第十三話 『旋律の魔女』②

 ミィナの声を聞いてしっかり前を見ると、魔力弾が飛んできていた。

 咄嗟に身を左方向に捻じり、なんとか攻撃をかわす。


「くっ……怪物のようだな! いや、もう自我を失い過ぎて生き物ですらないか?」


 苦笑いしながらそう言う。掠った右肩は肉がえぐれていた。骨の損傷がないのが唯一の救いだ。

 能力を乗せない普通の魔力弾は斬撃ではなく打撃になる。だがこの魔女の魔力弾は重い、まるで鉄球が銃弾のように飛んでくる。


 すると、またしても『犠牲の魔女』は動きを見せた。再び目線をこちらに向けて、赤い瞳を光らせた。またしても魔力が八方に爆散する。先程と違うのは、そのうちの一部が的確に私を狙ってきたことだ。それは瞬きをする間にこちらに来た。


 実戦経験で培った反射神経で魔力弾と魔力弾の間に体を滑りこませる。肩や腕、頬を掠っているようだが、痛みを感じている暇はなく、どれだけ避けて対応してもその攻撃は終わらない。


 集中しなければ。

 瞬きさえ許されない!


 やがて、体力や反射反応に現界が来た。鼻の先に魔力弾が迫る。私はレイピアを勢いよく振り、それを切り裂いた。二つに裂けたそれは後ろの壁に勢いよくっぶつかり、破裂する。レイピアが少し溶けてしまった。分かっていたが、この方法は多用できない。


「部屋の修理を、早く、早く……!」


 固有結界の主、ミィナも限界間近で固有結界の維持も精一杯のようだ。早く私があいつを仕留めなければ。

 弾幕のような魔力弾の攻撃に終わりが見えたとき、ふとおかしな方向に向かう魔力弾が視界の端に映った。その先は……


「ミィナ、伏せろ!」

「えっ」


 あの魔力弾はミィナを狙ったものだ。それに気づき彼女の方を見ると。彼女の前には十数個の魔力弾があった。


 ミィナは怯えながらも、頭を押さえてしゃがみ込む。私は急いでレイピアを構え、素早く多く魔力を込める。鋭い高音と共にそれを放つと、なんとか魔力弾の軌道きどうを逸らすことができた。


 ミィナはなんとか傷一つなく無事だったが、彼女の周りの壁は砕け、穴ができていた。強力な魔力攻撃を受け続けた『物語の世界』が壊れ始めている。

 だが、私の体力も底なしではない。魔術の使用には慣れているものの、ここまで苦戦したのは初めてだった。元から長期戦が苦手で、そんな時は仲間たちがサポートしてくれていた。


 どうやって、『物語の世界』が崩壊する前にあの怪物を仕留める?


 『犠牲の魔女』に自分の攻撃は一発も通っていなかった。刃物のように鋭い魔力弾が、全て膨大な魔力に防がれあわく消えていた。

 それなのに、相手の攻撃は避けきれない。一発が重すぎる上に、数が尋常じんじょうじゃない。唯一勝っている点は魔力弾を飛ばす速度だが、それも生産性の差で帳消しにされる。


 こんな状況は笑うしかなかった。勝ち目なんてあるわけがない。

 自分が何か悪い夢を見ているのではないかと疑った。

 だがこれは紛れもない現実だ。

 顔を上げて相手の姿をよく見る。『それ』はこちらを鋭く睨みつけると、一瞬で姿を消した。


「ライウェ、上!」


 上から強力な魔力の気配。見上げると、頭上に『犠牲の魔女』の顔があった。『それ』は素早い動きで私の顔面に拳を叩きつける。


 なんとか魔力を纏った両手で受け止めたが、その拳から黒い魔力が溢れだした。それは服の袖を溶かして皮膚に到達すると、火傷のような痛みが走った。


 肉が焼ける臭いが漂う。焼けているのが自分の腕の肉だなんて、信じたくなかった。


「その態勢で魔力弾を出すとは、滅茶苦茶だな……っ!」


 そう言いながら、自分のレイピアを見る。それは、『犠牲の魔女』の喉の近くにある。

 ならば、とレイピアの先に魔力を先程より多く込める。『それ』の喉めがけて魔力を宿したレイピアを振ると、耳鳴りのような高い音が鳴った。


「!」


 『犠牲の魔女』はバック転で後ろに下がったが、腕に当たったようだ。血が噴き出ている。

 しかし、『それ』は狼狽えることなくこちらに飛んでくる。一瞬で間合いに入られ、私は受け身を構える。だが、その様子を見た『犠牲の魔女』は後ろに回り、私の背中を蹴飛ばした。自分の体は吹き飛び、部屋の壁に強く頭を打ち付けた。


