第十五章 『火炎の魔女』②
魔女の
誰かに私を止めて欲しかった。更に罪を重ねてしまう前に、私を討って欲しかった。
だが私は生きている。また、私は命を奪ってしまったのだろうか。
目を開けるのが怖い。
もうずっと、このまま目を開けずに眠り続けたい。
現実から逃げようとした私に、懐かしい声が話しかけた。
「サファイア」
ハッとして、目を開けた。
すると、目の前には涙で
「! 目が覚めたのか、サファイア!」
「エイダン……」
「良かったぁ、良かった……!」
エイダンは怪我人である私に、何の
腕や腹、胸が鋭く痛み、表情が歪んだ。
すると、部屋の扉から白衣を着た男性が入ってきた。
「やめなさい、エイダン君。彼女は重傷を負っているんだ」
「確かに痛そうだな、ごめん!」
エイダンがパッと手を放す。彼の行動全てがとても愛おしく、懐かしい気がした。
私は小さな部屋の、白いベッドの上にいた。エイダンや医師がいるということは、ここはルーデンベルクの病院だろう。
「サファイア、二日間もずっと眠っていたんだぞ! すっげー心配したんだからな!」
「一体、誰に何をされたのですか?」
『旋律の魔女』と戦った記憶は断片的に残っている。私を覆った黒い魔力、無数に飛んできた『旋律の魔女』の魔力弾。
そして、私の胸を貫いたレイピアの刃。いくら治癒が早い魔女とは言え、まだ傷は完治していないようだ。
「すまない、この話はしたくない。これは私の問題、君たちには関係ない」
「そうですか……」
「世話になった。私は用があるからな、そろそろお邪魔するよ」
ベッドから立ち上がると、右端の棚が見えていなかったようで、それの角に右半身を思い切りぶつけた。
「サファイア、無理をしちゃだめだ! まだ安静にするんだ!」
「……」
「私は大丈夫だ」
よろめいた足を力強く踏み込むと、私は部屋を出た。
そう、私は確かめなければならない。『旋律の魔女』、ミィナ、サナエの無事を。
もし一人でも命を奪ってしまったなら、私は……
急いでエイダンと医師の横を通り抜け、病室から出た。
「なんだ? 右の視界が、狭い……」
右に垂れた前髪を上げて、お手洗い前にある鏡を覗く。
急いでいた足が止まった。
「これは……⁉」
鏡に映った私の右目は、本来白目であった部分が黒く染まっていた。黒目の部分は血のような赤へと変色していて、それを見ると激しい嫌悪感に襲われた。
「……魔女の墜落、その代償か」
魔女の目と魔力回路は大きく関わっている。私は魔女の墜落で魔力を暴走させ、片目の魔力回路を壊してしまったようだ。
そのために片目が変色し、見えなくなったのだ。
「
自分のことを
だが、左目には異常がなかった。左目の魔力回路が無事なら、まだ魔力を使うことができる。不幸中の幸いというものだろう。ディアナがくれた魔力が無駄になるような事態は避けられたようだ。
きっと次同じ状況になれば、私の魔力回路は完全に破壊される。
「感情的になったって、もうディアナは帰ってこない。分かっているのに、どうしてあんなことを……!」
私は素直に罰を受けるべきだったのかもしれない。抵抗せず、自分の罪を認めるべきだった。
後悔と自責の念が、再び強く胸を締め付けた。
「おーい、マフラーを忘れてるぞ~!」
サファイアはいつも着けているマフラーを置いて、部屋から出て行ってしまった。彼女を追いかけようとマフラーを手にすると、医者に呼び止められた。
「エイダン、もうサファイアとは関わるんじゃない」
「え、なんでだよ」
「あれは人間じゃない……あんな傷を受けて生きてられるのは、人間じゃない! 最近子どもたちが噂している、魔女なのかもしれない」
「そんな訳ないだろ⁉ サファイアは優しくてかっこよくて……魔女なわけない!」
「取り敢えず、君の安全のためにも彼女にはもう近づかせない!」
医者に手を掴まれる。成人男性だからか力は強く、腕が痛んだ。
サファイアが魔女?
そんなこと、信じられるわけない。
魔女と言うのは物語でいつも悪さをして、人を不幸にする存在だ。
だが、サファイアはどうだ?
彼女はいつもオレと遊んで、楽しい時間をくれる。
あの時も……命を懸けて助けてくれた。
家が炎に囲まれ、一人残された時。街の人の叫び声と家族の叫び声を鮮明に覚えている。
でも誰も、助けに来ようとしなかった。生きる気力を失くしてその場にへたり込むと、上から家を構成していた木材が落ちてきた。
「見つけた、今助ける!」
そんな絶望的状況から、サファイアは助けてくれたんだ。
サファイアが本当に魔女なら、オレを助けるなんてことをきっとしないと信じ込んでいた。
でも……
サファイアがオレを家に送った後、すぐに消えてしまうことも、彼女が魔女の話をしたがらないことも。
あの時、落ちてきた木材が突然粉々になったことも。
全部……魔女だからなのか?
