忘却の溺難者
アリエッティ
忘れられた遊泳者
ライフセーバーという仕事は悲惨だ。
命が関わる割に感謝をされにくい、助けられるのが当たり前だと思っているからだ。他の救助隊とは助けられる人の感覚が異なる。
消防隊であれば、火事を起こしたところに連絡をして駆けつけて貰う。普段被害の無い場所が突発的に害されて助けを求め出動する。
救命士も同じ、具合が悪かったり事故が発生した場所に呼びつけて助けて貰う。
だからこそ感謝する猶予が与えられ助けられた方も〝助かった〟という感覚が強くなる。
それに比べて我々ライフセーバーは、常に海の傍に寄り添い危機を待っている。
相手も初めからその感覚でいる。
〝何かあっても助けに来てくれる〟
当然助けには向かうが、救出したとしても己の安定を確保した後は軽く頭を下げて礼を言われるくらいだ。評価を受けたくてやっている訳ではないが、こちらの命も充分に掛かっている事を理解してほしい。
「た、助けてくれー!! 友達がっ‼︎」
「‥随分奥までいったな、まったく。」
また〝客〟が声を上げている。救出の保証がされているから、平気で深部にまで泳いでいったのだろう。正直簡単に救出はできる、しかし長年やっていると邪で意地悪な好奇心が技能を超えて体外に出てくるようになる。
「助けて下さい..‼︎」
「先に陸に上がってて、君も危険だから」
「はいっ!」
邪魔者は消えた、後は好きにやるだけだ。
深部まで進むのに何度か足をバタつかせて居場所を捉えれば何をしてるかわかる奴など周囲に一人もいなくなる。
「見ーつけた」
水中で少しばかり気泡が浮いている、近付いてみればやはり青年が溺れていた。
「もう駄目でしょー、ハメ外しちゃあ。」
浅瀬と比べると流れが随分と早くなっている、青年は運良く手前で岩に足を引っ掛けてギリギリの箇所で溺れていたようだ。
「んじゃあ陸までいくから、普通ならね..」
水中で男を抱き抱えて足を岩から外しながら身体を浮かせていく。
(あんまはしゃぐとこっちが危ねぇからな、
いなくなるなら勝手に一人で消えてくれ。)
強い流れに巻き込まれないように重心をしっかりと保ち、青年の身体を更に深部の方へと水中に身を隠しながら静かに放り投げる。
(じゃあな、お調子者!)
水流に巻き込まれ奥へ奥へと進んでいく
海の藻屑とは、なんと哀れなものだろうか。
(このままゆっくり陸へ上がって、悔しそうな顔でも浮かべて涙流せばどうにかなるな)
慣れたものだ。
ミスばかりでは疑念が生まれて面倒なので頻繁に行える事では無いが、その他にも色々と気分を癒す〝リフレッシュ〟はある。
「助けられませんでしたっ..‼︎」
濡れた身体で土に額を付き涙を流す、手慣れたテンプレを身につけたものだ。
「うぅっ..なんで、どうしてよ..!?」
「申し訳御座いません!
限りを尽くしましたが...力及ばず..!!」
「仕方ないよ、彼は必死に助けてくれたんだ。
...何か飲み物持ってくるね。」
身近な知人が遺族に変わる、そんな光景を何度か目にしてきた。さっきまで笑い合っていたのに今は大粒の涙を溢している。
(あのガキ中々いい女連れてたんだな。
相手無くして泣いてるみてぇだから声かけてみるか、傷心の奴は簡単だからな)
「……もうイヤっ..‼︎」
悲しみの余り駆け出す知人の女。知り合いが不幸に遭っているのだ、穏やかでいられる筈も無いだろう。
(あの方角は、休憩室の方か..)
遊泳客が体調を崩したり、熱さに耐えかね人の少ない所を求めるとそこへ行き着く。普段はライフセーバーの訓練後の憩いの場として利用されている。
「うっ..ううっ..‼︎」
「‥申し訳御座いません、助けられず」
「なんでよ! ライフセーバーなのに!!
..なんてあなたに言ったところでただの八つ当たりよね、ごめんなさい。」
「いえ。間違いなく、僕の責任ですから。」
「……私ね、彼とは恋人同士だったの」
「そうだったんですか。」
涙を拭って落ち着いてからは、身の上話を聞かされた。どうでもいい下らない話、どうせ直ぐに忘れられるのに。
「辛かったですね、その傷をつくってしまったのは僕です。どうにか償わせてください」
「…え?」
女の口をおさえ、押し倒す。
そのまま馬乗りになり首を絞め、本性を露わに口元をにやりと大きく歪ませる。
「ギャアギャアと声上げられるのは面倒だからなぁ、暫く黙って寝ててくれ。..まぁそのまま死体になるから黙ったままなんだけどな」
「ん..! んんっー!!」
「海ってラクだよなぁ、都合悪きゃ全部水に流して消しゃいいんだからよ。」
今日も楽しい一日が流れる、水と共に。
「じゃあな、マーメイド様」
今日もつまらない、時間が流れる。
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