なぜアニメの学園には必ずアイドルが存在しているのか

夏目くちびる

第1話

 俺は、サブカルチャーが好きだ。



 ……いや、ちょっとカッコ付けた。ミュージックもアートもよく分からんし。だから、俺はアニメや漫画が好きだ。



 両親の時代には虐げられていた、所謂『萌え』を含む二次元文化は、昨今の力ある人間の言葉によって程よく浸透した。その結果、どの世代でもアニメ好きに一定の理解は得られるようになった。……と、親父が言っていた。当該する時代の高校生である俺にとっては、当たり前の話だけど。



 まぁ、別に俺はみんなが言う市民権なんていらないし、ただキモい事をキモく掘り下げて楽しみたいけどね。浅い知識なんて、意識高い系のネットサロンで繰り広げられる机上の空論と同レベルで寒いと思ってるし。



 こういうこと言ってるから、友達いないんだけどさ(泣)。



 さておき、俺は二次元の世界について、どうしても理解出来ない一つの疑問を持っている。それは、なぜ二次元の学園には必ずアイドルが存在しているのか、というか学園のアイドルってなんなのか、という事だ。



 先に断ると、中にはガチで芸能界に出て、しかも学園生活を満喫してる二刀流のキャラもいるけど、そいつは除外だ。俺が言ってるのは、あくまで学園内のアイドルね。



 どうしてそんなに気になるのかと言えば、数ある二次元の不思議の中で、アイドルの存在はとりわけ一線を画しているからだ。



 だって、そうだろ?ラブコメやミステリは事の起こりが明確だし、世界系や異能力、果ては転生・転移だって誰かが起こしてるってのが明確だ。



 もっとミクロな視点で見れば、例えばロリババアやボクっ娘なんて個性でしかないし、金持ちが普通の学校に通う事も両親による子供の意志の尊重だし、隣に美少女が住んでいたり、実力の伴ってない成功も、それは俺たちの感覚と違ったり、主人公の運がよかったと言えばそれまでと言える。様々な事象に、理由はこじつけられるのだ。



 つまり、あらゆる要素は、常識や家柄、後は個性と運で説明が付くのさ。



 だが、アイドルは違う。



 そもそも、アイドルってのは『偶像』の事だ。つまるところ、憧れられなければならない。崇拝されていなければならない。だから、芸能界のアイドルは凄いのだ。裏側の果てしない努力と、企業の緻密なプロデュースと、戦う多くの若者の屍を超えて、ようやく存在してるモノなのだ。



 誰かが神の偶像として世に送り出し、信者を獲得する事によって、初めて『アイドル』となり得るのだ。成ろうと思っても成れない。成りたくても成れない。成らなければ成れない、そんな存在のハズなのだ。



 世界観では説明できない、それがアイドルなのだ。



 対して、二次元の学園のアイドルはどうだ?



 ただ容姿と性格が抜群に良くて、ついでに成績や運動が得意なだけだろ?家柄が良くて、偏見が無くて、でも等身大の恋愛観を持っていて、時には好きになった相手に尽くせるくらいだろ?



 これって、本当に人から崇められる程の事なのか?偶像レベルで、人に好かれる要素なのか?ただ、多くの人間からモテてる人気者ってだけじゃないのか?



 そうじゃないだろ、アイドルって。



 まぁ、便宜上めちゃくちゃモテる事を指してその言葉を使ってるってるのかもしれないけどさ。それでも、本当は何か理由がある可能性がゼロじゃないなら、俺はそれを解き明かしたいのさ。