嫌だ、サファイアを疑うなんてことはしたくない。
頭をぶんぶんと振って、サファイアへの疑心を取り払う。
「サファイアからの口からちゃんと聞くまで、オレは信じない!」
医者の手を振り解き、病院の廊下を全速力で駆け抜けた。
すると、どこからか声が聞こえた。聞いたことのない声だが、それはとても優しかった。
「あなたしかいない、お願い。サファイアを……」
その先に続く言葉には驚いたが、首を大きく縦に振って頷く。
「分かった、オレも同じ気持ちだ!」
前へ前へと足を出し、病院のエントランスに向かって走り続けた。
病院の外に出ると、たくさんの町の人々が病院の前で待ち構えていた。その中に、子守をよく頼んできていたばあさんもいた。ばあさんは私を、おぞましいもののような目で見ている。
「サファイア、あんた……魔女だったのか」
「ばあさん……? 一体何を」
「あんな重傷だったのにもう歩けるんだ。証明はされたな!」
「魔女狩りだ、魔女は我々を殺すだろう。その前に仕留めるんだ!」
「一体、何の冗談だ……?」
よく見ると、みんな手に銃や鎌、包丁などの凶器を持っていた。
瞬きをした隙に、前方からナイフが飛んでくる。
シュッ、と頬を
「魔女を捕らえろ!」
群衆が一気に私を襲う。
その光景は、魔女騎士団に追われていた時とそっくりだった。
ただその場所で棒立ちをして、その光景を見ていた。
これはきっと、天罰。
私には抗う資格もない。
彼らの攻撃を甘んじて受け入れようと、目を瞑る。
「やめろーっ!」
突然の大声にびっくりして目を開ける。すると、エイダンが私を
だが、勢いよく突進してくる群衆は止まらない。このままだと、エイダンも私も串刺しにされてしまう。
エイダンを後ろに引き、魔力を纏った片手を大きく横に振った。
「わっ!」
「うわぁぁぁぁ!」
群衆は吹き飛ばされ、転倒する。
その隙にエイダンの手を引いて逃げる。私の飛行魔法で飛べるのは私だけ。エイダンを置いて行くのは少しリスクがあった。
民家と民家の間に体を滑り込ませ、エイダンと向き合った。
「はぁ、はぁ……サファイア、大丈夫か⁉」
「この馬鹿野郎!
エイダンは自分が危なかったことより、私の身を心配した。私にはそれが許せなくて、肩を掴んで怒鳴った。
「どうして、怒るんだよ」
「お前には傷ついて欲しくない。いいか、私に味方をするな。町の人達と一緒にいるんだ」
「サファイア……お前は魔女、なのか?」
エイダンが私に味方をすれば、飛び火が彼に行きかねない。ならば、ここらで縁を切らせるのが得策だろう。
「そうだ、私は魔女。お前たちの敵だ」
「……そう、だよな」
「え?」
「家が火事になった時も、さっきも……その海碧色の光が、オレを救ってくれたんだ」
火事とは、私たちが初めて会った時のことだろう。火事の中取り残されたエイダンを、確かに私は魔力を使って助けた。
それにしても、エイダンは意外と冷静だ。全く動じず、更には私が魔女であることを知っていたかのような口ぶりだ。
「分かっているなら、尚更早く私から離れるべきだろう。私はお前達の命を
「それが嘘だってことくらい分かってるんだよ! サファイアはそんなことしない!」
その言葉に、強く心打たれる。根拠もないのに、なぜ胸を張ってそんなことが言えるのか不思議で仕方なかった。
私を信じてくれていることが、心から嬉しかった。
だが、私はエイダンの言うような善良な人間じゃない。
「私は魔界で魔女を殺した。私はお前が思っているよりずっと極悪人なんだよ」
エイダンの首に、人差し指を突き立てる。心が痛いが、こうするしかない。私がこうすることで、エイダンが町の人々に傷つけられなくなるなら容易い。
「私はいつでもこの首を飛ばせるぞ? 嫌なら逃げろ、今すぐに」
「そうやって、また一人になろうとするんだろ」
エイダンの首元にある手が掴まれる。オレは、と彼の口から言葉が溢れる。
「サファイアを守るために、ここにいるんだ」
いつからそんなことが言えるようになったのだろう。成長したな、なんて思考で色んな思いを掻き消す。
本当は、今にも涙がでそうだった。
私を信じてくれる、そんな夢のような存在はいつも遠かったのに。
今は目の前に、いるんだ。
「ありがとう」
「よし、じゃあこの町から一緒に逃げよう!」
「待て、お前は……」
「あ。サファイア、さっきマフラー忘れてたぞ!」
「あ、ありがとう。助かったがお前、話を聞く気ないな?」
割り込むように言われ、マフラーを渡される。どうやら病院に置いてきていたようだ。
溜息を吐き、エイダンのされるがまま引っ張られる。
「いたぞ、魔女とあれは……エイダン⁉」
堂々と町に出たせいで、すぐに見つかった。エイダンは私の前に立ち、町の人々に説得を
「みんな、聞いてくれ! サファイアは……もごっ⁉」
「エイダンは人質だ。それ以上近づけば命の保障はないぞ」
「こいつ……!」
急いでエイダンの口を塞ぎ、なんとかエイダンに被害が無いように努力した。人質とは我ながら賢いことを言ったと思う。しかし、エイダンは不満気に頬を膨らませていた。
今度は私がエイダンの手を引いて走る。町人達は後ろで私を外道、ろくでなしと
でも、もう傷つきはしなかった。私を信じてくれる人がすぐ側にいる、それだけで十分だった。ぎゅっと握る手は温かく、まるでディアナと過ごした昔に戻ったようだ。こんな状態だというのに、私はどこか嬉しくて笑みが絶えなかった。
ふと、エイダンと目が合った。
彼も柔らかい笑みを浮かべているのを見て、さっきより強く手を握った。
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