モンスター解体屋のニコとルー
徒家エイト
第1話
「ぬをああああ!」
ニコの叫びで、解体台の上に置かれていたハサミやナイフが揺れたように私は感じた。
「何、ニコ」
「もう嫌だよルー!!」
二人で商売を始めて、もう何度目になるかわからない雄叫び。ニコは短いくせ毛の金髪をかきむしる。
「嫌って何が?」
「だってさ! 毎日毎日ミズモグラばっかりなんだよ! 冒険者の連中冒険してこいよもう!!」
「しょうがないじゃない。ミズモグラは捕まえやすいし高く売れるんだから」
台の上には、ミズモグラの死体が山になっている。モグラといえど大人が一抱えしなければいけないサイズがあるので、その存在感は圧倒的だ。
仕事場にはミズモグラの皮が所狭しと広げられ、肉を落とした骨も部位別にまとめてある。
「そろそろ溜まってきたし、街で売っぱらって来なくちゃね」
「ルーはそれでいいの!?」
ニコがつかつかと近寄ってくると、私の襟元を掴んだ。
「ちょっと手袋外してよ。血が付くでしょ」
「このままだとミズモグラ捌いて一生を終えるよ!? 解体屋の名が泣くわ!」
「泣かないわよ、ミズモグラの皮剥ぐのも真っ当な解体業じゃない」
「でも~。こっちはドラゴンとかバジリスクとか、そういうロマンあふれる素材が見たくて解体屋やってんのに~!」
「そんな超特級の素材、気軽に求めてんじゃないわよ」
私はため息をつくと仕事に戻る。
ミズモグラを一匹台に置くと、愛用のナイフを使って切れ目を入れた。内臓を取り、皮を綺麗に削ぎ落す。
もうここ数日で何百匹というミズモグラを裁いた私は、どこにナイフを入れたらいいのか触っただけでわかってしまう。
内臓を部位ごとにツボに入れ、皮は綺麗に広げて置いておく。肉を落として骨と分けてしまえば、解体は完了だ。
「筋も少ないし肉も美味い。内臓も薬になる。おかげでウチの業績は絶好調なんだけどね」
「くっそー」
ニコもぶつぶつといいながら、骨を煮込む作業に戻った。暖炉に置いた大鍋に、私が捌いた骨を次々と投下していく。そしてニコ特製の漂白剤もひとたらし。
こうすることで、加工品として扱いやすくするのだ。この処理まで自家製でやるおかげで、ウチの素材は評判が良い。
「内臓と肉は今日中に売りに行くから、後で並べといてね」
「はーい」
『モンスター解体のアジサイ屋』
私たちのお店は冒険者からそう呼ばれている、モンスターの解体屋だ。
「ボロい店だな」
大柄の男が店に来たのは、ミズモグラの山をちょうど処理し終えた頃合いだった。
「ご用件は?」
男の悪口を受け流して、私はお団子にまとめていた黒髪を解くとカウンターに立つ。ニコは工房の片づけ中だ。
「モンスターの買取だ。たくさん狩っちまって面倒に思ってたら、ちょうどこの辺に店があるって聞いてきたんだよ」
そう言うと、男はパンパンに膨れた革袋をカウンターに置く。
「ミズモグラ、ざっと30オリクはあるぞ」
「確認します」
革袋を開けると、中には血まみれのミズモグラが詰まっていた。手袋をつけて一匹一匹検分する。
「いくらになる?」
私はそろばんをはじいた。
「全部で銅貨4枚と鉄貨30枚です」
「はぁ?」
男が凄んだ。
「ネザンダのギルドじゃあ、ミズモグラは10オリクで銀1枚になるって聞いたぞ!」
「それは綺麗に狩った場合ですよ」
私はしぶしぶ説明する。
「切り方が雑すぎます。これじゃ使い物になりません。血抜きも適当で肉に匂いが付いてしまってる。何より無理やり袋に詰め込んだせいで、骨が折れている個体もあります。ギルドも買い取っちゃくれませんよ」
