番外編 第13話 恥ずかしいやつなの
ちょっと気になる女性と良い感じなり、彼女の家まで手を繋いで送って行ったら彼女のアパートが全焼していた……。
こんな経験をした事があるのは、たぶんこの世で僕以外に居ないのではないだろうか? それくらいレアな体験をしてしまった。
しかも聞いた話によると、彼女がアパート火災を経験するのはこれで3回目になるのだろう。しかも今日の夕食会が無かったら、椎名さんは火災に巻き込まれていた可能性があるのか? そう思ったらブルっと背筋が凍った。
最悪の場合、椎名さんが死んでいた可能性もあったのだと考えると、母さんが強引に夕食会を開催してくれた事に感謝しかない。
火災現場から少し離れた場所で、椎名さんが警察の人と話をしている。僕は椎名さんの彼氏でも何でもなく、単なる知り合いである。さすがに警察の聴取に同席する訳にも行かず、遠くから見守っているのだった。きっと身元確認とかしているのだと思う。
火災現場を見ると木造アパートが大きく焼け焦げており、プスプスと白い煙を上げていた。どうやら消火活動は終了しているようだった。僕の家からそこそこ距離があったため、消防車の音などは聞こえなかったのだと思う。
近くでひそひそ話をしている熟年のお嬢様達の声を聞いたところ、元々は3階建てのアパートで1階のど真ん中の部屋から火の手が上がったらしいです。椎名さんのお部屋は出火元の真上、つまり2階のど真ん中らしく、部屋に居たらどうなっていたか想像しただけで震えてしまう。
母さんとチャットアプリでの連絡が落ち着いた頃、椎名さんが戻って来た。僕の家を出た時にはニコニコの笑顔だったが、今は精気が抜けて死にそうな顔をしている。このまま椎名さんを放置する訳には行かないので、彼女の手を引いて連れて帰ろうと思います。母さんからも連れて帰れと言われていたけど、僕が彼女を助けてあげたいと心から思ったのだ。
僕は彼女より背も低いし年下だし、頼りないと思われるかもしれない。でも……僕はこの人の力になりたい。僕が出来る事なんて大してないのかもしれないけど、今は一緒に居たいのだと思った。今日まで、女の子と手を繋ぐのも恥ずかしいと思っていたけど、好きな人と手を繋ぐのはこんなにも幸せなのだと彼女が教えてくれた。だから、今度は僕から彼女の手を握り、教えてあげよう。
死にそうな顔をしている椎名さんを見つめる。顔が青白くなっていて、ここへ来るまでに見た彼女とは別人のように感じる。
「椎名さん、僕の家に行きましょう」
「で、でも……」
「大丈夫です。僕が椎名さんを守ります」
「ハル君……」
「さあ、行きますよ」
「……あっ」
僕は戸惑う事なく椎名さんの手を握った。少し強く握り、安心させるように……。少しでも彼女の不安が和らぐ事を祈って。
椎名さんの手は柔らかくて、とても暖かかった。ちょっとドキドキするけど、気にしている場合じゃない。僕が彼女をリードして家まで連れて行くのだ。
野次馬をしている熟年のお嬢様達の横を抜け、住宅街を進んでいく。夜道は暗くなっているけど、街灯の明かりが僕たち二人を導いてくれるのだ。まさに、僕たちの出発を祝福してくれているかのように……。
椎名さんは何も言わず、僕に付いて来てくれている。ふふ、ちょっと嬉しいかもしれない。
もうそろそろ郵便局が見えて来るだろうという所で、椎名さんが不安そうに言って来た。
「あの……ハル君?」
「何ですか椎名さん」
「えっと……その、大丈夫……かな?」
「ええ、心配しないで下さい。僕に任せて下さい!」
「あ……はい」
きっと椎名さんも不安なのだろう。これからの生活とかもあるだろうし、何よりも貴重品とか燃えてしまった可能性もある。洋服だって無くなってしまっているはずだ。そこら辺は男の僕じゃどうにもならないので、母さんにお願いしたいと思います。
僕は更に力強く手を握り、歩き出した……。
そして、そろそろ家に着くかなって所で、椎名さんが立ち止まってしまった。僕は慌てて椎名さんを見つめてみたら、不安そうな顔で僕を見つめていた。
「どうしたんですか椎名さん?」
「えっとね。……その……」
「椎名さんの不安は分かります。でも、僕が絶対に守りますから、安心して下さい!」
今日の僕はいつものヘタレとは違うのです。年下だけど、この女性を守りたいと思ったのだ。
椎名さんの頬が赤く染まり口元を緩めていた。僕の言葉が伝わったのかもしれない。そして、期待に満ちた目で僕を見つめて来る。もしかして、ここで告白されちゃうのだろうか!? いや、ここは僕から告白が正しいのか?
そんな事を考えていたら、椎名さんの艶やかな口から思わぬ言葉が出て来た。
「ハル君のお家、逆方向だよ?」
「……?」
笑いを堪える椎名さんの顔が、すごく綺麗だった……。
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