unders war

イエきち

序章1

第一章 終焉への失踪



 地下鉄帝都線の新渋谷駅を下車し、地上へと続く階段を今日も昇る。そんなありふれた毎日の通学風景。スクランブル交差点を行きかう女子高生たちの話題は、今日も彼氏とのデートの話や、気になるメンズのだれそれがかっこいいだとか、優しいだとか。妄想のデートの話まで飛び出す。小さな承認欲求を満たすべく、自分の姿を映す彼女らの手鏡の中に蒼井朱雀が通り過ぎたことなど、些細なことだった。渋谷の変わっていくような、変わらないような不安定な景色と何ら変わらない朱雀の高校生活だったが、一つのニュースで彼の学生生活は闘いの日々へと変わっていく。


 「高校生活なんて一瞬じゃないか。青春?それは一部の大人たちの思い出語りの真骨頂にすぎないだろ。部活も恋も勉強もクソくらいだ。」


 今日も内心冷めた気持ちを抱えたまま、朱雀は、大都会の人波をかき分け、彼が通う私立帝都高校へと向かう。これもまた、毎日代わり映えのしない光景の一つにすぎない。


 朝のホームルームに余裕で間に合う。二十分も前に教室に入る。前から三番目、窓際の席が朱雀の高校生活の指定席である。黒髪を少しかき分けながら、朱雀は席に座る癖があるのだが、何か異変を感じる。それが何なのかは分からない。


 「今日のこのなんとも言えない違和感はなんだ?」


 心の中で自問自答をしても、もちろん答えは出てこない。教室にはまだ、生徒は三、四人しかおらず、蒼井朱雀ほど空気と化している青年はいない。皆、友達と話せる高校の朝を、くだらない話をしながら過ごしている日常しか目に映らないのだが・・・


 少しばかりのなんとも言えない違和感を抱えながら座席に朱雀が腰を掛けた瞬間のことだった。全校生徒向けの放送から、生活指導の鈴木の声が聞こえる。なんかかっこつけて、威厳を出したい四十前後の男の声が、心なしか緊張感をまとって発せられた。


 「一年四組の生徒は、至急、教室に入るように。繰り返す、一年四組の生徒は至急、教室に入りなさい。」


 「まだホームルームまで何分あるんだ?めんどくせーな。」

と内心思いつつ、席で待つことにした。


五分ほど経つ頃には、朝早くから登校していた生徒たちが教室に集まる。部活の朝練に出席していた生徒くらいしかまともに登校していない。皆、一様に部活のユニフォームを着ている。


 着席した生徒の口々から、

 「何事なのか?まためんどくさいお説教なのか?」

という声が聞こえるのは自然の流れだろう。


 待たされること三十分。とっくにホームルームの時間を過ぎている。教室の時計を確認すること三回目。やっと担任の小畑嬢が教室に入ってきた。ロングヘア—に少しばかり茶色をさしたヘアーを緩く巻いて、比較的ボディーラインを強調した赤のスーツばかり着るキャバクラ嬢のような風貌。どっかの店で副業でもやってんのかと噂されるこの女教師は、いつになく真剣な表情で高校生のクソガキが集まる部屋に入り込んできた。


 「話があるの。静かにしなさい。出席は省くわよ。今から、みんなに質問があります。」


 「質問って何ですか?合コンでも開いてくれるの?夜の日程ですか?先生。」


などと、やんちゃな男子が茶化す姿に辟易した表情を向けるクラスの女子たちだが、小畑嬢はそんなヤジを無視し、話を続ける。


 「誰か相沢さんの居場所を知っている人はいない?」


 小畑嬢の口から出たその名前はとてもよく知る人物のものであった。相沢かおり。俺の幼馴染にして腐れ縁の女の名前が出たことで、心なしか動揺している自分がいるのを知る。


 「相沢さん?知らねーよ!男と遊びに行ってんじゃないの?」


 「ほんと、このクラスの男子って最低。マジでないわ。」


 「お前みたいなブスに言われても。なんも思わねーし。」


 「失せろ単小野郎!今すぐ死ね!」


 クラスのやんちゃ男子と血の気の多い女子たちとの訳の分からんやりとりが、いつも通りの学校生活なのだが。相沢が誰にも何も言わず学校を欠席するなんて、十七年の人生で一度もなかったはずである。


 「相沢は誰にも何も告げず、サボるようなやつじゃない。」


 つい朱雀は独り言のように言ったつもりだったが、クラス中に聞こえてしまったようだ。


 「蒼井くんは相沢さんと仲よかったわよね?どこか心当たりはないの?メールとか電話とかきてない?」


 「まったく。そんなものはきていません。」


 「そう。手がかりなしなのね。分かりました。誰か相沢さんから連絡があったら、すぐに私に知らせなさい。分かった?」


 クラス中の生徒が頷く中で、朱雀は相沢の奇妙な欠席が気になってしまった。


 ホームルームが終わり、一時間目が始まろうとしたころ。朱雀は気が気でなく、トイレに行くふりをして、相沢の両親にメールを送る。相沢の両親から着信が入ったのはすぐだった。


