校閲ミツバチ

@ramia294

第1話

 10年前のその日まで、日本に確認されていたのは、二種のミツバチの存在でした。

 セイヨウミツバチと日本ミツバチです。


 新種が発見されたのは、つい10年前。

 その生態の一部が、解明されたのは、5年前です。


 もちろん、新種ミツバチも花から花へ飛び回り、花の蜜を集めるのですが、それ以外にも不思議な物を好んで、集めました。


 それは、インク。

 白い紙に、文字を書くあのインクです。


 インクなら何でも良くて、万年筆からボールペン、インクジェットに至るまで、紙からインクを吸い取ってしまいます。


 ある時、高名な作家が、自分で書いた文章がお気に召さなかったようで、新種ミツバチの巣の前に、自分の作品を置いてみました。


 翌日、その作品のところどころが消えて、ミツバチに吸われた事が、分かりました。

 作家が、これで締め切りから逃れられると、笑いながら自分の作品を読み返すと、とても、良い作品に変わっていました。自分自身でも気付かなかった作品中の気に入らない部分が、吸い取られていたのです。


 結果的にその作品は、文学の香り高く、人生の愛憎と悲哀が、開いたページからあふれ出す傑作とまで言われ、文学界からの高評価を受けました。


 その年の賞を総ナメにしたその作品の作家は、今やノーベル賞候補でもあります。


 もちろん、そんな存在を出版業界が放っておくわけもなく、各出版社は、こぞって自社の作品を新種ミツバチの巣の前に差し出しました。

 結果、この国の文学は、純文学からライトノベルに至るまで、飛躍的な発展を遂げ、他国の追随を許さない存在になりました。

 

『新種ミツバチは、校閲ミツバチと名付けられました』


 ハリウッドの大物プロデューサーたちは、映画原作を欲しがり、この国のあらゆる作家に日参しました。  

 かつて人気があったドラマが見向きもされなくなった某国は、ミツバチを盗もうとしたが、手厚い保護の元、ミツバチには手が出せませんでした。

 校閲ミツバチは、日本でしか繁殖しませんでしたので、たとえ盗んだところで、意味が無かった事は、後になり分かりました。


 あの純粋で素晴らしい北欧の文学を超える物語が数多く書かれ、ギリシャ神話の神々より、八百万の神々の物語がより洗練され、ドラマティック生まれ変わり、世界的なベストセラーになりました。


 何故か、日本でしか繁殖しない校閲ミツバチたちの生態を研究する学者も増えました。

 ある学者が、ミツバチたちの巣を覗くと、八角形の部屋の中、小さな本が数多くありました。


 学者は、ミツバチたちに

「ゴメンね」

 と言ってから、小さな本を取り出して顕微鏡で中身を確認すると、椅子からズリ落ちました。

 本の中身に驚いたからです。

 小さな本には、この世界のありとあらゆる知識が収められていました。


 ミツバチたちが、インクを集めると蜜を貯める様に、インクも貯めます。インクを貰って育ったミツバチの子供たちは、成虫になると、巣の中で、小さな本をせっせと執筆します。


 その知識は、膨大です。

 インターネットを遥かに超えて、アピスブックと名付けられたその知識は、人類から争いを無くし、全ての人が平等に、この世界を生きる事を可能にしました。


 全てが満たされた世界になった時、僕は若い頃に夢見た作家に、再挑戦したいと考えるようになりました。

 数十年前、まだ学生だった頃、僕は作家志望でした。しかし、何処にでも転がっている理由で挫折すると、そんな事もあったのか、という顔で、現在まで暮らして来ました。

 パソコンで打ち出された原稿を持って、校閲ミツバチの巣の前に、置きました。

 翌早朝、僕は再び巣の前に置かれた自分の原稿を拾い上げました。


 その紙には、文字が、ありませんでした。

 ただ、最後のページにひと言、


『落選』


 と、残されていました。



          終わり(;^_^A

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