 何なんだろうな、学園のアイドルって。



 ……そんな事を考えていた、ある日の事だった。



「お前、恋をしていない女に尽くせるか?」

「……え?」



 その人は、晴れの日の黒雲の如く、突然現れた。



「二度言わせるな。お前は、恋をしていない女に尽くせるか?と聞いたんだ」



 なんか、ヤバい人に見つかった。素直な感想を言うならば、めちゃくちゃ仕事ができそうな変人って感じ。



「そ、そうですね。理由にもよります」

「金か?」

「いいえ、例えば自分の娘です。俺は結婚はしてませんけど、もしも娘が出来たら嫁に行くまで心の底から尽くせると思ってます」

「……やはり、俺の目に狂いはなかったか」



 何ブツブツ言ってんだろ。



「お前を見て、ティンと来たんだ。お前になら、任せられる」

「なんですって?」

「俺は3年生の……。まぁ、俺の名前はどうでもいいか。とにかく、この学園のアイドルのプロデュースを行っている者だ」

「はぁ」

「だが、俺は今年から受験だ。プロデュース業から引退しなければならない。その後釜を、探していたんだよ」

「……学生起業家、と言うことですか?」

「察しが悪いが、まぁいい。とにかく、俺はお前だと決めた。お前には、学園のアイドルを育ててもらう」



 強引過ぎる。



「ちょ、ちょっと待って下さいよ。大体、なんですか?学園アイドル?グループですか?」

「学園アイドルではない。学園のアイドルだ」



 ……いや、それって。



「もしかして、あのアニメとかでよく見るヤツですか?何故か、みんなの人気者の」

「今度は察しがいいな。その通り、創作物によく出てくる学園のアイドルだ。お前には、何人かの女子をプロデュースしてそいつを作ってもらいたい」



 な、なに?



「あれって、アニメの話じゃないんですか?」

「アニメに限らないが、概ねはそうだ。そして、教育委員会はその設定を秘密裏に現実へ逆輸入している」

「ふぁ?」



 なんだか、意味の分からない話になってきた。



「昨今、急速なインターネットの成長に伴い、生徒間の虐め問題が加速して、対処が困難を極めている。どれだけ学園内を見張っていても、水面下で虐められれば教師陣は気が付く事が出来ないからだ」

「そ、それはそうですね」

「そこで、教育委員会が知見の末に見出した答えが、学園のアイドルを作る事だった。平和そのものである、創作物の世界の学園風紀に目を付けて模倣しようと画策したからだ」



 にわかに信じ難い話だ。つーか、普通にバカっぽい。国の碩学であるだろうトップ層のおっちゃんたちが、真面目な顔して深夜アニメを見て考察したと思うと笑えるし。



「なぜ、アイドルなんですか?」

「あれの存在は、実質的なカースト制度だからだ。言わば、アイドルは女王なんだよ」

「……もう少し、詳しく教えて貰えますか?」



 いいだろう。そう言って、先輩は俺を日陰へ誘った。こういうとこ、好き。



「結論から述べるが、直接は見えなくても、創作物の学園には確実にカーストが存在していて、だから平和なんだ。そして、その見えないカーストこそが、アイドルをトップとした憧れと色恋のピラミッドなんだよ」

「いきなり、夢も希望もないですね」

「仕方あるまい。平和とは、誰かの統治の下か、何者かの犠牲の上にしか成り立たないのだから」



 言いにくい事をズバズバと言う人だなぁ。



「だから、お前にはカーストを裏から操る立役者となってもらう。それが、教育風紀対策本部ゼロ課より、選ばれし生徒に下された命令の内容だ」

「大人が生徒に命令するんですね」

「教師陣も、殆どの者が〇課の存在を知らない。だから、代々生徒の一人が秘密裏に行うんだよ」



 よく分からんけど、〇課の響きがカッコ良すぎる。



「まぁ、正直面白そうなので、プロデュースを手掛けるのもやぶさかではないですが」



 それに、俺が知りたい疑問のもう半分は、まだ解明されてないからな。



「そうか、説得する手間が省けて助かる」



 この人、嫌だと言ったら意見が変わるまで離してくれなかったんだろうなぁ。



「しかし、それだけ重要なミッションなら、なにか報酬があってもよさそうですよね」

「もちろんだ。大学の指定校推薦、及び返済不必要の奨学金を多く貸し付けてくれる。海外留学も、思いのままだ。無論、プロデュースを成功させた暁には、だがな」



 正直、ついこの間高校生になった俺には、イマイチその魅力が伝わっていなかったけど。まぁ、大学費用や渡航費用をザックリ計算するだけでも、かなりおいしい事になりそうだ。



