第十六話 『火炎の魔女』③

 エイダンと長い道を走っていると、町の出口が見えた。

 そこに人は一人もいない。いくら田舎町と言えど、こんなことは滅多にない。私のせいだろうか。

 あと一歩で町を出るというところで、パッとエイダンの手を離した。


「エイダン、ここまでだ」

「え?」

「この先は私一人で行く。お前はこの町で生きていくんだ。お前が生きていくべき場所は、ここだ」

「そ、そんな……」


 手のひらを空に向ける。すると、箒が一人でに手の上に落ちてきた。

 寂しそうな顔をしているエイダンの頭を優しく撫でる。


「オレ、サファイアを守れなかった。結局守ってもらってばかりで……このままさようならなんて嫌だ」

「いいや、確かにお前は私を守ってくれたよ。私の心を、お前は救ってくれた」


 エイダンのおかげで……私はこの人生を、否定ばかりしなくてもいいと思えたのだから。


 君と出会えて、良かった。



「チッ、うぜぇ……やれ、スピカ」

「う、うん!」


 ヒュッ、と後ろで音がした。嫌な予感がして、背中に魔力を纏って防衛魔法を使用する。

 それは、何の変哲へんてつもない一本の矢。

 だがその矢は、私の防衛魔法を貫こうと食い込む。このままでは背中に矢が刺さってしまう。

 より魔力を込めて防衛魔法を強化すると、なんとか矢を弾くことができた。


「誰だ!」


 エイダンが私の陰に隠れる。私の防衛魔法をつらぬくほどの矢ということは、きっと矢に魔力が込められていたからだ。だから、この攻撃は人間ではない。

 後ろを向いて、上を見上げる。すると、二人分の人影が見えた。


「……なるほど、またお迎えが来たか」

「ハハッ、よく分かってんじゃねェかよ」

「も、もうアンタの好き勝手にはさせへんで……!」


 金髪にオールバック、目は細く鋭い青年は筋肉が服の上からもはっきりしていた。彼は良く見た顔で、昔に話したことがあった。


 もう一人はくすんだ緑色のボブに、くりくりの目を持つ少女。大きなリボンを頭に付けている。彼女は見たことのない顔だった。手にはアーチェリーを持っている。先程矢を射ったのは彼女だろう。


 二人が魔女騎士団の団員ということは容易に分かった。双方戦い慣れしている目だ。少女はやけにおどおどしているが。


「イ、イクス、作戦通りやん! ぜーんぶ上手くいってる、すごいわ……!」

「作戦通り?」


「町の被害を抑え、『犠牲の魔女』を殺すことがオレ達の目的。お前が魔女だって噂を広げたり、ここの人を追っ払ったり……あー、めんどくさかったぜ。だがベディヴィアの言うことは守らねェとな」


「なるほど、全てお前が仕組んだのか。だがそんなことをしていていいのか? お前達の望みは『救済の魔女』だろう」

「白々しいぜ、そういうところが大っ嫌いなんだ。お前なら分かるだろ? なぜオレがお前に執着するのかよ」

「……ああ、そうだな。私を殺したくて仕方がなさそうだ」

「ずっとお前が恨めしかった。お前がのうのうと生きてると考えただけで虫唾むしずが走る!」


 ぶわり、と彼は両手の拳に炎を纏った。まるで私に対しての怒りをそのまま表現しているかのように、炎はメラメラと燃え盛った。

 そしてイクスは私を見下しながら静かに、冷たい声で言った。


「よくも、オレの女を殺したな」


「エイダン、逃げろ! 遠くへ!」

「えっ⁉」


 男は纏った炎をこちら目掛けて投げてきた。エイダンに逃げろと言ったが、彼は動かなかった。いや、突然のことで動けなかった、の方が正しいかもしれない。

 私はエイダンを抱きかかえて走った。

 あいつが投げた炎の塊は、草木が生えているこの場所には危険すぎる。


 私の魔力弾はあれを弾くことはできても、消すことはできない。下手に抵抗すると、別の場所に引火する可能性もある。

 それが、『火炎の魔女』の厄介な能力……というのも、私が昔こいつに殺されそうになったことがあったからだ。


「あ、あんな小さな男の子を巻き込んでいいん⁉」

「ああ、あいつと一緒に居るということは味方なんだろ? どうせ邪魔になる。罪人を庇うのもまた罪なんだ、ベディヴィアは許してくれるぜ! いや、許してくれねェのならオレは騎士団をやめる」

