救世主

 俺は英雄になりたかった。

初めは消防隊員に憧れた、家が火事になって救ってくれた。火の中から出てくる姿に感銘を受けた、だがライフセーバーになった。


消防隊員がホースで水を流してたからだ

火で苦しむ人間がいるなら水で苦しむ奴がいるかもしれない、そう思った。


でも実際はどうだ、今の俺は....?


「……。」

渇いている、何もかも

人を助けても殺しても犯しても何も感じない。


「そこに飛び込んだら、潤うのか?」

海岸を見つめ、虚な目で問いかける。思考など既に壊れていたのだろう、一人でに身体が動いていた。足は海水に浸され温度はもはや感じない、それどころか物事の一切も触れ合う事の無い、まるで闇の中にいた。


「何処まで行ったら、気持ちいいだろうな..」

脚に腹に肩まで浸かり身体全体を塩辛い水が覆い包んだ。目を見開いても、まるで痛みを感じることはない。


「…ん、誰だ?」

誰かが腕を掴む、振り向けばそれは数日前の青年だった。表情は無く、ただこちらを見て腕を握っている。


「よぉ、お前誰だっけか? 知り合いか?」

首を横に振るう。


「…そうか、知らねぇやつだったか。」

首を縦に頷き無表情であった顔が満面の笑みに変わる。青年は水中の深部に向かって手招きをする、すると沢山の人々がこちらへ向かって泳いで近付いてきた。


「お、なんだなんだ? お前の知り合いか?」

首を縦に振るう、しかし顔は無表情だ。

暫く見つめていると肉が剥がれ、頭蓋骨を晒した悍ましい顔つきに変わる。


「‥おい、なんだよそれ?」


「……プッ!」

青年は男の顔を見て吹き出すと、大きな声を上げて笑い出す。それに合わせて周囲の知り合いも、顔や身体の肉を剥がして笑い出す。


「ケラケラケラケラ‼︎

ケラケラケラケラケラケラッ‼︎」

笑いながら身体を合わせ、一つの集合体となる。青年も合体し一つの大きな塊となり一つの顔でこちらを見つめる。


「……なんなんだよ、お前らは」

無表情で返事をしない。最早男は人に問いかけられる存在では無いからだ。


「は、はは..そういう事かよ...。

俺はもう...人に忘れられてるんだな..」


「‥大丈夫、僕たちは忘れないよ?」

小さな掌を広げ、腕を伸ばす。


「へ、そうかよ。同情のつもりか..」

首を横に振るう


「違う、侮辱だよ。」


「そうか..侮辱か。

面白ぇじゃねぇか! ハハハハハハッ!!」


「ケラケラケラケラ!!

ケラケラケラケラケラケラケラケラッ!!」

掌と掌が重なったとき、彼の存在は人々の記憶から完全に消えた。そんな事実ですらも、誰の記憶にも残らないだろう。



水に流れて、忘れられてしまうのだから.....。

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忘却の溺難者 アリエッティ @56513

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