箱庭
眞柴りつ夏
想い出
子供の頃から、好きだ、と自覚したものは割と手に入った。
一緒にいたいと思う友達、そこから相手が自分に好意を持っていると気づいたら、こっちも段々その気になって、相手から告白してくるように仕向ける。
告白される。付き合う。そして、満足する。
——相手が、重たくなってくる。
「俺、なんかした?」
別れを切り出した相手が泣きながら電話をかけてきて、(今夜中なんだけどなぁ)なんてぼんやり思ったりする。
そう、恋愛に向いていないのだ。
初めてセックスした時もそう。(こんなもんか)と思った。
小説で読む、気持ちよさで脳がおかしくなる、みたいなそういうアレ。期待してたのに、ただ相手が腰を振って、すぐに果てた。つまんなかった。
それが今、キスだけで腰が揺れている。
こんなことを考えている余裕があるのはいつものことなので、諦めている。私の脳内は、いつも何かを同時進行しているのだ。
「キス上手だね」
合間にこんなことを言ってくれる人、今までいなかった。こんな言葉で嬉しくなって、もっと舌を差し出してしまう。そんな私に、相手はクスリと笑った。
彼は恋人ではない。私が出演する舞台で、恋人役をやる先輩役者だ。お互いにこの劇団に客演として参加している。決してイケメンではないのだが、かっこいい芝居をやらせたら上手いし、笑いも取れる。つまるところ、器用な役者だった。
「稽古の前にうちで台詞合わせしない?」と誘われたのは、稽古も終盤にかかったところで。家に誘ってくるってことは下心があるのでは?ともちろん思ったけれど、ご無沙汰だった私は少なからず期待して「え、いいんですか?行きます」とにっこりと笑った。
恋人役だから、相手のこと知っておいた方がいいじゃん?と言った彼に聞かれるまま、好きなタイプとか今までの恋愛遍歴を喋っていき、いっつも相手をきちんと好きになれないと本音も言ってみたりした。
「じゃあ最近は好きになったりしていないの?」
「そうですね、もう3年ぐらいかな、彼氏いないです」
笑いながら言うと、
「恋人役じゃない?俺たち。演出家も、もっと恋人感出して、って言ってたし」
そう言いながら近づいてきた彼は、私の頬に手を寄せて「嫌?」と聞いた。「何が?」と掠れた声を出して、わからない振りをする。彼は嬉しそうに笑って、「こういうの」と言いながら顔を近づけ、そして唇が重なった。触れただけで離れたそれがもっと欲しくなって、「嫌じゃない」ってボソリと言ったら、今度はさっきよりも強く唇が重なった。
真昼間の、カーテンも開けたままの部屋には、外を走る車の音が入ってくる。こんな時間から、何やってるんだろう。興奮した。
ソファーがあるのに床に座ってしているのも、切り取ったら映画みたいだ。絵になる。
こうやって脳が勝手に動くから、薄く開いた目は余計なものを見つけた。
女物の、ルームシューズ。ふわふわモコモコの、可愛らしいデザイン。
(……上手く隠せよ、女呼ぶなら)
そう思った瞬間、舌が入ってきて上顎を舐められた。ぞくりと背骨に震えが走る。こんなの知らなかった。それに気づいたであろう彼は、いつの間にか私の腰に手を回して、裾から手を入れながら舌を硬くして舐めてくる。
(彼女、帰ってくればいいのに)
今、こうして彼が私に夢中になっているところを、誰かに見られたかった。
「舐めるの、上手」
「中、気持ちいいよ」
感想を口に出してるのが滑稽だと思うのに、なんでかめちゃくちゃ濡れた。
男が喘いでるのなんて興味がなかったのに、もっと声を出して欲しかった。
この男は、「私」になんて興味がない。
だから、私のモノにならないし、別れないでなんて泣く事もない。
ただ、役作りのためと称して、自分の快楽を貪るだけ。
そのためには愛撫や空気作りを怠らないのが、こなれている。
今までも共演者を食ってきたのだろう。
(けど、これで恋人としての空気感が変わって、演出家に認めてもらえるならそれでいいや)
彼女がいるってのもこの後白状した男の行動はエスカレートして、「後1時間で彼女帰ってくるから、おいで」とか訳わからないことを言って、私を燃えさせた。
悪いことをするのって、どうしてこうも人をダメにするのだろう。
段々、最中にものを考えられないぐらい没入することを覚えた。気持ちいいしか語彙力が無くなるのも初めて経験したし、脳内が真っ白になって動けなくなるのも初めてだった。
「気持ちよかった」
って毎回彼が言って、「私も」って答えながら甘いキスをして、稽古へ行く。
達した後は私の壁が無くなるらしくて、きっとそれは共演者にもバレていたと思う。
何度も抱かれて、ぐちゃぐちゃに乱れて、何食わぬ顔をして稽古に行く日々。
生きてきた中で、一番充実した夏だった。
今でも誰かと恋人役をやると思い出す。
彼は私の、人生の汚点であり、興奮剤だ。
—END—
箱庭 眞柴りつ夏 @ritsuka1151
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます