序章2
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「この街はいつ来てもくだらないな」
蒼井朱雀は心の中でつぶやく。センター街の奥にある雑貨屋「ディスコグラフィ」には風変わりな店員が一人いる。蒼井朱雀のお目当ては、成竹さんだ。風貌のすごさで有名で、情報番組にもよく出る名物店員さんである。
「成竹さんなら渋谷の情報を大体知っているだろう。アンダーって組織についても意外と早く分かるのでは。」
と、楽観的に考えてしまう。
センター街の奥にたどり着くまでは、さして時間も掛からなかった。平日の昼間であることから人出も少なく、休みの日のセンター街とは雲泥の差がある。
二階建ての小さな雑貨屋が目当ての場所だった。小さな店舗だが、見た目のインパクトは強烈である。水色やピンク、黄色といったパステルカラーがまだらにペンキで塗られた店の外装は、まさしく渋谷と原宿以外ではお目にかかれないだろう。怪しさ爆発極まりない。本当に渋谷の雑貨屋として人気ナンバーワンなのか?と疑問に思うことこの上ない。こんな出で立ちでも、雑貨屋「ディスコグラフィ」の売り上げは上々らしい。カリスマ店員の成竹さんの客寄せパンダ効果があるのだろうか。
店内を見回すと、成竹さんを見つけるまで時間はかからなかった。ピンクのアフロヘアーが尋常でないほど悪目立ちし、サングラスに黄色のつなぎ姿も特徴的。そこに真っ赤なサンダルといった身なりはもはややり過ぎを通り越しているだろう。百八十センチを超えるスタイルの良さもより悪目立ちする原因だと朱雀は考えていた。
「あなたが成竹さんですよね?」
「ん?そうだけどー君はーだーれだい?学校は休みなのかーい?」
酷く独特な話し方。語尾の嫌な伸ばし方が耳障りだが、フツーに応対してくれた成竹さんに、事情を話すかどうか迷った朱雀だったが、話さないわけにはいかないだろうと思い、説明することにした。
「うーん、なるほーどねー。君の幼なじみーがねーうーん。うーん。」
「ちょっとでも当てのあるところでも良いんですが・・・思い当たるような場所とか知らないですか?些細なことでいいんですが・・・」
朱雀の真剣な眼差しを見て、成竹さんは意を決して話すように感じたのは気のせいだろうか。
「渋谷のクラーブに、アンダーのしせーつへのいりぐーちが、あるらしーのよん。クラブ街—で、さがーしてみたーらどーかな?」
「クラブ街ですか・・・どこのクラブが怪しいとか、情報はないんですか?確かでない情報でもいいんですけど。」
「ごめーんね。そこまーでは、わからーなーいーんだよ。ここまーでしか、たすけらーれなーいかな。ごめーんね。」
「いえ、分かりました。ありがとうございます。自分で探してみます。」
「くれぐーれも、むっちゃーはしちゃーだめだかーらね!」
「はい、ありがとうございます。」
礼を行って、朱雀はセンター街を出て、道玄坂のクラブ街へと向かうことにした。
センター街を後にした朱雀は道玄坂のクラブ街を目指すことに。センター街から道玄坂まで歩いて行っても十五分ほどだろうか。老舗デパート北縦の真横を急ぎ足で進んでいくと、クラブ街の入り口が見えてくる。おしゃれなオープンカフェが立ち並んでいるところにポッカリと開いた場所がクラブ街の入り口になっているのが特徴。おしゃれな雰囲気をそのまま受け継いでクラブ街になっていれば、自慢できそうな街なのだが、ラブホ街の中にクラブもあるため、制服の高校生が真昼間から歩いているのは違和感極まりなかった。
「一店舗一店舗しらみつぶしに見ていくしかないよな。めんどくせーな。くそったれ。」
心の中で毒付きながら、朱雀はクラブのローラー作戦に出るしかなかった。
渋谷のクラブ街には三つのクラブがある。
クラブ「ファイヤー」、「サンダー」、「ブリザード」。それぞれのクラブの経営者は同じようだが、それぞれのクラブに個性があるらしい。
ファイヤーは炎の看板に英字で名前が書かれているのが目印で、ナンパがめっちゃ盛んなクラブだと言われている。最新のホットな曲ばかり流しているので、本当の音楽好きはあまり集まらないらしい。
サンダーもファイヤーと同じく雷がかたどられた看板に英語で店名が書かれており、あまりセンスがあるとは言えないだろう。EDM系の音楽がメインのクラブで、昨今のEDMブームで非常に人気のあるクラブである。
ブリザードの方はというと、これももはや説明はいらないだろう。相変わらず、氷の結晶の形をした看板に英字でクラブの名前が書かれている。本当にセンスないよなと思う。ブリザードではR&B系のしっとりとした音楽がメインであるため、ムーディな雰囲気もあり、年齢層も他の二つのクラブと比べて高い。
それぞれのクラブに対して見当をつけて回るのが有効なのかもしれないが、対して当てもないので、クラブ街に入ってすぐ、左前方にあるファイヤーから乗り込んでいこうと蒼井朱雀は決めた。
ファイヤーの店内はまだ昼間ということもあり、誰もいる気配がない。入場を試みようとしたが、どこも鍵が閉まっていたため断念せざるをえないだろう。周りを見渡しても、店員さんもいないため、潜入を諦めた。
続いてクラブ街右手に最初に見えるサンダーに行くことに蒼井朱雀は決めた。
ファイヤーとは通りを挟んで目の前にサンダーはあるため、すぐに向かうことは出来る。だがここも侵入できるのか蒼井朱雀はやや不安だった。
蒼井朱雀の不安は杞憂に終わった。
サンダーはちょうど店内清掃の時間だったのか、関係者用の出入り口だけが空いており、そこから中に入ることが出来るようだ。周りを見渡してもここしか入れそうなところがないため、入ってみることにした。