一つ一つ丁寧に指し示しながら説明する。のだが、男の青筋はどんどんと濃くなって言った。
「なんだてめぇ、つまり俺の仕事が雑だって言いてえのか?」
「そうですね。恐らく経験値の問題かと思いますので、もっと実践を積まれてみては?」
「んだとおらぁ!」
男は短剣を取り出すと、力任せにカウンターに突き刺した。
「俺はな、東じゃちょっと名の知れた冒険者なんだぞ? 稼ぎのいい仕事があるって聞いてわざわざこんな辺境まで来てやったんだ。わかってんのか?」
「カウンターの修理代引いときますね」
「んなっ!?」
呆気にとられたとばかりの男が私を見た。いや、店の物を勝手に壊したのはそっちだ。完全に向こうが悪いのに、なんで私がそんな目で見られなきゃいけないんだ。
「舐めやがって!」
短剣を抜いた男は、私に向かって刃を大きく振りかぶった。だから冒険者相手は嫌なんだ。頭に血が上りやすいというか、短絡的というかバカというか。
「お客さん、ちょっと暴れすぎ」
ニコが言った。
「は?」
男は信じられないと言ったように私とニコを見る。確かに並みの人間から見れば、少女が突然カウンターに飛び乗ってきて、大男が力任せで振り下ろした短剣を細腕と小さなナイフ一本で受け止めたのだから。
「ニコ、片づけ終わったの?」
「いやなんか騒がしかったから来ちゃった」
「な、なんだてめぇ!」
恐ろしくなったのか、男が距離を取ろうと後ろに下がる。
だけどニコはそれをさせなかった。カウンターから飛びはねると、男の額に着地。男はニコの重さに耐えかねたのか、後ろへと転倒する。
「あーあ、おっさんダメじゃん。この短剣、刃ボロボロ。これじゃああのぐちゃぐちゃな太刀筋も納得しちゃうわ」
「てめえいつの間に」
ニコの手には、さっきまで男が握っていた短剣があった。
「ちゃんと手入れした方が良いよ? 大魔導士杖を選ばずっていうけど、おっさんぐらいの冒険者だったら良い道具で実力に下駄履かせてくれるからさ」
そう言うと、ニコは男に向かって短剣を投げ落とした。
「ひっ」
剣は男の顔面のすぐ横に突き刺さる。血の気の引いた男の耳元にニコは顔を寄せると、低い声で言った。
「あと、私らは命をいただいて仕事してんだ。命を粗末にするような仕事するんじゃねえよ」
ニコは男の額に一発蹴りを入れた。
「ルー、お代」
「はいはい」
私は修繕費を差っ引いた銅貨3枚を買取書に包んで投げた。片手でそれをキャッチしたニコは男の鼻面に銅貨を落とす。
「まいどありがとうございました」
ニコはニコリと笑って男から退く。
「に、二度と来るか!」
銅貨を握りしめた男は、そう捨て台詞を吐くと、走って行った。
「またのご利用をお待ちしていまーす」
小さくなっていく男の背中にニコはそう叫んだが、私はやれやれとため息をついた。
「これでも感謝して欲しいんだけどねぇ。ギルドじゃマジで値段つかないわよ」
「確かに。こりゃひどいねー。ミズモグラどもよ、どうか安らかに天国にお行きください」
「お行きください」
ニコが手を合わせる。私も併せて両手を合わせた。
「じゃ、さっそく仕事ね」
「えええ!? 今片づけたとこなのに? 明日にしない?」
「明日までほっといたら腐るわよ、これ。腐臭とともに目覚めたいなら別にいいけど」
「くっそー。雑に狩られると解体が大変なんだよなぁ。もっとぼったくってやればよかったのにぃ」
日常を壊す馬鹿者がやってきたのは、それから数日が経った日の事だった。
「いらっしゃいませー」
受付に顔を出すと、憮然とした顔の少女が仁王立ちしていた。
「ネザンダ市冒険者ギルドのアルーラです」
