番外編 第14話 神様なの


「ほらハル君、元気出して?」


「……うぅ」


 僕は椎名さんに手を引かれながら、励まされている。傷心した彼女を守って行くんだってカッコつけたはずが、情けないところを見せてしまった。自信満々で家へ向かっていたと思ったら、まったくの逆方向だったのである。椎名さんのアパートへ向かっていた時は、彼女にドキドキしてしまいあまり道を良く見ていなかったのである。


「ハル君がカッコ良くて、私ドキっとしちゃったんだから。自信持って?」


「……ありがとうございますぅ」


 どこか隠れる穴は無いですかね? もう僕の恥ずかしくて椎名さんの顔が見れません。思い返してみると、随分と恥ずかしいセリフを言ってしまった。勢いに任せて言ってしまったのだ。


「猫ちゃんの言ってた事が良く分かったわ」


「神様のですか?」


「そう、猫ちゃん言ってたじゃない。加護は与えたけど、ハル君と一緒に居ないと効果が無いって」


「あっ……」


 椎名さんが僕の顔を覗き込み、優しく微笑んだ。こういう時、気の利いた返事がパッと出て来ない自分が情けない。


「だからね……」


 椎名さんが突然僕の手を離したと思ったら、僕の腕に抱き着いてきた。そして、恋人繋ぎでギュッとされてしまったのだ。椎名さんの甘い香りに僕の脳はクラクラしてしまい、腕から伝わってくる柔らかい感触で心臓が激しく鼓動を上げる。そして……。


「こうやって一緒に居ないと、私は不幸になっちゃうの。だから、良いでしょ?」


「……はぃ」


 椎名さん僕の耳元に口を寄せ、甘い声で言って来た。その言葉を聞いた瞬間、僕はもうどうにかなってしまいそうだった。……でもまだ終わりじゃなかった。椎名さんは、僕に止めを刺してきたのだ。










「こんな事するの、ハル君が初めてなんだからね」


「……っ!」


 こんなに綺麗で優しいお姉さんにこんな事を言われてしまい、僕の脳がオーバーヒートしてしまった。椎名さんの甘い香りと柔らかい感触、そして甘い言葉を耳に受けて僕の五感のうちの3つも犯されてしまったのだ。


 脳から来る信号が途絶えてしまい、僕は歩く事が出来なくなってしまった。自然と足が止まってしまったのだ。椎名さんはどんな顔で居るのだろう。からかっているのだろうか? それとも、恥ずかしそうに顔を赤くしているのだろうか?


 僕は気になってしまい、脳へ必死に命令を送った。椎名さんの顔が見たい、椎名さんの気持ちが知りたい。


 そしてようやく僕の命令が脳に伝わり椎名さんの方を向いた時、頬を赤く染めた綺麗な顔が飛び込んできた。その瞬間、僕の視覚が犯された。この世に、こんな綺麗な女性は居るのだろうか? 顔が整っているという事だけじゃない、椎名さんという女性全部が綺麗に思えてしまったのだ。僕の脳裏に、椎名さんの笑顔が焼き付いてしまった。


「椎名さん、綺麗です」


 僕の口から自然と言葉が出て来た。無意識のうちに出て来た言葉だから、きっと僕の深いところで感じていた気持ちが出て来たのだろう。だって、桜の木が花びらを散らせながら彼女の美しさを強調しているのだ。自然を味方に付けた美女に、恋愛未経験な僕が敵う訳がないのである。


「ハル君もカッコ良かったよ」


 椎名さんが嬉しい事を言ってくれたと思ったら、椎名さんの顔が近づいて来た。そして、僕の口が柔らかい感触に包まれた。一瞬、何が起こったのか分からなかった。僕の脳は完全にショートしてしまった。これはもう、仕方ないじゃないか。だって、僕の五感全てを椎名さんに犯されてしまったのだから……。




 そこからの記憶が曖昧だった。僕は椎名さんにリードされながら歩く事で精一杯だったのだ。途中で何か話しかけられたような気もするが、何て答えたかすら思い出せない。


 そして気が付いたら玄関前に立っていたのだった。


「ほらハル君、玄関着いたよ?」


「す、すみません。ボーっとしてました」


 こんな僕を、椎名さんはニヤニヤとしながら見つめて来た。恋愛経験値が低すぎて、レベル1の僕では勝てそうにありません。くそー、恋愛経験値ってどうやって稼いだら良いんですかね?


 家に着いたからか、椎名さんの温もりが無くなってしまった。ふふ、椎名さんでも母さんに見られるのは恥ずかしいのだろう。


「ただいま~」


「お、お邪魔します……」


 お猫様がビックリしてしまうので、玄関チャイムは使いませんでした。リビングへ行くと、母さんがソファーに座ってお猫様をモフモフしながら待っていてくれた。お猫様は母さんの腕の中で、幸せそうに寝ていた。


「おかえりなさい。椎名さん、大丈夫?」


「ハル君が居てくれたので大丈夫です。……でも、これからどうしようか考えないといけません」


 椎名さんが僕の方を向いて微笑んでくれたけど、暗い顔になってしまった。そうだ、椎名さんのアパートは燃えてしまったのだ。


「ふふ……安心して下さい。椎名さんさえ良ければ、この家に住んで下さい」


「ええ!?」


「ええ!?」


『うるさいの……』


 僕と椎名さんが大声を出してしまったため、お猫様が起きてしまった。だけどすぐにまた寝てしまった。やはり神様だけど、普通の猫と同じなのかな……。


「部屋もいっぱい余ってますし、うちなら家賃も要りませんよ。それに、春季くん一人っていうのも心配ですから」


「それはちょっと魅力的ですが、何で今日会ったばっかりの私にそんなに良くしてくれるんですか?」


 椎名さんの疑問は最もである。僕だって椎名さんとは昨日会ったばかりです。母さんなんて数時間前に会っただけなのに、どうしてそこまで良くしようと言うのだろうか。そりゃあ火事に巻き込まれて家が無くなった若い女の子を放置出来ないっていう気持ちは分かるけど……。


「それもこれも全部、神様のお導きですからね」


『ミルクは時代遅れなの…………肉を寄こせ……なの』


 母さんがドヤ顔で言ったセリフに合わせてお猫様が寝言を言いました。僕達は自然と顔を寄せ合い笑ってしまったのだ。





――本当にこの猫ちゃん、神様ですか?




《あとがき》

ここまで読んで頂きありがとうございます!


番外編のプロローグ的なやつはこれでお終いです。

サブタイトルは『本当にこの子猫、神様ですか?』って感じでしょうか。

本編を書き終わった後にチマチマと書いていたのですが、完結してないし、これを出すものなぁ……と考えていました。でもここでお倉入りするのもアレなので、番外編でプロローグ的な部分を投稿してみました。続きを投稿するとしたら番外編をごっそりと新作に移そうかと思います。……ら、来年頑張ります!

最後まで読んで頂いた方、本当にありがとうございました!

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