番外編 第12話 テヘペロなの


 お猫様の爆弾発言により、この場に居ない僕の父さん、黒川薫くろかわかおるの話が浮上してきた。僕の父さんとこのお猫様がどんな関係なのか分からないけど、お猫様は良い気分じゃ無さそうです。


「ねぇ猫ちゃん。猫ちゃんと薫さんはどんな関係なの? どうして力が吸い取られているの?」


 母さんがお猫様を抱きかかえ、頭をナデナデしながら優しい声で聞いていた。椎名さんは落ち着いたのか涙は止まっているが、話が急展開を迎えた為、キョロキョロとしていた。


『神様試験に合格して嬉しくなって、試しに適当な人間に力を与えてみたの』


「ふむふむ。その人間っていうのが薫さん?」


『そうなの。ちょっと力加減を間違えちゃったの。危うく殺しちゃうところだったの……。テヘペロなの!』


「……」


 神様の告白は、想像していたものと違った。そして何よりも、不穏な内容に空気が重くなってしまった。つまりこういう事か、神様になって新しい力を試してみたら力加減を間違ったと。もう、お猫様はおっちょこちょいなんだから!


『でもまあ生きてたの! セーフなの! ちょっと予定よりも強力な力を与えちゃったから、アイツが能力を使うとボクの力が吸い取られちゃうの』


「……あの、神様。それって父さんは被害者であって、逆恨みなんじゃないでしょうか?」


 僕は決して父さんを贔屓した訳じゃなく、聞いた内容だけで判断しました。だって、どう考えても父さんは被害者だよね!?


『違うの! アイツが際限なしにポンポンと力を使うから悪いの! 最近は大人しくなったから、下僕を依り代にやっと地上に来れたの』


「えっ! 下僕って僕の事ですか!?」


『そうなの。アイツが死ぬまでお前は下僕なの』


「ええぇ……」


 僕はいつの間にか神様の下僕になっていたようです。そして父さんが死ぬまで下僕として生きて行く事が決定したようです。どうしてこうなった?


「じゃあ猫ちゃん、私の旦那様が迷惑掛けちゃってるようだし、東京のお家にご招待しましょうか? 美味しいご飯も毎日食べられますよ?」


『無理なの。ここのお家に祠を埋めちゃったから、ここから離れてもしばらくしたら戻って来ちゃうの。それにボクが飢えたら下僕の体調が悪くなるの』


「つまり僕は、神様と一心同体という事ですか……。でも大したデメリットも無いですし、それ以上に椎名さんが幸せになれるなら、これ以上の幸運は無いですよね!」


「ハル君……」


 そうなのだ。神様が椎名さんを幸せにしてくれるのだったら、僕が神様の下僕になろうと大した事は無いのである。さっき椎名さんの話を聞いて、幸せになって欲しいと思ったのだ。僕が幸せにしてあげよう……なんて言うのは無理なので、神様頼りですが。


「じゃあ猫ちゃん、薫さんには力を使わないように言っておけば良いですか?」


『別に制限する必要ないの。もう地上に降りられたから、美味しいご飯を食べれば力も回復するはずなの!』


「分かりました。猫ちゃんのご飯は春希くんに用意させます。あと、椎名さんも出来たら手伝ってあげて欲しいです」


「私もですか?」


「椎名さんは春希くんと一緒に居ないと運気がアップしないんでしょ? それに、椎名さんの方がお料理上手そうだから」


 母さんの目がキラリと光ったような気がした。そして椎名さんも満更じゃなさそうな顔をしている。そしてお猫様は我関せずな感じで寝てしまった。




   ◇




 暗くなった夜道を椎名さんと二人で歩く。夕食会が終わった後、母さんから送って行けと追い出されてしまったのである。


「すいません椎名さん。大変な事に巻き込んでしまって」


「ううん。全然気にしてないよ。それよりも猫ちゃんが言ってた加護の方が気になるかな……」


 隣を歩く椎名さんは、これから起こるかもしれない幸運に胸を膨らませている。本当に幸運が訪れるのだろうか?


「神様の言ってる加護っていうのが、どこまで効果あるのか分かりませんけど、不幸が回避出来たら良いですね……」


 椎名さんの話を聞く限り、行く先々で不幸に巻き込まれていたようである。アパート火災に2回も巻き込まれるなんて、相当な確率だと思います。


 これから椎名さんの不幸が無くなって、幸運が訪れてくれたら良いなって考えていたら、僕の左手がギュッと握られた。驚いて隣を見たら、顔を赤くした椎名さんが僕の手を握っていたのだ。


「こ、こうやって近くに居ないと不幸になるって猫ちゃんが言ってたでしょ? だから、そう、こうやって不幸にならないようにしてるのよ」


 年上の椎名さんが必死に言い訳をしている事に、僕は何故か嬉しくなってしまった。こんな可愛い女性を僕が幸せにしてあげられるなら、それ以上に嬉しい事は無いのではないだろうか? そして僕は握られた手を強く握り返し、言ってしまった。


「僕が椎名さんを幸せにしてあげます。まだどうやって幸せに出来るのか考え中ですが、傍に居て下さい」


 18年生きてきて、一番恥ずかしい事を言ってしまった。夜道が暗いから、きっと僕の真っ赤な顔は見られていないと思いたい……。


 ドキドキしながら返事を待っていたら、椎名さんが立ち止まり、僕の顔を見つめてきた。


「しょ、しょうがないわね。ハル君と一緒に居ないと私は不幸になっちゃうんだもんね」


 そう言って笑顔を浮かべた椎名さんが、僕の手を引いて歩き出してしまった。僕は恥ずかしそうにするこの綺麗なお姉さんが、好きで好きで堪らなくなってしまったのだ。


 これから、僕の大学生活がスタートするのだ。もしかしたら、椎名さんともっと仲良くなれるかもしれない。そして、いつかは恋人になれたら良いな……。


 椎名さんも同じことを考えてくれているだろうか? お互い恥ずかしいからか、会話が続かなかった。


 そして、この雰囲気は中々良い感じだよね! って内心で喜んでいたところ、椎名さんが突然止まってしまった。そして、小さく呟いた……。















「私のアパート……全焼してる……」


 こういう時、どうすれば良いのでしょうか? 教えてください、神様……。

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