「お帰りください」
私は笑顔で言うと奥に戻る。が、アルーラはつかつかとやってくると、カウンターに紙を叩きつけた。
「無許可営業の罪で営業停止処分を言い渡しに来ました!」
「ニコ、今日の焚き付けもらったわよ」
「お、ラッキー」
「ふにゅうわあ!」
アルーラが渡してくれた紙をそのままニコに渡す。アルーラは何か喚いているようだったが、特に気にならなかった。
「ア、アルーラいらっしゃーい。なんか飲んでくー?」
「どうもニコさん! コーヒーありますか?」
「はいよー」
ニコがキッチンに引っ込む。
「処分言い渡しに来た店でコーヒー飲むって、あんたなかなかいい神経してるわね」
そう言うと、アルーラはさらに顔を真っ赤にして怒鳴った。
「街から二時間も歩いて来たんですよ!? あの紙を渡すためにわざわざ! 疲れもします!」
「そりゃご苦労様。ゆっくりしないでさっさと帰りなさい」
アルーラは椅子を引っ張り出してくると、カウンターの前に座る。
「ルーさんは相変わらず鬼ですね」
ぶつぶつ言っているアルーラの元に、ニコが湯気を立てるコーヒーカップを置いた。
「はい、私特製ドリップコーヒー」
「わあい!」
アルーラは美味しそうにコーヒーをすすった。
「はい、ルーも。お替りあるからねー」
ニコはポットを置くと、自分の椅子を持って来て座る。
「で、アルーラは何の用?」
「ぶっ」
ニコはきょとんと聞いた。アルーラは私に向かってコーヒーを噴き出す。
「ちょっと汚いじゃない」
「ニコさん話聞いてなかったんですか!?」
「うん」
ハンカチでコーヒーを拭きながら、私はニコに説明した。
「営業停止処分らしいわよ」
「あーなるほど。3か月ぶり11回目」
「ほんといい加減にしてもらえません?」
アルーラがため息をついた。
「モンスター買取のシステムを知らないなんてことはないでしょう? モンスター解体業者は必ずギルドに登録して、素材はギルドの競売から入手しなきゃいけないって」
「でもそれ守ってる人ほぼいないじゃん。うちら以外にも」
「だ、だからって守らなくていいわけじゃないんです!」
ニコの指摘が正論だったからか、アルーラもすこし歯切れの悪そうに言った。
モンスターの狩猟や解体、そして素材の販売はすべて冒険者ギルドが独占しているのが、この国の一応の制度だ。
捕獲されたモンスターは、ギルドが一括で買い上げるのだ。そこから個体ごとに競売にかけられ、解体業者が購入することになっている。
だがこの制度、面倒くさいしギルドの権力や利益が大きくなるので、冒険者や私たち解体屋からめちゃくちゃ嫌われている。思うように稼ぐことも出来ないし。
というわけで、ギルドを介さず直接買い付けや卸売りを行う『違法業者』も多いのだ。
「だいたい、私たちだって遠慮してわざわざこんな森の中で商売してんじゃない。そこはしっかりと勘案してほしいわね」
私は窓の外を顎で指す。外はうっそうと茂った森。手入れをしているので日当たりは悪くないものの、街道からも少し外れた場所にあるので、初見ではなかなか見つけづらいだろう。
「……騎士団はこんな遠くまで来ないだろうっていう目論見じゃないんですか?」
「それもあるわ」
領主に仕える騎士団は街や重要施設の警備で手一杯だ。こんな外れの違法解体業者にちょっかいを出すほど暇ではない。
「だから少し感心してるのよ。こんなところまで律儀に通告書を持ってくるあなたには」
「ほんとほんと。真面目だよねアルーラ。うちで働かない?」
「結構です」
ニコの誘いを無下に断ると、アルーラは恨みがましく私たちを見る。