 頭から流れた血を拭い、『犠牲の魔女』に向き直す。すると、『それ』の視線はミィナに向いていた。

 彼女は固有結界の維持で体が既に限界を迎えているようだ。震えた足は目の前の怪物から走って逃げることすらできない。


「こ、来ないで……!」


 今までの実践経験を思い出す。この距離ではきっと助けに入っても間に合わない。

 もう駄目だ、彼女は……


ー次こそ守ってみせる。


 ……そうだ。

私は確かにそう決めたんだ。

 自分で決めておきながら、それを実行しないのは魔女騎士団の恥。このままじゃ、天国にいる母上に顔向けできない。

 十年前の「あの事件」を、私は止めることができなかった。被害者の命だけではない、親友のユクも救えなかった。彼はあれから酷く心を痛め続けている。


「だから、私は……償わなければいけない、今度こそ守りきらなくてはいけない!」


 レイピアを数十回素早く振り上げた後、魔力を多量に使用して、無理矢理飛行魔術を発動した。瞬く間にミィナと『犠牲の魔女』の間に入り、痛む肩を抑えてレイピアを振る。

 『犠牲の魔女』はそれを片手で止めたが、その手からは血が流れていた。


「ミィナ、今のうちに遠くへ行けるか!」

「わたしはなんとか歩ける……! でもそれ以上の無理はいけないよ! あなたが倒れたら、この魔女を止める者がいなくなる!」

「止める、必ず私がこの命を懸けて止める。だから君は行くんだ!」

「分かった……」


 魔力弾とレイピアで相手の攻撃を防いで時間稼ぎをしている間に、ミィナは遠くの部屋の隅へ逃げてくれたようだ。

 良かった、と安堵あんどの溜息を吐く。


「お前の持つ魔力は膨大だ。だがいつか限界は来るのだろう?」


 『犠牲の魔女』は私を睨みつけていたが、少しして違和感に気付いたようだ。

 周りから無数の高音が響く。私の魔力は最後にレイピアを振った時に尽きた。防衛魔法が使えない私は、全ての攻撃を生身で受けることになる。

 自分の攻撃の威力は、私が一番理解している。

 きっと、私の命は尽きてしまうだろう。

 それでもいい。


 今『犠牲の魔女』を無力化すれば、その後は他の騎士団員が上手くやってくれるはずだ。私だけの犠牲で彼女達を守れるのなら、この身が滅んでも良い。

『それ』の視線が周りの魔力弾に向いた隙を狙い、胸部に刃を突き刺す。


「逃がしはしない、その魔力をせいぜい使いきれ!」


 『犠牲の魔女』はもがくが、私は『それ』を逃がさないように深く、深く突き刺した。すると、目の前の魔女は膨大な魔力を贅沢に使って防衛魔術を展開する。計画通りだ。

 直後、自分の魔力弾が雨のように降りかかる。

 

 死を覚悟して目をつむる。



「頑張ったね、お兄さん」



 最後に聞こえたその声が誰のものか、私には分からなかった。





「……っ!」

「ミィナちゃん、大丈夫ッスか⁉」

「固有結界が、壊れた」


 激しい攻撃に耐えられず、『物語の世界』は崩壊したようだ。大量な自分の魔力弾をまともに受け、まだ息ができるのか、と感心する。だが出血は酷く、腕や足に力が入らない。喋るのがやっとだった。


「ライウェ、傷が深いよ、動かないで!」

「『犠牲の魔女』は……?」

「大丈夫、魔力を使い果たして気を失っているよ。その間に早くライウェの出血を止めないと」


 ミィナは自分のスカートを破って、一番傷が深い場所の止血を始めた。そしてハンカチも取り出し、サナエに別の場所の止血を頼んだ。

 意識が朦朧もうろうとする。このままでは命は助かっても意識を失い、数日は目を覚まさないだろう。

 その間彼女たちを守ってくれると断言できるのは……魔女騎士団しかいないだろう。


「二人とも、よく聞いてくれ……。二日後にゲートからまた魔女騎士団の魔女がやってくる。その魔女に、保護してもらうといい、君たちを、きっと……守ってくれるはずだ……」


 これで大丈夫だ、『犠牲の魔女』も傷が深いはず、しばらくは上手く動けないだろう。

 安堵すると、なんとか保っていた意識は簡単に遠のいて行った。


「ライウェさん⁉」

「息はある、意識を失っているだけよ」

「よかったッス~!」

「サナエ、ライウェさんをお願い」

「ミィナちゃん、何をする気ッスか⁉」

「決まってるじゃない」



「殺人犯に、相応しい罰を与えるのよ」









「団長、どうするつもりだ?」


 魔女騎士団副団長、ヴィンゼルが銃をペンのようにくるくると回しながら、私に話しかける。どうするのかというのは、『拘束の魔女』、ユクや『旋律の魔女』、ライウェを向かわせたこの作戦のことについてだろう。


