人造人間制作会社

朝倉亜空

第1話

 その企画は、まずはお掃除ロボットの作製から始まった。

 そうは言っても、まんまるいお盆の様なものがゆーっくりと動きながら少量のごみを吸い上げるといったものではなく、高さは160センチ、顔や両手、両足がついてあり、ほうきとチリ取りを巧みに操りながら、ちゃんと人間の様に動作し、クリーンアップという目的を果たすものである。

 独立系ITベンチャー企業ながら、集めた社員の質には自信があり、完成すれば、自社の宣伝にもなるからと、社員たちにハッパをかけ、業務時間外に事にあたらせた。その甲斐あって、社員一同、かなり満足できるものが出来上がった。太いゲジゲジ眉毛にギョロ目玉、マペットの様に口を上下に動かし喋るそいつを社長は「そうじろう」と名付けた。

 事務所の隅に立たせておくと、社員たちが落とす紙くずやおやつの食べかす、靴裏からこぼれた土や砂粒などを見つけ次第、そこへ行き、「チョットスミマセーン」と社員に一声かけ、腰をかがめてササッと上手に取り除くのだ。そして、それが終わると「ハーイゴメンナサーイ」と言い残し、再び部屋の隅に戻っていくのであった。見事なものであった。

「いちど、ほうきとチリ取りを渡さなかったら、どうするだろうか」

 社長の興味深い実験的な一言で、部長がそうじろうからそれらを取り上げ、様子を見てみることとなった。

 手ぶらになったそうじろうは何もしなくなったものの、なぜか楽しそうに見えた。時々、首を回して窓の外を眺めたり、足をクロスさせた立ち方で両手を頭の後ろで組んでみたり、立てた人差し指を鼻の下から上へ向けてグリグリ回転させてみたり、おそらく、鼻の穴まで作られていないそうじろうにとっては、鼻くそをほじっているつもりのポーズなのだろうが、とにかく、仕事をサボって嬉しいな、くらいに見えるのだった。

 どうやら、視覚カメラや聴覚マイクから入手した社員たちの行動情報をそうじろうのAIなりに分析した結果、仕事道具を手放した人間はこのようにしてヒマをひっそりと愉しむものなのだとの分析結果をはじき出したのであろう。 

「おい、そうじろう、お前、えらく嬉しそうだが、床がゴミだらけじゃないか。どうするつもりだ。ロボットのくせしてちゃんと働け! 道具がなければ両手で拾え両手で!」何日もなにもしようともしないぐーたらにとうとう社長が怒鳴り声を上げた。

 そうじろうはまるで不機嫌そうにゲジゲジの片眉だけをヒクッと上げ、恨めしそうな眼付を社長に向けながら、「チ」と言った。本当にごく、小声で「チ」と確かに言った。それからのそのそとゴミが落ちているところまで歩いていき、無言でゆっくりとゴミ拾いを済ませた。それからひとこと「アードッコイショ」。ふてこい態度だ。

 そうじろうのやつ、創造主に向かってチだと。しかも、こっちに聞かせてない風を装いながら、その実、ギリギリ聞こえるボリュームでチとぬかしやがって。

 社長は自分が作った失敗作に腹立たしさを覚えた。

 翌日、社長はそうじろうを潰した。「いつもおつかれさん、たまにはゆっくり風呂でも入れ」と、硫酸プールに促し入れたのだ。何も知らず、フンフフーンと鼻歌交じりに歩きながら、プールへ向かっていくそうじろうは、既に十分滑稽であった。その後、ジュシューウウという金属が溶けるときの音と煙を上げながら、硫酸風呂で苦し紛れに手足をバタバタともがいているそうじろうの顔は、死にそうなくらい引きつっていた。実際、死ぬのだが。社長は腹を抱えて大笑いをしながら見続けた。 あーせいせいした。