「感心してくれるなら少しは従ってもらえると嬉しいんですけどね」
「それとこれとは話が別よ。儲けの半分以上持ってくのマジで気に食わない」
「ギルド競売だと良い素材手に入らないしー」
私もニコも命令を聞く気がないとようやく察したのか、アルーラは大人しくコーヒーをすすり始める。
そんなアルーラの首に、ニコが手を回した。
「ところでなんか隠してるでしょ、アルーラ」
「げっ。き、急に何ですか」
突然の指摘に、アルーラは体をのけ反らせる。
「な、何にも隠しちゃあいませんよ!!」
「んー、勘だったんだけど今の反応で確信したね」
「ニコの勘はよく当たるのよ。っていうかあなた動揺しすぎでしょ」
私はカウンターを出るとアルーラの背後に回った。
「何を隠してるのかしら?」
「はくじょーしろー。コーヒー代だぜー」
「ひぃぃぃ」
二人してアルーラに迫ると、彼女も観念したのかポツリと呟いた。
「じ、実は騎士団が、違法営業店舗のガサ入れを計画してて……」
その言葉に、私もニコも意外そうに眼を丸めた。
「ガサ入れ? 真面目だねー」
「急に仕事するじゃない。どういう風の吹き回し?」
「いや、ここのところ、ミズモグラが大量発生したじゃないですか。なんでネザンダの街も遠くから商人が買い付けに来たりしたんですけど」
どうも捕獲数と市場に回った数が合わなかったらしい。捕獲数はすなわちギルドの競売にかけられた数なので、正規のルートで回った数より多くのミズモグラの素材が出回ったのだ。
「そうなるとですね、正規のミズモグラ素材は値段が張っちゃって買い手がつかなかったんですよね。それで領主様がカンカンに怒っちゃって」
正規ルートで利益が出なければ、そこから税金を取り立てている領主が損をするというわけだ。
「何それ、つまり領主が儲けられなかったから八つ当たりで私らを捕まえるってこと? そりゃちょっと勝手じゃない?」
「いや、まあ、そう言われると弱いんですけど……」
耳が痛いのかアルーラが耳をふさぐ。こんなのギルドの怠慢と領主の欲が起こした当然の顛末だ。その後始末をさせられるのは納得がいかない。
「とにかく、ギルドの許可を得ずに営業している解体屋や冒険者を摘発することになったんです! そこで、知名度の高いこの店を見せしめにしようってことに」
「ええー」
ニコがめんどくさそうに顔をしかめた。
「それいつ来るの? その間ちょっと逃げとくから!」
「わかりませんよそんなの。明日にでもみたいに言ってましたけど」
「マジでー?」
「……私が言ったって内緒ですよ? じゃないと首になっちゃうんで!」
「りょーかい! いや助かったわ、ありがとうアルーラ!」
「感謝のしるしに残りのコーヒー全部上げるわ。綺麗に飲みなさい」
「いやこんなには飲めないですよ!」
それから私たちはさっさと逃亡の準備をした。正直こうなることは予測済みだ。さっさと荷物をまとめると、アシハヤドリにまたがって表に出る。
すると外ではアルーラがぼさっと突っ立ていた。
「まだいたの? 悪いけど私たちもう出るわよ」
すると彼女はバツが悪そうに言う。
「すみません……」
「何が?」
「騎士団、来ちゃいました」
アルーラの背後から、ガチャガチャと鎧を着こんだ騎士たちが、馬に乗って現れたのだった。
「ニコとルーだな」
騎士は馬から降りると、私たちを見るなり言った。女の声だった。
「逃亡の準備か?」
「ええと……」
私は戸惑うニコの前に出る。
「……あなたたちは何者ですか?」
「聞いてないのか」
女騎士は驚いてそう言うと、ちらりとアルーラを見た。アルーラは背中を丸めて端っこの方に逃げているところだった。