昼間でも、クラブ内のあかりは必要なところ以外消えていて薄暗く、足元をスマホのライトで照らしていないと危険度が増してしまう。最大限足元に気をつけながら地下への階段を降りていくと、そこには清掃員の人が数人、フロアモップで水拭きしているところだった。
普段の週末には二千人近くの人がフロアで踊りながらダンスやお酒を楽しんでいるとのことがサンダーのHPの紹介文に書いてあった。
だが今は平日の昼間。だだっ広い空間に数人の清掃員が散らばって掃除している姿はとても夜の賑やかなクラブの雰囲気からは想像がつかないだろう。
意を決して、蒼井朱雀は話しかけてみた。
「すみません。この辺にアンダーとかいうところの施設への出入り口ってありませんか?」
単刀直入に清掃員に尋ねてみたが、期待はしていなかった。だが、返答は思わぬものだった。
「ん?それなら、ここじゃなくて、ブリザードじゃないかなー。なんか絶対に開けるなって言われている扉があるんだよ。あ、このことは俺から聞いたとか言わないでくれよ。ブリザードの店長がまじうぜーやつで頭にきてるから教えてやるだけだから。そこはまあ、大人の世界、わかるよな?」
いろいろ大人の世界にも込み入ったことがあるらしい。だが思わぬ情報を得られて、安心している自分もいた。
「はい。分かりました。お仕事中すみませんでした。あ、もう一つ聞きたいんですが・・・」
「ん?まだ何か用か?」
ここでアンダーの施設の入り口のヒントだけでなく、かおりの情報も聞けるのではと思ったので、もう少し粘ることに。
「制服の女子高生が今日、この辺歩いていませんでしたか?」
「制服の女子高生?流石にこんな時間にそんな格好していたら補導されるから、いないでしょこの辺に。何?にいちゃん、ナンパでもしてんのかい?」
「いえ、人探しで・・・分かりました。ありがとうございます」
にやにやこちらをみてくる清掃員のお兄さんたちを無視して、クラブサンダーを後にすることにした。
クラブサンダーを後にした蒼井朱雀だったが、出た途端、外の明るさに軽い目眩を感じるほどだった。目眩が少し残る中、サンダーの斜め前、ファイヤーとは小道を挟んだ向かい側にあるクラブブリザード。次の目的地へと蒼井朱雀は急いだ。
ブリザードの店内にどうやって入っていこうか考えていた朱雀だったが、杞憂だった。扉に手をかけるとすんなりと開いてしまい、本当にここにアンダーへの出入り口があるのか?と疑ってしまうほどである。はやる気持ちを抑えて、店内に一歩足を踏み入れた。
ブリザードの店内は入ってすぐ小規模のエントランスがあった。ここでIDチェックなどするのだろう。ブリザードというクラブの名前からも分かるように、クールな雰囲気を増長する青いライトが多く灯されている。青い照明に照らされた店内に不気味な雰囲気はあるが、R&B系の曲を聴きながら踊ったり、音楽に心酔したり、ナンパしたりするのにはちょうど良い明るさなのだろう。
ブリザードに入っていくと他の二つのクラブとは明らかに空気感が違った。
「なんだこの、体のそこから冷えてくる感じは・・・」
朱雀の中で不安が高まってくる静けさは生まれて初めての感覚だった。なにかとてつもなく広い風呂敷に包まれてしまい、闇に溶け込んでいくような錯覚さえ感じる。
「こんな雰囲気なら、アンダーへの出入り口があるって言われても信憑性が高そうだよな。」
そんなことを考えながら、さらにエントランスを過ぎ、店内の奥へて進んでいく。
エントランスを過ぎた先に、荷物用のロッカーを左右に見ながら進んでいくと螺旋状の下階段があった。階段を降りていく。階段を降りた先にバーカウンターがあり、その隣には、ダンスエリアへとつながっているだろう扉が見えた。朱雀は扉に手をかけて中に入ろうとしたが、鍵がかかっており、中に入れなかった。
「どうしたものか・・・」
そう考えていると、上の階から一人の男が降りてきた。
「お前、何してるんだ?」
男は朱雀に声をかけてきた。
「勝手に入ってしまってすみません。今、人を探していて。このクラブに開かずの扉があるって聞いたんですけど、そこからアンダーってところに出入りできたりしますか?」
「ん?お前、その話、どこで知ったんだ?てか、ここにはそんな扉ないぞ。早く出て行けよ。ここはお前みたいな学生が出入りできる場所じゃねえんだよ。早く出て行けよ。ここには誰もきてねえよ。」
「そう言われましても。あなたこそ、何者なんですか?」
冷静に聞き返した朱雀は相手の容姿を見ての質問。こんな薄暗い店内なのに、サングラスをかけたスーツ姿の男に違和感しかなかった。着ているスーツもサングラスと同じ真っ黒だったため、あやしさしかない。
「そんなことお前には関係ないだろ?出ていかないと、痛い目見るぞクソガキが!」
そう言い放った怪しい男は、言葉の強さとは裏腹に、なにか緊張しているようにも見てとれた。何か隠しているのがバレバレである。これ以上粘ったところで何か良い情報が得られるとは思えないし、自分の身に危害を加えられないという保証もないため、店を後にしようと階段へと向かった。
「
ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。出ていきます。」
そう告げると男は安心したかのような表情で何も言わず、朱雀が去っていくのを見ていたのだった。
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