「次はもっとましなのを作ってやろう」

 社長は、万能細胞技術とクローンテクノロジーを融合させ、そうじろうの失敗から学んだAIロジックのさらなる改良を加え、高性能なアンドロイドを作ろうと、社員たちに指示を出した。社長の命令では仕方がない。そうじろう制作時を上回る厳しい労働条件ではあったが、全社員、黙々と働いた。働かさせられた。これが出来上がると、どれだけ凄いものになるか、あることないことホラも吹き込み、銀行からの融資ももぎ取った。その甲斐あって、何とかアンドロイドは出来上がった。金属製でない、生身の人造人間。社長は、こいつにはあんどろうと名付けた。

 とりあえず、あんどろうは仕事をなまけなかった。見事にそうじろうの弱点を克服していた。あんどろうには事務的な計算処理と単純な肉体的軽作業を与えていたのだが、一糸乱れぬ姿勢をもって、てきぱきと効率よく仕事をこなしていくのであった。

 初めのうちは社員皆もあんどろうのことを喜んでいたのだが、段々と違う感情が芽生え始めて言った。

「あれ、もうたばこ休憩ですか。でもあなた、さっき行きましたよね」

「この書面の書き方、間違っていますよ。同じ注意をするのはこれで今週三度目ですが」

「あなたの労働生産性とサラリーを分析、比較しましたが、きっとあなたのことを給料泥棒というのでしょうね」

 とにかく、あんどろうの一言一言が、私の方が上とばかりにマウントポジションから裁き、ダメ出しのオンパレードなのだ。「人間」に対して「人間っぽい」が偉そうに言うとは。社員一同の疲労と苦労の産物であるあんどろうであったが、あんどろうへの敵意、憎悪が社内に充満したとき、やはりこいつも硫酸温泉へ一名様ご案内と、相成った。この時は硫酸液が人工血液でピンク色に染まり、社長もさすがにちょっと気色悪かった。

 社長にも変な向上心と意地がある。

「次こそはちゃんとしたものを作ってやる。おい、みんな、神を作るぞーッ!」

 とてつもなく困難なプロジェクトが立ちあげられた。しかし、一体、どうやればそんなものが作り出せるというのか。

 まずは世界最高レベルのコンピューターの作製。それには世界有数のIT企業からのトップエンジニアたちの引き抜き。今の5倍の報酬を出すと出まかせを言い、引っ張ってきた。銀行や投資家、株主、取引先には嘘八百を並べ立て、詐欺まがいのことまでして現金を集めに集めた。

 ほとんどの社員たちは缶詰め状態にされ、連日連夜、有無を言わさず働かせ続けた。

 それ以外の社員には、「何か神秘を掴んで来い!」と言って、ある者にはヒマラヤ山脈の雪深い山奥へ、また、ある者には魔のバミューダ海域三角地帯へ、更にまた、ある者には謎のアマゾン密林危険地域へと向かわせた。しかし、行った者たちはもれなく、二度と再び日本の土を踏むことはなかった。

 缶詰社員にしても、同じようなものだった。極限状態の過剰労働でぶっ倒れる者、精神に過度の変調をきたすもの、更にはそれ以上に酷い状態になった者までもが現れていった。いや、最後は消えていったというべきか。

 だいたい、人間に神を作るということなど、出来っこなかったのだ。世界中のありとあらゆる知識をコンピューターに詰め込んだところで、それでは超分厚い百科事典に過ぎない。立体フォトグラファーで三次元空間に3Dオブジェクトを浮かび上がらせることを、誰も無から有を創り出したとは言ってくれない。いつしか社内には、何とも凄まじい徒労感と悲痛な絶望感だけがどんよりとドス黒く重たい空気となって漂っていた。社員たちは一人、また一人とつぶれ、消えていった。

「し、社長、もう、無理です。やっぱり、無茶だったんです。神なんて作れませんよ……。ちょっと、作る物を変えましょう。悪魔はどうです? 聞くところによると、悪魔はもともと、神の子分だったそうです。親分は無理でも、子分の悪魔なら作れるかも知れませんよ」苦し紛れに社員の一人が言った。

「ふん、悪魔か。ぶっ倒れるほどの強制的サービス残業、口から出まかせを言い、詐欺まがいにして集めてきた資金や融資、危険地域への出張から帰って来ぬもの、パワハラを苦に屋上から飛び降り自殺者多数……。悪魔なら、この会社にはもう、すでに出来上がっている」

 

 

 

 

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