「アルーラ女史、この者への通告はまだ済んでいなかったのか?」
「その……したというか、してる途中だったというか、なんというか……」
アルーラがぼそぼそと返事をする。
女騎士は「まあいい」と言って馬から降りた。そして兜を脱ぐ。
長い赤毛がすらりとこぼれ、中から鼻筋のよく通った美人の女性が現れた。
「我はネザンダ市駐屯騎士筆頭のジェーナス・シモンフォール。貴様ら二人に逮捕状が出たため参上した」
ジェーナスは高らかに宣告すると、逮捕状を掲げる。
「さっそく騎士団本部までご同行願おう」
ニコが焦った顔で私を見る。まったく、敵の前でそんな顔をしないでほしい。自分が悪かったと言ってるようなものじゃないか。
私は咳ばらいをすると、落ち着いた調子で言った。
「ジェーナスさん、と申しましたね?」
「ああ。貴様はルーだな? どうした」
私は息を吸い込むと、叫んだ。
「逃げるわよ!」
「お、おう!!」
後ろで様子をうかがっていたニコとともに、私は駆けだした。
「あ、こら待て!」
ジェーナスを先頭に、騎士たちが追いかけてくる。ジェーナスも馬にまたがっているのが見えた。
アシハヤドリは空を飛べない鳥のような大型モンスターの一種だ。馬よりも足が速いが気性が荒いので、あまり一般的な家畜ではない。だが私たちにとっては良き相棒だ。
ニコと私はそれぞれ手綱を叩くと最高速度で駆けだした。
「待てー!」
後ろでジェーナスが怒鳴っている。だが私たちは止まらない。
「ちょっとは誤魔化すとかしなよ、ルー!」
「時間の無駄よ、ニコ!」
「待たんかー!!」
ジェーナスはいつの間にかすぐ後ろまで迫っていた。他の騎士たちを置いてくる勢いだ。森の中のくせに早すぎる。
このままじゃ捕まる。
そう思ったとき、ニコが突然止まった。
「うわっ!?」
私も慌てて手綱を引く。
「何事だ!」
ジェーナスは馬を跳ねさせて私たちの頭上をかすめると、前を塞ぐように止まった。
「観念したのか?」
「…………」
ニコはジェーナスに一瞥もせず、地面を見ていた。私もニコの視線の先を追い、やがてとんでもないことに気づく。
「ニコ、これ」
「……どうした?」
私たちの雰囲気を察したのか、ジェーナスが尋ねる。
「何を見つけた、ニコ」
「ウロヅクリの体液」
ニコはアシハヤドリから降りると、木の根元についていた透明なゼリー状の物体を指さす。
「ウロヅクリだと?」
ジェーナスは怪訝な表情で首を傾げた。私も鳥から降りて、ニコの横から顔を出す。
ニコは地面をなぞった。よく見ると、地面には親指ほどの穴が規則正しく開いていた。
「ルー、反対は?」
「……ここね」
「デカいな」
同じような穴が、7レテムほど離れたところにも開いていた。だいたい大の男が5人ほど並んだほどの幅だ。
「待て、さっきから言っているウロヅクリとはなんだ?」
ニコは枝を見つけると、ゼリーが付着している木の根元を軽くたたいた。
木の幹はまるで古くなったスポンジのようにぽろぽろと崩れていく。
「ウロツクリは自分の縄張りに、強酸性の体液をかけて回るんだよ。体液のかかった木はこうやってぼろぼろに崩れて洞になるから、『ウロツクリ』って言われてる」
「……ということはここはウロツクリとやらの縄張りという事か」
「そういうこと。ウロツクリは縄張り意識が強くて人間なんかが入ってくるとめちゃくちゃ怒る」
私も顔をしかめる。
「一旦退いて、体勢を立て直してから駆除した方がいいわよ、この大きさだと」
「確かに」
ニコはうんうんと頷くと、笑顔でジェーナスを見た。