「でも、それだけで全ての虐め問題がなくなるでしょうか」

「いや、無くならない。だが、そのケアは出来るし、次が起きないように出来る」

「……どうして?」

「だから、アイドルが居るからだと言ってるだろ。虐げられたり、最悪登校拒否になっても、アイドルに声を掛けさせればいい。それでも100%無くなるとは言わないが、現実としてこの学園の入学数と卒業数の差はごく僅かだ」

「まさに、やる偽善ですね」

「ハハっ、お前のそういうニヒルなところ、嫌いじゃないな」



 しかし、アイドルってすげぇんだな。マイナスイオンとか出てそう。



「要するに、そういった働きをするアイドルのアフターケアや、そこに至るまでの人気を確立する方法を考えるのが、俺の役目ってワケですね」

「その通り」



 使える奴だと判断してくれたのか、先輩はそこにあった自販機でブラックコーヒーを買ってくれた。俺、砂糖とミルクが入ってないコーヒーって、飲んだことないけど。



 ……これを、好きになるくらい、先輩の味覚は鈍ってるのか。俺も、プロデュースを始めたらそうなるのだろうか。



「どうだ?やってくれるか?」

「……はい、やります。俺とアイドルで、この学園の風紀を操ります」

「よく言った。暴力でてっぺんを支配して、自分を偉いと勘違いしてるバカ共に、偶像で格の違いを見せつけろ。お前が決めた女たちには、姫のように尽くし、そして馬車馬のように酷使しろ」



 まさか、現実がこんな風に動いているだなんて考えたことも無かった。いや、もしかして、この世界もどこかから見たら、平面的な二次元の世界だからこそ、アイドルを作らなければいけない義務が発生してるんじゃないだろうか。



 まぁ、その真実を調べる事は、俺には出来ないけど。



「それではな。後ほど、書類を送る」



 言って、先輩は俺に鍵を寄越した。



「これは?」

「地下室、つまりお前の部室だ。そこに、アイドル育成の鉄則やセオリーをまとめたファイルが仕舞われている。歴代、アイドルに選ばれた女子生徒のプロフィールも全て保存してあるから、お前で答えを出せ。成り上がりは、狂気の情報戦だ。成功者だけでなく、見たくもない結果と、知りたくもない末路も頭に叩き込んでおけ」

「……分かりました。でも、最後にもう一ついいですか?」

「なんだ?」

「なぜ、俺なんですか?」



 すると、先輩はニヤリと笑って。



「今ここで、俺にやり方を求めたりしないだろう?自ら、探して作り出す気でいるだろう?」

「えぇ、そうですね」

「俺は、そんなお前の適性を見抜いた。プロデューサーの三箇条は、『惹かぬ、媚びる、見返り要らぬ』だからな。自ら切り開くお前には、ぴったりだろう」



 なんて謙虚な聖帝なんだと思ったが、しかしなるほど。結構、俺の性格にマッチしてると思った。先輩は、人を見るセンスが抜群らしい。



 それに、学園を裏から操るフィクサー。最高じゃないか。肩書だけでも、凡庸な俺には立派な報酬だ。



「ではな」

「随分と急ぎますね」

「3年分の勉強を、受験までに片付けなければならない。時間が無いんだよ」

「……え?」

「こう見えて、俺は分数の計算も怪しいぞ。はっはっは!」



 ど、どれどけ激務なんだ。学園のアイドルのプロデュース。



「お疲れさまでした」



 そして、俺は先輩を見送った。もう、賽は投げられたのだから、今更どうこういうつもりは無いけど。安請負して、後で後悔しなければよかったと思わなければいいなと。



 そんな事を、切に願うばかりだ。

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