第7話 またの依頼、お待ちしてます

「まあいい。おっさんであることは事実だからな。お前が泣女を縛ったのか?」

「さあ。どうかしらねー」


 カラカラと笑う捉えどころのない少女にどう会話を進めたものか。

 ぐたぐた考えるのは性に合わねえ。出たとこ勝負だ。

 

「まあそうだよな。お前がやったなら、わざわざ俺たちを呼ぶなんてことはしねえか」

「ううん。私が結界を作り、縛り付けたのよ」


 そう言って彼女は指先からスルスルと白い糸を出す。

 続いて彼女が指をパチリと鳴らすと、白い糸は一瞬にして消え去った。

 受け答えが突拍子無さ過ぎて、読めねえ。本当に彼女がやったのか、そうじゃないのか分からん。

 分からないのだが、状況が彼女が下手人であると言っている。

 何故かってっと、単純な話で区内に妖魔が何体もいることは稀の稀なうえに、糸の能力を持つ妖魔が二体いる確率なんて天文学的な数字になるだろ?

 じゃあ、問答せずに問答無用で斬りかかれって話だが、なるべくなら話し合いで解決させたいんだよ。


「一つ、聞かせてくれ。さっきの槍での攻撃の意図は何だ? 俺たちを殺すためじゃないよな」

「あら、意外。分かってくれていたのね」

「そらそうだ。殺す気で来ていたら会話なんて成立しないだろうよ。で、俺たちはお前のお眼鏡にかなったのか?」

「どうかしら。あなたたちは人間だもの」


 答えが答えになっていないのは、ワザとなのかはぐらかしているのか悩みどころだな。

 彼女は槍の攻撃で俺たちが怪我を負うことを想定していなかった。万が一、躱せずに当たりそうになったとしたら何らかの対処をしたはずである。

 だから俺は彼女が俺たちを試すために攻撃をしたと考えた。

 しかし、彼女の返答はどうも要領を得ない。

 

「どうってのは、何か期待していることがあったのか?」

「あなたは私のような髪と目のいろをした人間を見たことがある?」


 唐突な質問にうーんと首を捻りつつも、律儀に答える。


「通りを歩く金髪のおっさんは見たような気がする」

「滅多に見ない、複数いたとしても知り合い同士、そうじゃないかしら」

「そうなんかな。俺にはよくわからん」

「この国は文明開化? 欧化? とか声高に語り、いろんなものを外国から湯水のような金を使って呼び寄せたの」

「そうだな。舶来品が溢れている。まあ、便利なもんもいろいろあるんだぜ。不便になったこともあるがな」


 ストンとロッキングチェアから降りた彼女は抱いていた人形を椅子の上に座らせた。


「この子もそのうちの一つ。良し悪しも何も見極めず、外国のものだからという理由で何でも仕入れる」

「舶来品はバカ高いしな。よっぽどのもんじゃねえ限り、使おうってならねえって」

「あなた、どうみても資産家じゃないものね」

「うるせえ。俺は俺で楽しく生きているんだからそれでいいだろ」

「私は楽しく生きていないの」


 最後! 喋ったのは少女じゃなく人形だったぞ。

 ま、まあ。彼女は妖魔だからな。いや、俺は彼女は妖魔ではなく妖怪かもと思い始めている。

 妖魔ってのは人間に対し主に二つのパターンを取る。捕食対象か、破壊対象か。

 彼女は今のところ俺とズレていながらも会話を交わしているし、殺意の欠片も見せてこない。

 突然、スイッチが入り凶暴化する妖魔もいるにはいるが……どうも違う気がするんだよな。

 相変わらず無表情のままであるが、これは彼女が本来の姿から人間に化けているのが原因じゃないかと考えている。

 

「楽しくって?」

「分かるでしょ。ここには私一人なの」

「お前の正体を知って尚、接する人がいないって意味か? それなら、俺がたまに会いに来るってことで」

「おじさんは好みじゃないから、ごめんね」


 このクソガキ!(本日二回目)

 あああああ、待て。これはからかって本心を誤魔化そうとしているんだよな。きっと。

 ポン。

 憤る俺の肩を神崎が叩く。

 彼はふんと鼻を鳴らし、小さく首を振った。

 

