最終話 ゼログラビティ


「よくもぉぉ! ……ぉお⁉」


 五秒前。


 どうやら、上手く行ったようだ。再び拳を振り上げた筈の、遠藤稔二の身体は宙に浮いていた。オレは奴から目を放さないまま、ゆっくりと後ずさりを始めた。


 これぞ神田勢太郎の能力、ゼログラビティ。指定した相手の重力を五秒だけ奪う、すげえ恐ろしい能力だ。


「何をしたお前ら⁉」


 四秒前。


 実際に重力が無くなった場合、どうなんのかは良く分からん。しかし練習の結果、ゼータローの能力に限っては、相手が空中に縛られたような状態に陥る。


 三秒前。


「くそぉぉぉ!」


 空中で手足をジタバタさせてる遠藤稔二だが、まるで溺れているように見えて滑稽でしかない。捕手と投手くらいの間は取れたな、そろそろ行くか。


 二秒前。


 駆け出したオレの向かう先は、もちろん桜髪のイケメンだ。


 何度か試してみたが、ゼータローの能力を受けると、身体を真っ直ぐにするのすらも難しくなんだよ。しかも今回は、少し腹ばい気味で浮いている。


 一秒前。


 さっきとは状況が違うしな、わざわざ前方宙返りみたいな真似はしなくていいか。地面を蹴ったオレは、空中で左右の膝を曲げた。


 終了。


 相手の背中にオレの両足が乗った瞬間、ゼータローの能力が時間切れとなった。一気に来る重力に加え、オレの全体重が遠藤稔二の背中に集中した。


「がぁぁぁ⁉」


 悲痛な叫びを掻き消すように、大きな硝子の割れる音。足元を見ると、あっちで横たわる曾田司一郎と似たような面で、遠藤稔二は気を失っていた。


 いつまでも乗っかってるのも恨まれそうなので、背中から降りたオレはゼータローに視線を向けた。


 少し呆けてた感じだったが、オレと目が合うなり、今までに無いくらい嬉しそうな面へと変化した。瞬間にして、中庭は歓声に包まれた。


「しょぉぉしゃ! 雪崩式ぃぃ…………ドロップス!」


 雪崩式ぃぃから溜めすぎだろう。主催者の結果発表と同時に、ゼータローが飛びついてきた。


 喜びすぎだろう。ゼータローを押しのけると、主催者様が獅子の紋章を両手に中庭に入ってきた。


「いや……本当に、キミらが勝つって思ってなかった。……コングラ!」


 何がコングラだよ。突っ込みそうになったが、野暮だし黙って受け取った。


 初めて紋章ってもんを持ったが、思った以上に重みがあってビックリだ。水の入った小鍋持ってるみてえ。


「これがA組最強コンビの重みって奴か」


 何となく浮かんだ言葉なのに、それを聞いてゼータローの面が緩みきってた。


 まぁ今回の勝利は、ゼータローの能力無ければ有り得ないもんだったからな。気持ちは分かるぜ。


 最初は紋章なんて、どうでも良かった。


 けどな、誰かと飯を喰う方が旨いように、友と闘った方が楽しいってのに気づいた。こうして結果を手にしてみると、最高だってのに気づいた。


 獅子の紋章。二つで一組になってるから、二人一組で取る一年A組最強の称号。これから先、これを守る為の闘いに巻き込まれていくだろうが、仕方無いか。


 なんせオレは最高にイカす相棒と、最高にイカす紋章を手に入れてしまったからな。


「失せものを、見つけるだけの、イタチ野郎」


 なんて思ってたっけかな、あれ違ったわ。ああ、違った。


 オレが見つけられるのは、失せものだけじゃねえし。手に入れられるものは、能力を使って得るものだけじゃねえんだってな。


 自分を納得させられるだけの答えを見つけたオレは、最高の相棒と一緒に中庭を後にした。


 手に入れた紋章と親友を、ここにいる全員に見せびらかすように。

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紋章争奪能力戦挑戦者、フェレットアウト。 直行 @NF41B

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