからなーいのかな?また戻ってーくるーとは、思ってもいなかーたよ。」


 「このお店に鍵って売っていますか?」


 「鍵?あ、それなーら、これのことーかね?」

と言って、成竹さんは隣の棚に向かっていった。


 持ってきた鍵は、どう見てもこれじゃねえだろ感がハンパなかった。というのも、腕の長さの鍵なんて、どう考えてもブリザードの扉に入らねえだろと。


 「ん?これじゃないのかーあね?鍵はこれしかこのお店になーいよ?」


 「そうですか・・・クラブブリザードの開かずの扉なんて、これじゃ開かないですよね。」


 ついつい、愚痴ってしまった朱雀に対して、成竹さんが神妙な顔でこちらを見てくる。


 「君は、その扉を開ける決意が固まっているのかい?」


 成竹さんの個性的な話し方はなくなり、とても落ち着いたトーンで問いかけてきた。


 「決意?そうですね。決意なんて大袈裟なものではないですけど。開けてみないことにはどうなるかなんて分からないじゃないですか?」


 「そんな生やさしい世界じゃないんだよ。あの扉の向こうは。引き返せないことが世の中にはあるんだよ。時間の矢は一方向にしか進まないってこと、子供じゃないから分かるよね?」


 「成竹さん、キャラブレてますよ?まあ、そんなこと考えたところで仕方ないじゃないですか。扉の外も向こう側も、時間の矢は戻らない世界ですよ。それに、もしかしたら、扉の向こうに探している人がいるかもしれないんです。だがら、扉を開けてみないことには次に進めないんですよ。」


 「分かったーよ。それなーら、これを君—に渡さなーいといけなーいね。」


 そう言いながら、成竹さんは自分のポケットから小さな飾りっ気のない鍵を渡してきた。


 「これで、あの扉—は、開くーよ。でも、これだーけじゃ、駄目なーんだ。これも持っていきなーさいね。」


 そういって渡してくれたのは、ダーツの矢三本だった。


「このダーツの矢—は、クラブブリザードーの扉の先にあーる、VIPルームに入るたーめに、必要なもーのなんだーよ。あのクラブのVIP—は、お金でーは、入れなーいんだよ。会員証代わりーのものーが、このダーツなーんだよ。これをVIPルームの近くーにあるダーツボードのブルーに、三本ともさすんだーよ。分かったーかな?」

 

 「分かりました。ダーツボードに三本さします。ダーツをさした後はどうしたらいいんですか?」


 「それは自分の目—で、確かめなーいと、いけなーいから教えなーいよ。あ、これ、僕のだーって、言わないでちょうだーいね。分かったかーな?」


 「分かりました。成竹さんにご迷惑をかけないようにします。ちゃんとお返しします。」


 「いいよ、もうこの鍵もダーツも、僕にとってーも、お店にとってーも不要なものだーから。その代わり、くれぐれも無茶はしないでおくれよ。」

 

 特徴的な話し方ではなく、普通の話し方で朱雀のことを気にかけている理由を、このときの朱雀は知る由もなかった。



 成竹さんのお店雑貨屋「ディスコグラフィー」を後にした朱雀はセンター街を抜け、安さ世界一を謳うガリバーコングの隣の小道を通り、クラブ街を目指す。ガリバーコングはなんでも売っている激安スーパーとして若者から支持を得ている。清涼飲料水やアルコール、お弁当だけでなく、つけまつげやコスメ、ジャージや香水、ブランドもののバック、はたまたムフフな大人のアイテムまで。なんでも安く売るのがモットーらしい。そんなガリバーコング前で朱雀は唐突に二人組の若い奴らに声を掛けられた。


 「あれ、お前高校生のくせに、ブリザードのVIPなの?やばっ!なら、あの都市伝説とかも知ってんの?」

 

 一瞬カツアゲかと思ったが、どうもそんな様子ではない。朱雀が手に持っているダーツケースを見て声を掛けてきたようだ。


 「ブリザードの地下って、『アンダー』に繋がっているってウワサ、本当なん?」


 「やば!めっちゃ気になるんだけどそれー」


 いったいなんの話をしているのか、さっぱり分からない朱雀は問いかけた。


 「『アンダー』ってなんですか?」


 「え、お前、高校生のくせに『アンダー』のことや今ウワサの都市伝説も知らないわけ?クソだせーぞ?」


 「渋谷の某所の地下には『アンダー』っていう地下世界があるんだって。『アンダー』は今の東京と異世界とをつなげている世界らしいよ。それでね、『アンダー』と東京を行き来しながら暗躍している秘密組織もあるんだって。『ダークコミュニティ』っていう謎の組織なんだけどさ。そいつらが『アンダー』や東京で、いろんな事件を起こしたり、悪さをしたりしてるって、ネットでめっちゃ出回ってるじゃん!知らないの?」


 「まったくそんな話知らなかったです。」


 「ダサいんですけどそれー。最近東京で起きている怪事件のほとんどは『ダークコミュニティ』絡みだって話なんですけどー」


 いちいち語尾がギャル口調でイライラしてきたが、渋谷に来て初めて相沢かおりの消息に近づける情報なのではと思った。


 「『アンダー』には、『神々の聖杯』ってのがあって、『神々の聖杯』の力で普段は閉ざされている異世界との門が何者かに開けられそうになっているって話もあるんだぜ。」


 「異世界の門が自由にあけられるってのは、異世界に住んでるって言われている魔族たちにとって、メリットがあるらしんだよね。やばいものの取引を『アンダー』や東京とすることで、ひと財産稼ぎたいらしいらしいよー。」


 「まあそれだけでなくて、様々な恩恵も得られるらしいんだけど。『神々の聖杯』を巡って、魔族やアンダーにいる生命体、地上のテロリストたちが近々戦争を始めるかも、なんて物騒な話もネットにはあるんだぜ。」


 「そんなやべー話もあるからさ、悪いことは言わないんですけどー。ブリザードのVIPはガチでやめておきなよっていう忠告をしてあげてるんだから。あたしたち優しくなーい?」

 

 こんなところで、とんでもなく有益そうな情報が得られたことに驚きを隠せない朱雀だが、今までの状況を考えると、都市伝説って言葉で受け流すことはできなかった。


 「ありがとうございます。気をつけます。」


 「ほんと気をつけてね!あ、プリクラ撮り行こうー。それじゃ、バイバーイ!」



 東京渋谷にはいろいろな人が生きている。知らない闇もまた潜んでいるのかもしれない。ほとんどの人は影響なく普通に生きている。しかし、その深淵を覗いてしまった者だけが、もう普通の生活には戻れないという現実も存在しているのであった。



 若者たちと別れた朱雀は、タピオカ入りカフェラテを美味しそうに飲む女子大生コンビの横を颯爽と駆け抜けながら、デパート西急の人気のない静かな脇道を通り、再びクラブブリザードを目指すのだった。

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