「というわけで、一旦仕切り直しにしない? 皆さんも街に戻って、ちょっと落ち着いてから」
「街には戻るが貴様たちを逮捕してからだ」
「そんな押し問答をしている場合じゃないわ。さっさとここから離れないとみんな骨よ」
「護送用の馬を用意しているから任せておけ」
こんな時まで仕事熱心でご苦労なこった。そう思っていると、ふとジェーナスが顔を上げた。
「……ところでそのウロツクリはどういう見た目をしているのだ?」
「え、そーだね。ザリガニをもっとでっかく気持ち悪くした感じ。鋏がある」
「そうそう。ただしっぽが反り返っていて頭と同じ方向に先端が向いているわ。その先端も針みたいに鋭いの」
「というと、こんな感じか?」
ジェーナスが指さす先に、ちょうど私たちが説明した通りの生き物がいた。全身が10レテムほどはある大型のウロツクリだ。怒っているのか、赤と青の警戒色で鮮やかに染まっている。
「そうそうこんな感じ」
「これがウロツクリよ」
ニコと二人笑ってから、ふと顔を見合わせる。
「「……ぎゃぁあああ!!」」
「総員、退避っ!!」
全員が同じように背を向けて駆けだす。
「シャギャア!」
ウロツクリが鳴き声を上げる。その瞬間、何かが頭上をかすめた。
それは私たちの前の大木に当たると、みるみるうちに幹を溶かし進路を塞ぐように倒れる。
私は腰からナイフを抜いた。
「逃げきるのは難しそうね」
「そうだね」
ニコが大物用の白い剣を抜く。
「ジェーナスさーん。ちょっと端の方によって大人しくしといて!」
「おい! 一体何をするつもりだ!」
「仕事!」
ニコがそう言うのを合図に、私はアシハヤドリから飛び降りると、ウロツクリに向かって駆けだした。
「シャア!」
ウロツクリは翅を震わせ威嚇する。そして体液を打ち出した。
「ごめんなさいね」
それを避けると、奴の体の上に飛び上がる。そして震える翅の根元をナイフで切り落とした。
「その翅、甲冑なんかに使いたいって人が多いのよ」
「ギギギギギ」
翅を落とされたウロツクリは怒り狂ったように鳴くと暴れまわる。
「おっと」
バランスを崩し、私は甲殻の上から滑り落ちてしまう。それを狙ったかのようにウロツクリは地面に落ちた私に向けて針のついたしっぽを向けた。
「ごめんよー」
だが、しっぽはごとりと音を立てて切断された。
「ドラゴンの爪から削り出した特製ナイフだからね。君も固いけどこれには勝てないでしょ」
ニコが白磁に光る刀身を自慢げに見せつけた。だけどウロツクリにそんなことわかるわけもない。触角をぐるぐると動かし、口から泡を吐いている。
しっぽはウロツクリの体の三分の一を占める。この部位を切り取られてはもう生きていられないだろう。
「ちょっとニコ、そんなに切っちゃって大丈夫なの?」
「平気平気。どうせ血抜きの時切らなきゃいけないし。半分にした方が持って帰りやすいでしょ?」
ウロツクリの素材は貴重だ。積極的に会いたい相手ではないが、せっかく会えたのだったら余さずその体を使わせていただきたい。
それが油断に繋がった。
「ギシャア!」
「がっ!」
最期の力を振り絞ったのか、ウロツクリが鋏を振ってきた。重たい一撃が私の腹部を襲う。
「ルー!」
転がされ、木に激突する。頭を打ったのか視界がふらついて、ルーの声が遠くからぐわんぐわんと響いた。
「あ、ヤバ……」
足元がおぼつかない。だけど目の前にウロツクリが迫っている。ウロツクリは大きな鋏を広げ私へと襲い掛かり、
「ごめんよ」
ニコが頭に杭を打ち込んだ。糸が切れたように動かなくなり、慣性に従って地面を削り、私の目前で止まった。
