バズる漫画の秘訣

結騎 了

#365日ショートショート 033

「先輩、助けてください」

「どうした、藪から棒に」

「自分が担当している漫画家先生たち、みんな、そろいもそろってスランプなんです」

「それは編集者として悩みの種だな。具体的にはどうスランプなんだい。売れないのか、それとも描けないのか」

「バズらないんです」

「うむ、なるほど」

「最近はウェブメディアで読切を掲載するのが当たり前になったじゃないですか。それが読まれて、ネットで話題になったものから順に、連載会議にかけられていきます。だから、まずはバズらないといけないんです」

「たしかにそういう実情はあるな」

「なに、とぼけてるんですか。一番それをやっているのは先輩じゃないですか。先輩が担当している漫画家先生は、みんなみんな、ネットに掲載したのがバズって、どんどん活躍しています」

「それは私が担当に恵まれたからだよ」

「違いますよ、編集者としての技量ですよ、きっと。自分はそれがないからバズらせられないんです」

「まあ、担当者として責任を感じてしまう気持ちは分かるけどな」

「お願いです。教えてください。ネットでの読切のバズらせ方を」

「はあ。まったく。それを自分で見つけるのが編集者の仕事だろうに。まあ、仕方がない。特別にアドバイスしてやろう」

「ありがとうございます」

「まず、お前は漫画家先生たちにどんな作品を描かせてるんだ」

「王道のバトルアクションとか、学園ラブコメとか、スポーツものです」

「よし、じゃあ、それはそのまま。世界観はそのまま使うんだ。変えるのは、主人公だよ」

「ええっ。主人公を変えちゃうんですか」

「そうだ。舞台はなんでもいい。最近なら非現実的なファンタジーでもいいぞ。だが、主人公は必ずマイノリティにしろ。これが肝心だ」

「マイノリティ、ですか」

「そうだ。つまり少数派だ。生まれつき何らかのハンディキャップを持っていたり、同性が恋愛対象だったり、そういうやつだ」

「そ、そんな。扱いを間違えたら炎上しそうなネタ、いやですよ」

「いいから最後まで聞け。いいか、さっき挙げた例は分かりやすいやつだ。人から理解されにくい趣味を持っているとか、なぜか妙なことに興奮してしまうとか、そういうやつでも構わない。とにかく、一般的に少数派にあたる属性を主人公に持たせるんだ。そして、それについて悩ませろ。でも、それを表に出すな。悩んでいるけど心の内だけで悩ませろ」

「それで、どうするんですか」

「次に理解者を出せ。これはふたつのパターンがある。ひとつは、同じマイノリティに属するけどそれに全く悩んでいないキャラ。これは主人公の理想に映る。もうひとつは、相手のマイノリティを気にしないキャラ。いいか、鈍感っていうことじゃないぞ。そんなの普通じゃないですか、って真顔で言わせるんだ」

「ふむふむ。理解者、と」

「中盤以降、主人公はマイノリティに起因したイベントで悩んで、自分の立場を見失う。でも、理解者の言葉を胸に立ち上がるんだ。そこから、オチが肝心。マイノリティを差別する人を倒して自分の正しさを証明するパターンはやめろ。これはもう古い。押しつけに映ってしまう。いいか、マイノリティが当たり前に存在していい、っていう落とし所にするんだ。みんな違ってみんないい、だ」

「そんな内容で本当にバズるんですか」

「もちろん、必ずってわけじゃない。でも、バズりやすくなる。今のネットは、少数派が声を上げることにとにかく寛容だ。だから、マイノリティを扱っただけでストーリーや絵の拙さはちょっとだけ見過ごされるんだ。つまり判定が甘くなる。面白くなかったと批判したい人も、下手に言及するとマイノリティの存在を批判したと思い込まれて攻撃されるおそれがあるから、二の足を踏む。マイノリティを扱うと、こうやって叩かれにくい作品になるんだ」

「それで、どうしてそれがバズるんですか」

「いいか。面白い漫画がネットでバズるんじゃない。ネットでウケる漫画が、ネットでバズるんだ。今のネットの流行は、マイノリティが当たり前に肯定されて、我々のすぐ隣にいることを自覚させてくれるコンテンツだ。それを摂取すると、価値観がアップデートされたような気になって、自分の精神が少しだけ気高くなったと感じられる。一種の麻薬なんだよ。おまけに、SNSで褒めて広めたくなるんだ。マイノリティを扱った作品を褒めると、いい人に見られやすいからな。お手軽にいい人に見られて、自尊心が高まる方法は、他人に価値観のアップデートを促すことだ。そこをくすぐってやるんだよ」

「で、でも。先輩。そんな意地の悪いスタンスで漫画なんて作れませんよ」

「それじゃあ、このやり方はやめるんだな。売れている作品が、内容も舞台裏も全て清廉潔白だとでも思っているのか。そんな価値観こそ、アップデートすべきだよ」

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