 「もしもし?かおりのお母さんですか?」


 「朱雀君。メールが着たってことは、先生から話があったのね。学校に連絡したのは理由があるの。朱雀君には知らせてもよいかな。聞いてくれる?」


「はい。教えてください。何があったのですか?」


「実はアンダーなる組織の人間から、かおりは留学を勧められていたの。半年くらい前からかな。留学先はアンダーという施設とだけ知らされていたんだけど。ネットで検索しても、全く詳細な情報がなくて。いたずらかなと思ってたんだけど。それから一週間後に、私の口座に一千万円もの大金が入金されていて。留学資金にって、施設の人たちから連絡が来て。どうしたものかと思っていたのよ。気味悪いし。そしたら、今日、朝、かおりを起こそうと部屋に行ったら、かおりがいなくて。それで、私もパニックになってしまって。それで、学校や警察に連絡して今に至るのよ。朱雀君のところにも連絡がないなんて。絶対、あいつらがかおりを連れ去ったに違いないわよね!」


「まだ、決まったわけではないですが。俺もそのアンダーなる施設についていろいろ探りを入れてみます。」


 「ありがとう。助かるわ。何か分かったら、すぐに教えてちょうだい。よろしくね。」


 そう残して。かおりのお母さんからの電話は切れてしまった。


 「これはもう授業どころではないな。」


 そう思い、学校をバックれて、情報収拾しに行くことに朱雀は決めたのである。


 学校の裏門の施錠はあまりきっちりしていないことは全校生徒の周知の事実だった。


 簡単に施錠を解除して、学校の外に俺は飛び出していくことに成功した。


 誰に情報を聞いたら良いか、あれこれ思案しながら、とりあえず、アンダーなる施設について知っていそうな人たちが集まりそうな街に行かねばならないと考えた。


 田町から山手線に乗り、向かうは若者の首都渋谷。渋谷に行けば、日本のトレンドが分かる。今流行りのファッションや音楽、プレイスポット。アイドルなどなど。今の日本の最先端を行く街が渋谷である。山手線から飛び出し、駅のホームの階段を上りながら、すれ違うピンク色の女の子の化粧のノリが悪く、背伸びしている感じが何かおかしかった。こいつも学校に行っていないのかとツッコミを入れながら、改札口を目指した。


 人一人通るのがやっとな改札を通り抜けると、目の前に世界一有名なスクランブル交差点が目に入る。ビデオカメラや自撮りカメラでスクランブル交差点を通る自分や他人の姿を写す外国人旅行客ばかり、午前中の渋谷に現れている。この中に、アンダーなる施設を知っている人がいるか分からなかったが、多分、あそこに行けば、というあてがないわけではなかった。


 スクランブル交差点も特に苦にせず、人とぶつからずに疾走している自分は、今を生きる若者なのだと実感できる瞬間だ。しかし、眼前に現れたセンター街の奥に目指すべき場所があると思うと、心なしか慌てている自分がいた。


「俺の中でかおりの存在ってそんなに大きいのか?」


 幼馴染が故に考えたこともなかった。毎日顔を合わせている異性がいるというのは、とても貴重なわけだが、ここまで日常の一部にかおりがいたのかと思うと。その日常がないだけで不安が増すことを改めて知ることになった。


「あいつはいったい、どこで何してるんだ?」


ますます、疑問は膨れていくだけである。センター街と書かれた看板の下を通り。まっすぐ道なりに朱雀は走っていく。流行りのファストファッションの店はまだ開店時間ではない。ショーウィンドウにこれでもかと誰かのオススメの服や鞄が置いてある。普段なら気にも留めない光景だが、どこかに何かしら、かおりの居場所のヒントがないかと思ってみてしまう。果たして、渋谷に行けば何かわかるという朱雀の勘は当たっているのだろうか。


 センター街の奥にある雑貨屋が目的地である。渋谷のど真ん中に、日本のコアな、一体ファンが何人くらいいるのか分からないような小物ばかり扱う変な店。そこにいる人たちが相当ぶっ飛んでいるという噂がクラスの女子たちの会話でなされていたのを思い出し、朱雀は向かっている。女子たちの噂だけが根拠というわけではなく、どうもその雑貨屋には、「異質な何か」をとても高く買い取っているらしいということを言っていたのを思い出したからである。


 「あいつらなら、何かしら、今の日本の訳の分からない事件や話でもヒントくらいは聞けるのでは。」


 と、淡すぎる期待を持って、朱雀は進んでいるだけなのだが、果たして。

 

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