「ルー、大丈夫!?」
「あー、うん、何とか」
額を押さえながらなんとか立ち上がる。まだジンジンと痛んだが、平衡感覚はなんとか戻ってきた。
「一応脳天を〆たから、もう動かないと思う」
ニコがウロツクリの体表を撫でて言う。ウロツクリの足はまだピクピクと動いていたが、やがてそれも弱弱しくなり、止まっていく。
「……いただきます」
ニコが手を合わせた。私も同じように手を合わせ、目をつぶる。
「いただきます」
そして木の陰に隠れていた騎士たちに向かって言った。
「皆さん、こいつをここにおいてぐずぐずしてると他のモンスターが寄ってくるわ! 一緒に餌にされたくなかったら、工房に運ぶのを手伝ってちょうだい!」
騎士たちは呆気に取られてこっちを見ている。これだから街育ちのもやしっ子は……。
そう思っていると、ジェーナスが剣を振り上げた。
「この者たちの言うとおりにせよ! 総員作業にかかれ!」
こうして、ウロツクリの遺骸はほどなく工房の中庭へと運び込まれたのだった。
中庭に繋がる鉄扉を閉ざし、他のモンスターを避けるための香草を焚く。これでヤバい奴に襲われることはしばらくないだろう。
「じゃあ私たちは解体に移るんで」
「皆さん、気を付けてお帰りください」
「待て」
そそくさと家の中に戻ろうとしたのだが、やはりジェーナスに呼び止められた。
「邪魔が入ったが話は全く終わっていないぞ。君たちの容疑は晴れていない」
貴様呼びが君に変わったので多少態度は軟化したのだろうが、それでも有耶無耶にはさせてくれないようだ。
私は観念してニコを見た。
「どうも逃げられないようね、ニコ」
「クソ―、ウロツクリの解体早くしちゃいたいのになー」
「…………」
ジェーナスは胡乱な目でそんな私たちを見ていたが、やがて大きくため息をついた。
「晴れていない……のだが、今日のところは勘弁してやろう」
「ホント!?」
驚く私たちに、ジェーナスはポリポリと頬をかきながら言う。
「ここは街道のすぐ近くだ。そんなところであんな凶悪なモンスターが出た以上、我々は街道警備任務を優先せざるを得ない。君たちの罪について問うのは、また別の機会に、な」
ジェーナスは厳しい表情で私たちを見た。
「近々君たちが通告を守り、ギルドへの登録を行ったかを確認する。その時にまだ違法状態で営業しているようなら、今度こそ牢屋に入れてやるからな!」
そう言うと、部下たちに指示を出し、帰りの支度を始めた。
「またのご利用をお待ちしています」
私は深々と頭を下げた。
「じゃーねー」
ニコも大きく手を振る。ジェーナスは小さく右手を上げてそれにこたえると、部下たちを引き連れて帰ってしまった。
「じゃあ私も帰りますねー」
アルーラも馬にまたがる。
「次こそホントに言うこと聞いてくださいよ? 私だってそう毎回援護できるわけじゃないんですからね」
ぶつくさ言いながらアルーラも街に帰って行った。
「さ、やっと落ち着いたねー」
「忙しいのは今からでしょ?」
私は腕をまくった。ニコも楽しそうに笑う。
「うん。どんな素材がとれるのか、今から楽しみだね!」
「私は儲けがいくらになるのかの方が楽しみね」
「えー。ルーはロマンがないなぁ」
「ロマンだけじゃ食べていけないのよ、ニコ」
ひと悶着もふた悶着もあったけれど、こうして私たちの解体屋稼業は今日も続いていくのだった。
モンスター解体屋のニコとルー 徒家エイト @takuwan-umeboshi
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