第十四章 『火炎の魔女』①

 強い日差しが窓から入ってきて、あたしは目を覚ました。

 負傷したライウェさんにベッドを使わせているので、あたしとミィナちゃんはソファで座って寝た。そのせいですごく腰がすごく痛い。

 寝ぼけながらミィナちゃんを探していると、彼女はトレイに朝ご飯と包帯、そして消毒液を乗せて部屋に入ってきた。


「サナエ、おはよう」

「ミィナちゃん! おはようございますッス」


 その後、マクスおじさんも部屋に入ってきた。


「ミィナ、本当に病院へ連れて行かなくてもいいのか?」

「うん! すぐに治ると思うし、ちょっと事情があるから」

「どんな事情なんだ。そいつのせいでお前たちが危険な目に遭ったりはしないのか?」


 マクスおじさんはあたしたちを疑うというより、心配をしてくれているようだ。

 優しい人なんだなぁ、とホッとする。


「もちろん大丈夫。目を覚ましたらすぐに出て行くと思うから!」


 マクスおじさんはそうか、と納得するとあたしに視線を向けた。


「サナエ、目が覚めたか。おはよう」

「おはようございますッス!」

「じゃあ仕事に行ってくるから、今日もお留守番るすばん頼んだぞ。今日は美味しいステーキを作ってやるからな」


 あたしとミィナちゃんはやったーと声を上げて喜んだ。

 それを見て幸せそうに笑うと、マクスおじさんは部屋を出ていった。

 美味しい料理を料理が上手なマクスおじさんが作るのだ。想像しただけでも涎が垂れる。


「よーし! ライウェの怪我を治すの、一緒に頑張ろうね!」


 ミィナちゃんは笑顔でそういうと、あたしにパンとホットミルクを渡してくれた。


「えぇと、包帯の付け替えと傷口の消毒……やらなきゃいけないことがたくさんだね!」


 よーし、とミィナちゃんは袖をまくる。

 そして少しだけ沈黙が訪れると、彼女から口を開いた。


「……どうしてわたしを止めたの、サナエ」

「えっ」


 止めた、というのは昨日のことだ。

 あたしは、サファイアさんを酷い目にわせようとしたミィナちゃんを止めてしまった。


「サファイアはわたしたちの居場所なんてすぐに把握できる。あそこで息の根を止めておかなかったから、これからわたしたちは殺されるかもしれないんだよ」


 ミィナちゃんは床を見つめてそう言った。全くあたしと目を合わせてくれない。


「そ、そんなこと、サファイアさんはしないと思うッス」

「何を根拠に?」


 そんなの、分からないけれど。

 でもあたしの相談を親身になって聞いてくれたサファイアさんが、そんなことするとは思えなかった。

 いや、思いたくなかった。


「……あたしは、サファイアさんを信じてるッス」

「そう」


 あのね、とミィナちゃんは言葉を続けた。


「良いことを他人にしても、それが自分に返ってくることはない。それがこの世界の真実なんだよ」


 その言葉は子どもの言葉とは思えないほどに重く、深かった。


「で、でも! あたしはあたしがどんな目に遭おうと、正しいことをしたいッス!」


 そう言い返すと、ミィナちゃんは少し呆れながらも柔らかい笑みを見せてくれた。


「なんだかサナエらしいね。わたし、サナエのそんなところも好きだよ。だから、絶対何があっても守ってあげるね」


 ミィナちゃんはあたしの顔を見て微笑ほほえんだ。

 お姉ちゃんのあたしが言うべきことを、子どものミィナちゃんに言われるなんて。


「あ、あたしだって自分の身くらい自分で守れるッスよ!」


 口をとがらせてそういうと、ミィナちゃんもあたしもぷっと笑いが込み上げた。

 お互い一人では何もできないのにね、って。


「わたし、実はライウェのこと知ってたの」

「え⁉︎」


 ミィナちゃんは自分の手をきゅ、と握って話し始めた。彼女自身の話を聞けるのは珍しく、興味が湧いた。


「ライウェはね、わたしのおとうさんのおともだち。ライウェはきっと覚えてないけど、わたしたちは一回会ったことがあるの」

「そうだったんスか!」

「本当はあんまり好きじゃなかった。わたしのことすっごく子ども扱いするし。でも、ちゃんとわたしたちを守ろうとするところは……おとうさんにちょっぴり似てるなって思ったよ」


 ミィナちゃんは懐かしそうに思いをせた。どこか温かな笑顔を浮かべながら、丁寧ていねいにライウェさんの傷を消毒していく。


「ミィナちゃんのパパさんって、どんな人だったんスか?」

「すごく優しかった。わたしをいーっぱい甘やかして、いつもおかあさんに怒られてた。でも家族に危険があったら一番に動いて、すごーく心配してくれたんだ!」


 ミィナちゃんはそう言って遠くを見つめると、幸せそうに笑った。


「本当に、大好きだった」


 ミィナちゃんは悲しそうに、そう言った。


「ミィナちゃん……」


 あたしはミィナちゃんの側に行って、彼女を抱きしめる。


「サナエ?」

「あたし、バカだから何があったかは分からないんスけど、ミィナちゃんが辛そうなのは分かるッス」

「……」


 彼女はされるがままで力が抜けていて、まるで人形のようだった。


「もう、帰ってこないの。わたしがどれだけ頑張っても、何をしても……」

 

 次の瞬間、ピクッとライウェさんの指が動いた。


「ライウェ!」

「すま、ない……」


 ライウェさんが夢にうなされながら、何かに謝罪している。


「全ては、私のせいだ……ハミル」


 ハミルという名前に、ミィナちゃんは反応した。


「……早く目を覚まして。そしてあいつの居場所を早く教えて」


 そう睨みつけるように言って、彼女は再び傷の消毒を再開したのだった。

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