「貴様は怪異や妖魔のことに詳しいと聞いたが、少女の真意が本当に分からんのか?」

「だいぶ近づいて来たと思ってんだがな」


 はあとワザとらしくため息をついた神崎が言葉を続ける。


「鈍すぎだ。彼女は既に答えを言っている。いいか」

「おう?」

「彼女は外国の妖魔なのだろう」

「舶来品の輸入の話からの推測か」

「そうだ。あの人形と彼女に何等かの関係性があると分かるだろ。彼女は欧化政策によって日本に渡来したと見ている。すると、話が繋がるのだ」

「楽しく生きていない? というところか」

「楽しくない、一人、そして、貴様ではないときた。なら、彼女はたった一人の妖魔だから、楽しくないと言っているのだ」

「なるほど、一理ある」


 神崎との話を打ち切って、少女に目を向けた。

 

「妖怪が多数住む隠れ里がある。そこを案内しようか?」

「妖怪って何かしら」

「お前のような人ならざる者で理性を持った者たちのことだ」

「ほんと! 探していたの。だけど見つからなくて」


 両手を合わせて喜ぶ少女に彼女の本質を見た気がする。

 彼女は少女の姿に化けているのだろうが、彼女の性質は幼い少女と似ているのだと。

 神崎の推測は概ね正しかったと言う事か。

 理由は不明だが、彼女は一人日本にやってきた。案外、彼女が抱いていた人形が付喪神として覚醒し、妖怪になったのかもな。

 ともあれ、彼女は自分と同じような存在の注目を集めるために泣女を利用した。網に引っかかったのは俺と神崎だったわけだが……。


「その前に聞かせてくれ。泣女と繭で包んだ少年たちのことだ」

「人間の男の子たちはいずれ元に戻すつもりだったわ。お腹もすかないようにしていたし」

「泣女を縛りつけたのは?」

「泣女? ゴーストのこと?」

「そうだ。縛り付けて拘束するのはやり過ぎだと思ったんだよ」

「ゴーストは人間や私とは違うわ。理性がないし、同じことを繰り返すだけよ。この国の人間の言葉だと……ええと、カラクリニンギョウ?」

「なるほど。そう言う考えか。分かった。隠れ里まで案内する」


 怪異に対する考え方が俺と違うものの、人間を害すつもりではなかったと聞けただけでいい。

 このまま許してしまうのか、甘い奴だと思うだろ? 

 それこそ人間の傲慢って奴だよ。そもそも、彼女のような妖怪にとって俺たち人間など消そうと思えばいつでも消せる存在なのだ。

 人間でないなら人間の法を適用することはできない。積極的に人間を害する妖魔なら、死を賭してでも戦わねばならないが……彼女はそうじゃない。

 隠れ里を紹介し、今後、泣女のような事件が再発しないのなら、それで万事解決だろ?

 平和的に解決する手段があるってのに、俺が死を覚悟して彼女と戦う道理はない。

 

 彼女を連れて屋敷を出ると彼女から俺に申し出があった。

 

「操っている人を元に戻すね」

「頼む。操っていた奴ってのは使用人か?」

「その人だけじゃなく、おじさんたちを招くために家の人が接触してこないようにしたの」

「まあ、仕方ないか。今後はなるべく控えてくれよ」

「どうかなー。あはは」


 笑い声がするものの、彼女は相も変わらずの無表情である。

 神崎とは屋敷の前で別れ、俺は彼女を連れて妖怪の村がある隠れ里まで案内することとなった。

 

 ◇◇◇

 

 あれから一週間が過ぎようとしている。

 金髪の少女が一度だけ俺の屋台を訪ねてきてよ、隠れ里で住むんだって言っていた。

 友達が見つかってよかったな。

 

 俺はといえばいつも通りの日常だ。昼飯を売って、神崎にどやされながら橋を渡って夜の営業ってやつだな。

 安河内家から半年分くらいの売上に相当するお金を貰ったから、懐も暖かい。


「明日は店を休んで遊郭にでもしゃれこむか」

 

 屋台に客がいるが構いやしねえ。日本酒をつぎ、かっ喰らう。

 キセルに火をつけ、ぷはあと煙を吐いた。

 

おしまい

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ももんじ屋怪異譚~無精ひげ店主と生真面目警官にあやかしを添えて~ うみ @Umi12345

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