「こ、怖いこと言うんやないって……」


 しばらく走ってさっきまでいた場所を見ると、そこはもう炎の海だった。エイダンを下ろし、目を見て語りかける。


「振り返らずに、前だけを見て走れ。お前の家族がいる場所まで」

「でも……」

「もう大丈夫だ、私は強い。あんな奴らに負けはしない」


 エイダンは黙ってうつむく。ぽんと肩を叩いた後、私は二人の魔女がいる場所に戻った。

 後ろでエイダンが遠くに走る音が聞こえた。私の言う通りにしてくれたのだろう。素直で、本当にいい子だ。そんなところが大好きだった。


 歩いた先で炎がチリチリ、と草木を燃やしていて熱い。それは今にも町の大きな看板に引火しそうだ。


「私は強い……か。また、嘘を吐いてしまったな」

「戻ってきたか、それは都合がいいぜ。心置きなくお前をブチのめせるからなァ!」

「こっちは二人やで……相手すんのは無謀むぼうってモンやろ?」

「二人だろうが一人だろうが、私はもう抵抗する気はない」

「は?」


 二人は予想外の発言に、眉をひそめて首を傾げた。少女は目をぱちくりさせている。


「私は自分の罪を認める、どんな罰でも受ける……この通りだ」


 膝をついて、箒を遠くに投げる。

 すると、イクスは気に食わなそうに舌打ちをした。


「ふざけんな、バカにすんじゃねェ!」


 ガン、とイクスは町の看板を蹴り飛ばす。看板は壊れ、遠くへ飛んで行った。そして私の目の前に降りる。そして、雑に私の前髪を掴んだ。


「オレはなァ、お前が苦しむ姿を見ねェと気が済まねぇんだよ!」


 そして、顔面を蹴り飛ばした。

 衝撃で意識が飛びかける。ばたりと地面に顔が着くと、彼はそれを思いっきり踏みつぶした。


「お前がやめてください、って泣き叫ぶまで、絶対に殺さねェ」

「……ッ」

「でもお前自身に何をしたって、オレの望む言葉は聞けなさそうだな?」


 そう言って、イクスは私から視線を離した。彼の視線の先は……エイダンが逃げた道。


「待て、エイダンには手を出すな!」

「ビンゴだなァ! おい、スピカ! こいつを抑えておけ!」

「オ、オッケーやで!」


 背中に、小さな体が勢いよく落ちてくる。完治していない傷がズキズキと痛む。このままでは傷が開いてしまう。


「そいつに釘を刺しとけよ、絶対に邪魔させるんじゃねェ」

「ま、任しとき……!」


 少女をどかそうともがく。すると手首を掴まれ、手の甲に矢を刺された。矢は手を貫通し、地面にしっかりと差し込まれた。


「あ、暴れんといてな、うち非力やから……!」

「くそ……!」


 遠ざかるイクスの背中に手を伸ばすが、それは届くことなく地に落ちた。









「あいつ、足遅いなァ? 歩いてでも追いつけそうだ」


 遠くに人影が見えた。だがどうも様子がおかしい。人影はそこから動いていない。

 なぜなのか分かった時には、オレの足が止まっていた。


「人助けをしろと? それで、私に何の利益があるのです?」

「頼む、オレにできることならなんでもするから……だから……」

「では、あなたの命をいただいても?」

「……い、いいよ。いいからサファイアを助けてくれ!」

「ふふ、なかなか勇気があるのですね。私、そういう方は好きですわ」


 彼女が口に手を当て笑うと、ばさりと長く白い睫毛まつげが瞳を覆った。それが開かれた時、視線はこちらに向かれていた。

 肩がぞく、と震える。

 あいつは『犠牲の魔女』より危険な存在。数えきれないほどの魔女を虐殺し、血を浴びている。


「サファイア様のところへ行くので、退いてくれませんか?」

「誰が通すか、イカレ野郎」

「ふふ、そうですか」


 彼女はエイダンという名の少年を後ろに下がらせ、手を横に伸ばす。すると、成人男性が両手で持つ、背丈くらいの長さの大剣が現れた。彼女は軽々しく、それを片手で持つ。


「では、嫌と言う程にもてあそんであげましょう」


 彼女は気持ち悪いくらいに一定した表情のまま、姿勢を低くして地面を踏み込んだ。

 風のような速さで間合いに入られ、反応が遅れる。


 振られた大剣を防衛魔法を用いて防いだが、重さに耐えられずに体が吹き飛んだ。

 勢いよく地面に体を打ちたが、痛みに耐えて上半身を起こす。

 周りを見ると、ここはさっきスピカがいた場所から近い。砂埃で周りが見えないが、声は聞こえるだろうと大声で呼びかけた。


「スピカ!」

「イクス、なんでここにおるん⁉」

「そのままでいい、お前のアーチェリーで『あいつ』の邪魔をしてくれ!」

「今すぐ、離せ……!」

「ち、ちょっと無理あるわ……! こっちも必死やねん、でも『あいつ』って一体……」


 砂埃が収まると、彼女は姿を現した。ゆっくり、歩いてこちらに向かってくる。

 『犠牲の魔女』、そしてスピカにもその姿が見えたようだ。


「あいつは、エルカビダにいた……」

「『紅血こうけつの魔女』⁉」

「油断したな!」

「いたっ!?」


 スピカは隙を突かれ、サファイアの上からどけられていた。スピカは地面に転がったが、すぐに体を起こした。


「チッ、最悪だな……! だがいいじゃねェかよ。『紅血の魔女』、お前からぶっとばしてやる」


 手から全身へ、炎を纏う。

 『犠牲の魔女』の戦闘力は分からないが、少なくとも『紅血の魔女』は騎士団の先輩にも手に負えなかった。

 最悪の相手であったが、オレは引き下がらない。


 ようやく見つけた、自分の愛する人を殺した魔女を放置することはできないのだ。

 彼女がいなくなってから、オレの心には後悔と喪失感がこびりついていた。それは一瞬たりとも消えてはくれない。


「イクス、このマフラーをサファイアにあげようと思うの!」


 ディアナはサファイアを想って、とても嬉しそうにマフラーを編んでいた。サファイアのことを話すときに、キラキラと輝くような笑顔を見せてくれた。それを踏みにじった『犠牲の魔女』に殺意が沸く。



 必ず、オレは『犠牲の魔女』に復讐する。



 例え、この選択が最悪の『運命』を招くとしても。

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魔女のオルガン @kasyokuyuki

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