さよなら

吉野

さよなら

 久しぶりに会わない? というLINEが彼女からきたのは先週で、そこからとんとんと話がまとまり、いっしょにお昼を食べる約束をした。高校のころの親友なのだが、新型感染症の流行でたがいに引っ越しができないまま春学期が過ぎ、夏休みに入って、なんだかんだかれこれ半年くらい顔をあわせていない。地元では流行はおさえられているのが救いだった。このときばかりは田舎でよかったと思う。

「髪、染めたんだ」

「感動の再会の第一声がそれ?」

 むくれてみせる彼女に、おおげさだなあ、なんて軽口をたたく。すこし明るい色に染められた髪を、熱気のこもる夏の風にゆらした彼女はまぶしかった。

「あついから、はやく行こうか。店、どこがいいとかある?」

「喉がかわいたから、水が飲めればどこでも」

「驚くほどなにも絞られないね」

 正直どこだっていいのだ。いっしょにご飯が食べられれば、それで。

 周辺をぶらついて、何回か来たことのある古民家カフェに入る。なつかしいなー、と店内を見まわす彼女の横で、氷水のグラスを一気にあおった。

「あー、どっちにするか迷う」

「好きなほう頼めば。わたしのちょっと分けてあげるからさ」

「じゃあベーグルの方にする。そっちはカレーね」

 AランチとBランチをそれぞれ頼み、たわいもない話をする。大学も専攻もちがうので、しばらくは学校の話に花がさいた。

「うそ、Zoom授業、メイクしないでそのまま出てるの? 信じられない」

「画面ごしだからそんなにくわしくは見えないでしょ。ゴーヤいる?」

「いいや、そのかわりもういっこナスちょうだい」

 どうぞ、とうなずいたそばから、夏野菜カレーのナスは正義! とほおばって、口元をゆるめている。

「ベーグルも食べなよ」

 玉ネギとスモークサーモンが、かじったところから顔をのぞかせている。いまさら食べかけを気にするような仲でもないじゃないか。なんてことない顔で失敬した。

「うん、おいしい。チーズがきいてて」

「でしょ」

 もうひとくち食べてから返した。ふたたびベーグルにかじりつく彼女は、しっかりと化粧をして、高校のときとすこし雰囲気のちがう服をきている。

「なんか、かわいくなったよね」

「そう? なんだか照れるなあ」

 運ばれてきたアイスをすくいながら、にへ、と笑う彼女は、知らない顔をしていた。

「彼氏、できたの」

 さきほどまで甘かったデザートが、急に味気なくなった気がした。一瞬うまれた沈黙に、とけたクリームをのみこむ。

「そっか」

 かわいくなったのはそういうことだったんだね、と言うと、彼女ははにかんだ。

「あなたは変わらないね」

 普段は名前で呼ぶくせに、ちょっときどった二人称は彼女の照れかくしだ。

「どんなひと?」

「大学のおなじクラスなんだ。よくグループワークで一緒で、なかよくなって」

「なるほどね。隅に置けないな」

 うんうん、とうなずきながら、話をきく。はんぶんも頭にはいっていない。

「そっちはどう? なんかそういう話は」

「残念ながら皆無かなあ。きっと縁がないんだよ」

 対面授業がはじまれば、そのうちできるよ、だなんて。だといいね、とひとごとのように返す。

「そういえば、この夏でこっちを離れてむこうに行くんだ」

「そっか。西はだいぶおさまったもんね」

 彼女の大学は関西、わたしは東京だ。離れるなんて前からわかっていたことなのに、別れの予感に、みぞおちのあたりが重くなる。

「いつ行くの?」

「あした」

 え、と思わず声がもれる。あまりにも急すぎるじゃないか。

「だから今日さそったんだよね。離れる前に、どうしても会っておきたくてさ」

 なるほどね、ともういちどつぶやく。

「さみしくなるな」

「電話するから。Zoomでもいいし」

「それで、惚気話をえんえんと聞かされるわけ?」

 ふたりして、笑う。目をほそめる彼女は、はっとするほどきれいだった。きっと、笑えているはずだ。

「ねえ、せっかくだから写真撮ろうよ」

 あなたは昔から写真、苦手だったけどさ。今日だけはいいかな? と、別れしなに彼女がきく。

「いいよ」

 慣れた手つきで、彼女は写真加工アプリを起こした。カメラがまばたきをする。街角と青空に、かたい表情のわたしと、にこやかにほほえむ彼女。

「わたしも一枚いいかな」

 なんの変哲もない、スマホのノーマルカメラ。めずらしいね、と言いながら、彼女が身をよせる。白いブラウスの胸元をきゅっと握った。シャッターをおす。

「新天地、がんばってね。彼氏となかよくね」

 写真のなかのわたしは、いつになくかわいげのある服をきているのだ。

 あなたは気づかなくていい。わたしが、今日のためにあたらしく服を買ったこと。

 なにも、気づいてくれなくていい。不器用なわたしの爪が、今日だけは薄い桜色なのを。

「じゃあ、元気で」

「うん」

 彼女は何回もふりかえって、バイバイ、と手をふる。そのたびに手をふりかえして、だんだん遠ざかっていく彼女を、見えなくなるまで見送っていた。

 夏の強い光をあびて、足元に等身大の、濃い影がのびている。陽炎が地面からゆらゆらと生まれては消える。視界が白くかすむ。

 まぶしくて、あつくて、くらくらして、なんだか鼻の奥がつんとした。

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