「『救済の魔女』……まずは彼を必ず魔界に連れ戻す」

「その後、『破壊の魔女』は?」

「『救済の魔女』に殺させる。彼は我々の手には負えない。前の戦いで何人もの仲間が死んだ、私たちがどれだけ戦っても無駄だ。私の力でさえも遠く及ばない」

「なーるほどね」


 彼は回していた銃をポケットにしまって、椅子にドカンと大きな音を立てて座る。


「でも、そんなことはできないぞ。逃げるってことは、『あいつ』でさえ手に負えないってことだ」

「何か知っているならはっきり話せ」

「確証がないもんでね。魔界の守護者である『救済の魔女』が魔界を捨てて人間界に降りることがおかしい。イカレた神様の頭の中なんか、俺にはわかりゃしねぇよ」


 やはり、何か知っていそうな口ぶりだ。だが、全てを話すつもりはないのだろう。この男は、自分の話をすることは好まない。

 そのくせ、私の考え事や生い立ちには興味津々。一般人から言えば、「タチが悪い奴」というもので、団長には全く向かないような性格だ。


 ただ人に命令されたことを、私情を挟まずに淡々とこなせる点や高い実力において、騎士団には不可欠な存在だ。

 沈黙が続く中、少ししてドタバタという足音が聞こえてきた。


「お、ユクくんとライウェのおっさんがお帰りか?」

「……いや、あの二人ではない」


 彼らならばこんな足音は立てない。嫌な予感が頭を過る。

 ユクだけでなく、ライウェにも何かあったのだろうか。


「団長、副団長!」


 部屋に入ってきたのはやはり二人ではなく、報告係のオウカだった。オウカは軽く敬礼をして、私の前に立つ。


「どうした?」

「『拘束の魔女』、ユクも『旋律の魔女』、ライウェも帰って来ないのです。二日経つ前に必ず帰れとの命令でしたので、彼らの身に何かあったに違いありません!」


「ふーん、あいつらがねぇ……」

「新しくもう二人魔女を派遣はけんする。ユクたちの安否と『救済の魔女』の居場所をなんとしてでも突き止めさせろ」

「は、はい!」

「誰を向かわせるんだよ」

「戦闘に慣れている者が良い。『火炎の魔女』、『運命の魔女』を送れ」


 ユクとライウェは既に死んでいる可能性が高い。再び大切な団員の命が散ってしまった。

 私が産んだ、もう一人の『災厄』……またしても、彼女が手をかけたのだろうか。


「辛いか、団長?」

「私は団長としての責務を果たすためだけに生きている。感情に押し流される者が人の上に立っていてはいけない」

「ははっ。あんたのそういうところ、お気に入りだ」

「私の判断は間違っていたのだ。また団員の命を無駄にしてしまった、これは私の責任だ」


 先日の『破壊の魔女』との戦闘、そして彼の解放を望む者たちによる襲撃で、団員たちは益々ますます少なくなってきた。私一人の指揮が間違うことで、未来ある若者たちの命が何百も失われていく。

 目的のためには常に多少の犠牲が必要だ。だが守れたはずの命は守らなければいけなかった。


 もし、『火炎の魔女』、『運命の魔女』も命を落とすことになったのなら、私とヴィンゼルが出向く。彼女たちが勝てない相手なのであれば、他の人材を派遣してもきっと無駄死になる。


 人間界にいる可能性が高い魔女は、二年前のある日に消えた魔女たち。『物語の魔女』、『救済の魔女』、『紅血の魔女』……そして、『犠牲の魔女』。

 

 全員、戦闘力は未知数。念のため、最初から複数人の団員を送れば良かったのかもしれない。だが、魔女騎士団も危険に晒されているのだ。『破壊の魔女』、そしてそれの解放者の手によって……


 だが、それらの問題も『救済の魔女』が『破壊の魔女』を倒せば解決する。こちらを優先する方向に変えた方が良いかもしれない。

 それは最悪の場合、魔女騎士団の団員たちを無理させることになる。だが……時には仲間を切り捨てなければならないこともある。


「覚悟を決めておけ、ヴィンゼル。私たちも人間界に降りる日が来るかもしれない」

「はいよ。お前にはどこまでもついてってやるよ」


 ヴィンゼルはニヤリと笑って返事をする。彼は何事にも動じず、ずっと銃をいじっていた。新しい任務を待っている間は、常に武器を触っていないと落ち着かないようだ。

 彼の銃から発される本来戦場で聞く音は、私たちを安堵させてくれる。


 私たちにとって常に落ち着いていられるのは、戦場だけだ。

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